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【プラス】生きづらさを抱えて生き続けてきた女が救済の果てに得たもの

#マンガ感想文 #森園みるく #村崎百郎 #サイコサスペンス #人格デザイン #繊細さと優しさは美徳ならず

ひとつの身体にひとつの人格        そんな時代はすでに終わったーー

コミュ障の方なら一度は思ったことはあるだろう。明るく積極的な性格になりたい、と。かつての私がそうだった。しかし性格というものは容易に変えられるものではない。それがまだ若い10代のうちであっても、だ。高校デビューや大学デビューなんて言葉を聞くが、それに成功する人々もいる一方で、元が陰キャの人間は大概失敗に終わって黒歴史になるか、無理をして心身ともに疲弊しまう。

もちろん、環境が変わったことによって明るく積極的な性格になれたという人達もたくさんいるが、そういった方々は決して無理をしていない。20代のとき、初の就職先でコミュ障であることを理由にリストラされ、その後、どこに行っても職場に馴染めず数え切れないほど職を転々とせざるを得なかった私の経験からすると、それは圧倒的に本人が職場に馴染めるよう変化しようという努力もあるだろうが、自分に合った環境に巡り合えたことによる部分が大きい(個人の見解です)

何とか3年勤められたパート先も、やはりコミュ障を理由に解雇された。だがその後障害者雇用に切り替えてからは、嘘のように仕事がしやすくなった。「喋らな過ぎて気持ち悪い」とどの職場でも言われた私の欠点も、A型作業所を利用するようになってからは「物静かで落ち着きがある人」と他の利用者の方々から評されていると知ったときは、目からウロコだった。それどころか、皆で私を騙しているのではないかと本気で疑ったほどだ。

――――――――――――――――――――――――――

「いらっしゃい/人格デザイン研究所へようこそ」

前衛的なデザインの椅子に腰かけた白衣の女が語りかける。白いカットソーにタイトスカート、ショートブーツ風のヒール。カウンセラー風のその女は落ち着きのある大人の女という雰囲気に満ちた美女だが、その美しい顔と口調にもおおよそ感情というものが感じられない。しかし長く濃いまつげに縁取られた両眼の眼力だけは、恐ろしく強い。濃く赤いルージュを塗った唇にも、強い意志を感じさせる。

「さあどうぞおかけください/恐れることは何もありません」            「私を信じてすべてを話してください/あなたがどうしてここへ来たのかを」

クライアントは長い黒髪の若い女性。その端正な顔には憂いがある。

「わ 私は……何をやってもだめな人間なんです」                 「愚図でのろまでみんなに嫌われて……」  「気が弱いというか……すべてに自信が持てなくて……/だから仕事も失敗ばかりで……」

クライアントーー主人公の名は川瀬瑛子。中小企業に勤める事務職のOLである。しかし彼女は仕事で書類の些細なミスが多く、常に山下という、巻き髪の派手な身なりに濃い化粧、ひどく性格のきつい先輩OLに叱責され、注意の名目で暴言を吐く。周囲の同僚達も、その様をニヤニヤしながら面白がって見ている。

しかし、瑛子には唯一の味方がいた。先輩の男性社員の杉田である。山下にヒールのかかとで足を踏まれ、あげく、「バカ!死ね!」と暴言を浴びせられた瑛子は同僚達から嘲笑されるが、杉田だけは散乱した書類を拾うのを手伝い、

「あまり気にするなよ」

と声をかける。

「そういうのも今に始まったことじゃなくて……小さい頃からずっといじめられてきたんです」

小学生時代は男子にいじめられ、中学生時代はヤンキー男子達から財布から札をまとめてカツアゲされる瑛子の姿が描かれる。

「最近は息をするのも辛くて……だけど死ぬ勇気もなくて……もうどうしていいか分からないんです」

「お願いします/ここへ来れば生まれ変われると聞きました/気弱な私にこの世界を生き抜くための強さを与えてください」

瑛子は懇願した。それまで能面のように無表情だった女ーー所長の口角がわずかに上がり、笑みの形を作った。しかし彼女は、瑛子の性格を否定しない。だが、決定的な弱点を指摘した。

