【子連れ狼】私的セレクション/其之三十七「残菊の宿」四人の女の、生き様と死に様
#マンガ感想文 #小池一夫 #小島剛夕 #時代劇画 #不朽の名作
もうお分かりだろうが、私は小池一夫せンせい信者である。正確にいえば、小池一夫×小島剛夕ゴールデンコンビの信者だ。おふたりとも既に鬼籍に入られてしまったが、あの世で心行くまで麻雀を楽しんでおられることだろうと(勝手に)思っている。
子連れ狼は著名な作品だが、大多数の方は原作よりテレビシリーズや映画版などの映像化作品、次いでパロディでしか知らない人がほとんどなのではないか。さらに、私のように20代の頃から単行本を読んでいた人は相当な少数派だと思う。何しろ連載をリアルタイムで読んでいた方は、もう70代前後の世代だ。
映像化作品は、萬屋錦之介主演、北大路欣也主演のテレビシリーズの各三部作しか観ていない。若山富三郎主演の映画版はレンタルDVD店で一度もお目にかかったことがないので、観たくても観られない。田村正和版はCSで観たが、あまりにも原作とかけ離れているので、私の中では映像化作品のうちにはカウントしていない。
無駄に前置きが長くなったが、今回書く「残菊の宿」は初期の作品。舞台となるのは「き久屋」という旅籠。そこで泊まり客の足を洗う役目の下働きの女達は足洗女(あらいめ)と呼ばれ、男客を相手に体を売るのが常だった。
芯から男ずれした足洗女達の中に、いつまで経っても男客に慣れないひとりの若い女がいた。名はおいち。そのき久屋に拝一刀、大五郎父子がやって来る。番頭は拝父子の風体を見ただけで部屋はいっぱいだと嘘をつき、追い返そうとする。おいちはそれを制するが、
「あんなガキ連れの貧乏浪人を泊めてどうするんだッ!/うちはな、脇本陣をも務める由緒正しい上旅籠なんだぞッ」
しかし一刀が、
「帳場で預かっておいて貰おうか」
と、大量の小判が詰まった黒塗りの行李を差し出した途端、番頭の態度は一変、深々と頭を下げて、あっさり拝父子を宿泊させる。
一刀は番頭に長逗留を申し出る。番頭がいうには後日、き久屋に掛川藩の側室、お牧の方が来訪し、その日は客を取らないことになっているという。しかし一刀は、奥屋敷でも離れでもよい、観菊会はどうせ庭が中心であろう、といい、番頭は、よろしゅうございます、特別にご便宜をお計りいたしますです、へへへ、と媚を売る。
おいちの案内で一刀と大五郎が離れに連れられて行くと、旅籠の庭は菊という菊で埋め尽くされていた。おいちはいう、
「菊節句以後に咲き始めた晩菊は残る菊ともいわれ/霜に耐えていくだけに悲しくあわれなまでに美しいのです……」 「残る菊……残菊か……」
菊節句とは重陽の節句といい、3月3日の桃の節句、5月5日の端午の節句を初めとした五節句のひとつで、9月9日に菊酒を飲んだり栗ご飯を食べる風習らしいが、現代ではほとんど馴染みがない。今庭に咲いているのは、秋から冬に向けて枯れゆくのを待つ菊ということだ。
おいちは、一刀がただの浪人ではないことに気づいていた。小太刀を握ってきた武家の出である自分の出自を見抜いたとわかって。そのまま、おいちは自分を指名した客の部屋で酒の酌もそこそこに、早々と床の支度をする。
客と床の組み手をするおいちは終始無表情で、喘ぎ声ひとつ上げず、一仕事終えたおいちは部屋から下がる。髪を整えながら菊の咲き乱れるおいちの両眼から、涙がこぼれ落ちる。
おいちは母と兄の三人暮らしの、藤枝家という武家の出だったが、その兄の勇之進は、町家の娘と心中を図り死んでいた。
おいちとその兄の勇之進の母は、息子の位牌を前に、死装束の白装束をまとい、二本の蝋燭を立てた香の煙の立ち昇る仏壇の前で、懐刀でのどを突いて自害した。
それから数日後、勇之進の同輩の4人の侍達がお悔やみにやってくるが、真実を知りたいおいちは彼らに訴える。
「お お願いでござりますッ!な なぜ兄は越後屋のきぬどのと心中などとッ!」
兄の勇之進は婚約こそしていないものの、工藤家の娘、お牧と固く言い交わした仲だったーーが、お牧は藩主の命で側室に上がることになっていたのだった。
