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「すばらしき世界」が問いかけるもの

映画「すばらしき世界」を観てから、ずっと余韻に浸っています。

監督の演出1つ1つに込められた意図を考えながら、胸がちくちく。

ここから先はネタバレを含みます。

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いやぁ。

まず、最後にタイトルが出てきたのが最高でした。

鑑賞直後は「なんて皮肉が効いたタイトルなんだろう」と思っていたのですが、余韻を感じている間に描写を頭で思い返して、単なる皮肉ではないと考え直しました。

更生を誓う強い決意。力になろうとかかわる人々。食べ終えたメロン。風俗嬢の自身の子を思う気持ち。気持ちが揺れ動いたときにキーとなった女将さんの言葉。養護施設でのサッカー。就職が決まったときのお祝い会、そのとき送られた歌。アパートの下に住む外国の方々のごみの分別姿。再会を楽しみにする元妻。広い空、そして、コスモスの花束。

ほかにもたくさん散りばめられていただろうと思います。自分を含め、社会のレール上を行く人から見れば単純な、そしてささやかな「すばらしいこと」かもしれないけれど、主人公の三上を追体験し、それらがストーリーと結びつくことで「すばらしさ」が引き立ってきます。

終始頭に浮かんでいたのは、自分が三上の立場だったらこんなに自分を押し殺して社会に順応することにはたして耐えられるだろうか、ということ。そしてかかわる立場だったら「施し」や「哀れみ」という感情を、まったくゼロにできるだろうか、ということでした。

三上が最初に「助けが欲しいんだったら、ためらわないでほしい」と保護司に言われる場面。

優しい言葉の裏側にある暴力性。

助ける、助けられるの関係性って、対等を保つには相互で行われていて、そうでないとどうしても上下関係が生まれてしまう。相手から一方的に助けられる関係って、「助けられているほう」はとってもつらい。心苦しい。抗えない。

スーパーの店長松本が、万引き犯と間違えて声をかけ、お詫びに一緒に自宅まで行くシーン。いろいろと協力してくれる、という話から「困ったらいつでも呼んでください!」と三上が用心棒を買ってでる姿がとてもチャーミングであり、こういった関係性が居場所を作っていくんだろうなと感じました。

更生保護にかかわらず、ダイバーシティやノーマライゼーションを目指して「社会や地域の受け皿を」と簡単にいうけれども、現実では各々の「正義」がぶつかり合っていて、とても生きづらい。レールから外れたときはおろか、レールの上にいても。

TVディレクター津乃田が「三上さんはなんで自分がこうなったと思いますか」と電話で聞く場面は、まさしく観客に問いが投げられていると感じました。

この社会での生きづらさは、人権擁護の最たる場所であるべき福祉施設でさえ漂う優性思想にもあらわれています。

同僚の物まねに「似てますね」と答えた三上。

胸にずどーんときました。

自分の正義を押し殺さなければ社会には適応できないことが描かれていた場面はいくつかありましたが、このシーンに一番やられました。

それは自分が福祉業界で働いているから、という理由だけではないと思っています。

対象が異なったとしても、同じようなことが、日常の中で、身近で、多々あります。当たり障りのないようにと考え、自分も同じような反応をしてしまったこともあります。

それはTVディレクター津乃田がカメラを持って走り逃げたときと同様に、事実を認識しても、伝えるでもなく、止めるでもない行為であり、それを私たちは大なり小なり日々繰り返しているのだと思います。自覚があるからこそ、「あんたみたいのが1番なんにも救わないのよ」というセリフは重く響きました。

最後に津乃田が「困るんだよぉ」と泣き崩れたとき。

この「困る」という台詞にも、最後の最後に問いを与えられました。そこには「自分の作品」のために、という思いが含まれつつ、純粋に三上という存在をこれから世に知ってもらいたい、それは本人が存在意義を感じることにも繋がるだろうと考える津乃田の、使命感のような気持ちが含まれていて、まさに作品の両義性を表してると思いました。

嵐の中のコスモスが、物語の明るい希望を匂わせ、その後晴れ渡った空の広さが映し出されたとき。

私はこの「すばらしき世界」が、このとんでもなく生きづらい社会だからこそ存在するものなのかしら、と考え、でもやっぱり「社会ってそういうものだよね」で諦めず、生きやすい社会を夢みて動いていきたいなぁと、思ったのでした。

などと偉そうなことを言いつつ。すばらしい映画だったなとポップコーンをついばむ自分が、滑稽でもあったのでした。

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