「問題なのはあなたの人格の中に通常値をはるかに上まわる高レベルのやさしさと繊細さが存在していることです」

「残念ながらそれはこの非情な現代社会にあっては美徳ではなく致命的な欠陥となりうるのです」

「誰が悪いのでもありません/たまたまあなたが巡り合わせでそういう“世界”に存在してしまったのです」

胸に刺さる言葉である。だが所長の言葉はすべて事実である。残酷だが、これが現実である。

瑛子は額に電極を付けられ、近未来映画に登場するような機械と繋がった椅子に座らされる。

戸惑う瑛子に、所長は瑛子に説明する。

「複雑そうに見えますが/基本的な原理は“深層催眠暗示による新たな人格の形成”です」

ーー私はこれから深い催眠状態にして強力な暗示をかけます。あなたの人格の奥底にもうひとつ“別のもの”を加えるのです、と所長は説明する。

「それは……“強さ”なんですね?」

瑛子の問いに、所長は何を加えるかは今はまだ話せない、それは加えたものがあなたの中で完全に成長しきったときに自ずとわかる、と、曖昧な答えを返す。

「心配しなくても大丈夫よ」

わずかな微笑みを見せ、所長は意味深な言葉を口にする。

「あなたは結果的にあなたが考えるものとはまったく別の“強さ”を獲得することになるのだから……」

瑛子が望み、そして読者が考える強さとは「気の強さ」だろう。思ったことをはっきり口にし、確固たる自信を持ち、山下からのいじめにも耐える強靭な精神力のようなものを想像するが、所長が瑛子に“加える”強さとは、どうやらそのようなものではないらしい。

「……人格なんて服と同じ/その日の気分で好きに選んでいいのよ」

所長のその言葉とともに、機械に繋がれた瑛子の意識はゆっくりと穏やかに薄れて行った。

それから1週間経ったが、瑛子の生活に目立った変化は見られなかった。それどころか、会社のデスクに大量の煙草の吸い殻を入れられるという山下からの陰湿ないじめは続いている。

(移植作業はすべて順調に終わりました/後はあなたに植えつけた新たな人格の種子があなたの中でゆっくりと成長するのを待つだけです)

それで私は(その間)何もしなくていいのですか?と尋ねる瑛子に、所長は返す。

(そう/後は流れに身を任せる感覚で/しばらくは自分のやることをまるで他人事のように眺めているといいわ)

(新しいあなたがあなたの中で目覚めて動き出すまでね)

所長の言葉は終始思わせぶりで、人格デザインの結果や変化までの過程は何ひとつ具体的に語られなかった。

ーー先生はそう言ったけど/信じてもいいんだろうか

一抹の不安を覚えながら帰宅する瑛子の心臓が、

ドクン

と、一瞬激しい鼓動を打った。瑛子はヒールの足を止め、何かに導引かれるかのように、すぐ側の美容室に向かう。飛び込みで入った美容室で、カット台に座った瑛子は担当の美容師から、

「そーですか/じゃあ思いっきりイメチェンしちゃっていいんですね」

背中まで伸びた瑛子の髪は肩までばっさりカットされ、前下がりボブにアレンジを加えた見違えるように洗練された髪型に変わる。美容室を出た瑛子はどこかのデパート内の化粧品売場に行き、美容部員からメイクの仕方を施され、さらにはワンネックホルダーのワンピースを着た茶髪のギャル店員がいるようなショップに向かい、白いドレス風ワンピースを薦められる。

ーー翌朝。髪型も服装も化粧も別人のような姿で出勤した瑛子は、隠されていた美しさを露にしたその姿に騒然とする男性社員達の視線を一斉に受ける。当然、山下は面白いわけがなく、就業中に瑛子にわざと足を引っかけ、転ばせるという子どもじみた嫌がらせをする。

しかし、瑛子は山下に反論することが出来ない。口から出るのは今までと何ら変わらない、謝罪の言葉ばかり。

(なんでよ!向こうが悪いのにどうして謝るのよ!ちっとも強くなってないじゃない!)