口封じのため、兄の勇之進の同輩4人はおいちに襲いかかる。代わる代わるおいちを犯しながら工藤家に行儀見習いに出されていた越後屋の娘、きぬに白羽の矢を立て、勇之進と心中に見せかけて殺された事実を伝えられる。
おいちは自ら足洗女に身を堕とし、掛川藩の観菊会御用達のき久屋に潜んでそのときを待ちながら、母と兄の仇討ちの機会を狙っていたのだった。
そして、ついにその刻は来た。掛川藩藩主御側室、お牧の方となったお牧はき久屋の前で何人もの家臣、腰元、徒士達が護衛する駕籠から降り、おいちは自分の部屋で行李の中から母と兄の位牌を取り出し、
「母上……兄上……おいちも間もなく……おそばに上がります……」
涙ながらに決意の言葉を口にし、母と兄の位牌を懐に忍ばせたおいちはたすき掛けをし、裾をたくし上げ、さらに行李の底に仕舞い込んでいた小太刀を手にした。
「ほんに見事な……今年の残菊はひとしおに美しゅう咲きましたのう」 「おほめに預かりまして光栄に存じあげます」
き久屋の主人と、お牧の方が優雅な会話を交わすと、お牧の方お付きの腰元が庭に出るための草履を差し出す。庭に出たお牧の方を迎えたのは、一足先に庭の菊の中に潜んでいたおいちだった。
「汝のために非業の最期をとげし 藤枝勇之進の妹いち!/覚悟しやッ!」
おいちの小太刀がお牧の方を襲う。
「母の仇!兄の仇ーーッ!」
叫ぶおいちに、お牧の方の護衛を勤める家臣達が廊下から飛び出る。奇しくもその家臣達は勇之進ときぬの偽装心中を画策し実行し、おいちを犯したあの4人だった。最初の一太刀をかわし、同じく相手に一太刀浴びせたものの、おいちは残る3人に、背中を、左肩を、腹を立て続けに斬られる。
「こ この恨み……は 晴らさいでかッ!」
口端から血を流しながら怨嗟の言葉を吐くおいちに、
「しぶといッ!」
家臣のひとりがふたたびおいちに斬りかかろうとしたその瞬間、大量の菊の花の頭とともにその身を斬られた家臣の身が、血を噴いた。
家臣を斬ったのは、拝一刀だった。
残る家臣達も情け容赦なく斬り倒され、残菊の咲き乱れる庭は斬り荒らされ、白や黄の菊は瞬く間に鮮血に紅く染まる。石灯籠を後ろに、逃げ場のなくなったお牧の方に、一刀はその名を名乗った。その様を、庭の菊の花の中に倒れ込んだおいちが見つめている。
「刺客!子連れ狼見参!」
お牧の方は逃げる間もなく、一刀に抗う術もないまま胸元を斬られる。
「ああ……/あ あなたさまは……」
息も絶え絶えのおいちが、一刀に問う。
「娘の仇を討ちたいと願うた父親がいる……そなたが兄の恨みを晴らしたかったように……」 「で では……越後屋の……」
【一殺五百両】の依頼主は、おいちの兄の勇之進の心中相手に仕立て上げられた越後屋の主にして、きぬの父親だった。
一刀は死に際のおいちの右掌に小太刀の鞘を握らせると、既に息絶えているお牧の方の背中に刀を突き立て、止めを刺した。
満足気な笑みを浮かべ、おいちは菊の中に顔を伏せ、その命は絶えた。
タイトルに付けた四人の女とは、おいち、おいちの母、きぬ、お牧の方のことだ。
しかしこの四人の中で最初から最後まで心中が吐露されているのは、おいちただひとりなのである。お牧が婚約者同然の勇之進を捨てて側室に上がったのは側室の地位に眼が眩んでのことだったのか、それとも藩主の命には逆らえず、止むなくのことだったのかーー恐らく前者に違いないだろうがーーお牧の口からは何ひとつ語られない。おいちの母は武家の女として、母として、妻として息子の死を恥じて自害したが、その胸中はどのようなものであったのか。きぬに至っては、何故自分が殺されなければならなかったのかもわからないまま死んで行ったことだろう。
個人的にはいずれ亡き叔父上、萬屋錦之介の後を継いで、是非とも中村獅童に拝一刀を演じて貰いたいと思っている。2時間特番の単発作品ではなく、叔父上よろしく三部作の連続ドラマで。
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