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自凝島鉄道

この地図は出鱈目だ
自凝島鉄道
確かに看板にそうある
地図にそんな鉄道はない
出鱈目の地図を片手に
途方に暮れる
あなたは登録されていますか?
突然警官にそう訊かれた
警官はこんな顔だ
細いペンでグシヤグシヤと
塗り潰そうとした線
ほとんど真黒になるほど
グシヤグシヤと描き潰した線
そのグシヤグシヤの向こうに
線とまた無数の線との僅かな隙間から
うつすらとでも顔が見えそうものだが
どうやらグシヤグシヤの向こうには
何も存在していないようなのだつた
そのグシヤグシヤの線が
此奴が喋る度に
ブルブルと震えるように動く
丁度良い
この警官に訊ねよう
自凝島鉄道とはなんだ
何故地図に載つていないのか

グシヤグシヤが
ブルブル震えながら
こう言うのだ
これは地図ではありません
あなたは登録されていますか?
私は或る時突然そこに在つた
何処から来たのか
自分が誰なのか
なにもわからない
登録などとは思いも寄らぬ
警官は唄だけ残して消えていた

天波ハ凪不知ニシテ
船乗リハ櫂ヲ以ツ手ヲ奮ワセ
唯撃チ寄セル波ニ向カフテ叫ブ
而ルニ言ナラヌ声ナリシニ
暴風ノ唄ノ如シ
宜候
宜候
島ハ見エヌカ
未ダ見エヌカ

自凝島鉄道に改札はない
あろうことか
ホームもなければ線路もない
然し列車はやつて来た
陽炎の夢向から現れて
目の前をゆつくり通り過ぎている
なるほど
この鉄道は線路の上を走らない
列車が走つた後に線路が出来るのだ
線路には次から次へと花が咲き
しばらくして花が散ると
線路も消えている
散る花は風に舞い
自凝島鉄道の列車を
追いかけるようにして消えていく
次の列車はいつやつて来るのか
何せ自凝島鉄道には時刻表がない
其れどころか
時間なんてものが此処にはない
列車が来る事にしてしまえば
列車は既に其処に在る
それが自凝島鉄道なのだ
或る時突然私はそこに在つた
そこに在つた私はつまり
自凝島鉄道の列車の乗客であつた
わずかニ両の此の列車
後ろの車両の運転席の夢向側
消え逝く線路から舞散る花が見える
前の車両に乗つている
烏の濡れ羽色した髪の女
手にした獏の縫い包みが
此方を見て唄つている

森海ハ耿々不知ニシテ
船乗リハ九皐に身ヲ横タヘ
唯撃チ寄セル波ノ下ニ眠ラン
而ルニ言ハ水泡纏フテ絶海ヲ漂フ
由羅由羅ト唯酔フ海月ノ如シ
宜候
宜候
島ハ見エヌカ
未ダ見エヌカ

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