山下のいつもの暴言が、追い討ちをかける。

「色気づいて似合いもしないチャラい格好してるからよ/アンタまさか会社に隠れてエロいバイトでも始めたんじゃないでしょうね?」

そこに、思わぬ援護が入る。ついこの間までは瑛子が山下にいじめられる様を嘲笑っていた男性社員達だ。

「おいおい山下くん/そんな言い草はないだろう」                 「そうだそうだ!みっともないぞ」    「弱い者イジメはやめろ!」        「川瀬くんに謝りたまえ」

そのとき、また瑛子の心臓が

ドクン

と、鼓動を打った。

瑛子は全面的に自分が悪いのだといい、山下に頭を下げて丁重に謝罪する。山下を見る男性社員達の視線は一様に冷たく、その表情は険しい。所属部署内で恥をかく結果になった山下は、激昂して部署を飛び出す。

「立派だよ君は」            「あんまり気にするなよ」        「そうだよあんな奴は無視しちゃえよ」

「俺達だってあいつのイビリは見ていて不愉快なんだ」

ーー見事なまでの男性社員達の掌返しに、瑛子は「はあ……」とだけ返した。       ここでの「はあ……」は、はい、の意味だけでなく、容姿が美しくなった途端自分の味方になった彼らに対して呆れている、溜め息が言葉になっているのではないか。

怒りが収まらない山下は、女子更衣室に逃げ込んだ。ふと、瑛子のロッカーを見て山下はニヤリと嫌な笑みを浮かべる。

その日の就業後、更衣室に行った瑛子が真っ先に目にしたのは、ズタズタに斬り裂かれた昨晩買ったばかりの白いワンピースが、更衣室の床に放置されている光景だった。そこに、満面の笑顔の山下が入って来る。

「何よ/言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!」

そうけしかける山下は、何故かひどく焦っている。瑛子はもちろん内心で、

(怒るのよ!/今こそ怒りを爆発させるときだわ!)

ドクン

瑛子と山下の直接対決となるかと思いきや、瑛子は悲しげな表情で山下を一瞥すると、無言のままズタズタにされたワンピースを着て更衣室を、会社を後にする。更衣室内にいる女子社員達は、

「いくら何でもヒドいわ」        「あそこまでやることないじゃない」   「瑛子が可哀相すぎるわ」

と、陰口を叩かれ、まだ社内に残る男性社員達は、傘もささずに雨の中を歩く瑛子を、3階の部署内から気の毒そうに見おろしている。  そこに、傘をさし、背広を腕にかけた杉田が駆け寄ってくる。            

「川瀬くん!」

瑛子に上着をかけ、傘をさしてやりながら、杉田は瑛子に問う。

「君はどうしてこんなヒドいことをされても怒らないんだ?」            「いいんです……人からこんなに嫌われる私のほうがいけないんです」

「私は人を不愉快にさせることしかできない欠陥人間なんですよね」          「そんなことはない!悪いのは理不尽に君をいじめる山下さんのほうだ!」

どこまでも自分を卑下する瑛子に、杉田は本音をぶつけた。イメチェンして美しくなった途端掌返しした男性社員達とは違い、以前から瑛子を想っていたが故に、雨の中瑛子を追いかける行動を起こした杉田と、何もせず瑛子を見送るしか出来ない彼らとの歴然とした差が、よく表れている。

ーー数日後。瑛子は一人暮らしのアパート近くにあるコンビニで、ヘアヌードも含むヌード写真をメインにした男性向け成人雑誌とスティックのりを購入する。帰宅後、自室のテーブルの上でヌード写真のページの上にハサミを掲げる瑛子。ジャキ、と紙にハサミが入ると同時に、瑛子の口からはクッ、と笑いがもれた。

翌朝。会社の瑛子のデスクの上には証明写真を切り抜いたとおぼしき瑛子の顔写真をヌード写真の顔面部分を貼りつけた粗雑なコラージュが数枚置かれていた。男性社員も女性社員も、みな一様に絶句するしかない。

「おはようございます」

いつもと変わらず部署に入ってきた瑛子はデスクの椅子に座り、それらのコラージュを目にした途端、肩を震わせ、涙を流す。これまで山下からどれだけ暴言を吐かれようと何も言わず、何も言い返すことなく耐えていた瑛子は、ついに嗚咽をもらしながら、職場で涙を流す。

「おっはー」

そこへ、何も知らない山下が入って来る。男性社員達からも女性社員から、一斉ににらみつけられる。

「何よ/私が何をしたっていうの?」    「見下げた人間だなおまえは」      「恥ずかしくないのか」         「ひどい!」             「あんまりだわ!」           「そうだそうだ!」           「川瀬に謝れ!」            まったく身に覚えのないシュプレヒコールに、山下は訳がわからず、ただ戸惑うしかない。

ーーその後、山下は社長室に呼び出しを喰らった。銀髪のような白い頭髪に、同じく白い口髯を蓄え、葉巻を手にした老紳士風の社長は、ふたりきりの室内で山下に苦言を呈する。

「困ったことをしてくれたもんだね/いくら君が私の愛人でもかばいきれないことがあるんだよ/近頃は組合もうるさいしね」

写真をバラまいたのは私ではない、服を破いたのは確かに私ですが……と、言い訳にならない言い訳を必死に並べ立てる山下。

部署内で山下が幅を利かせていたのは、彼女が社長の愛人という後ろ楯という忖度があったからなのだ。だが社長は葉巻を吹かしながら、

「私も君の性格は充分理解しているつもりだ/どちらの事件も君なら平気でやりかねないことだ」

言い訳無用、とばかりに、社長は葉巻の煙を吹きながら山下を突き放す。中小企業といえど社長である以上、人を見る目はあるのだろう。社長は火を点けたばかりの葉巻を灰皿でひねり潰し、私もつまらぬ問題で煩わされるのは後免だといい、その場で山下に無期限の自宅謹慎を言い渡す。 

「しばらくふたりで逢うのは控えよう」

会社においての【無期限自宅謹慎】というのは解雇には至らないものの、職場復帰の可能性はあるが、復帰時期は完全に未定という処分。実例では半年から5年に及ぶという。だが山下にとって、それは事実上、社長との愛人関係の終了宣告でもあった。

ーー3ヶ月後。

瑛子は倉庫が立ち並ぶ港近くの埠頭に佇んでいた。ウエスト部分がコルセット状のドレス風ワンピースにハイヒールという、全身黒づくめの姿で。

停車した左ハンドルの乗用車の運転席から、柄物のキャミソールワンピースを着た山下が現れた。その手には、瑛子がコンビニで購入した、切り抜きだらけのあの男性向け成人雑誌が握られている。

「山下さんお久しぶりです/こんなところに私を呼び出したりして何のご用ですか?」

今の瑛子にはもう、山下にいじめられ続けていた頃のおどおどして気弱な印象は微塵もない。山下は切り抜きだらけの男性向け成人雑誌を、つい先日、瑛子が出したゴミ袋の中から発見し、入手し、あの事件が自作自演だった証拠を掴んだのだ。しかし、瑛子は山下の追及をさらりと受け流す。さらに瑛子は、山下の自宅謹慎中に社長の愛人の座についていた。

「あの人は私の弱さや繊細さを理解してくれてそれを愛してくれているだけよ/それがどうしていけないの?」            その一言に、山下は逆上した。そして山下をさらに煽るように、瑛子は穏やかな笑みを浮かべながら、さらに言葉を続ける。      「あの人が言ってたわ/君のような繊細で優しい女性に逢ったのは生まれて初めてだ」

「うすぎたない欲望まるだしの下品な山下とは比べようがないって」

山下は無言で左運転席に乗り込み、瑛子目がけて車を急発進させた。しかし瑛子がクス、と笑ったその瞬間、山下の車の前輪のタイヤは盛大に滑り、倉庫のシャッターに正面衝突した。

ボンネットにフロントガラス、ヘッドライト、フロントバンパーにフロントウインカーを初めとした車体の全面はあらかた破壊され、サイドミラーまで砕け散った車は横倒しになり、運転席から放り出された山下の両足は車の下敷きになり、血が流れ出している。それと同様、エンジンからはオイルがーー。

「はいこれ/そこにまいておいたあまりだけど」                 「きゃあ!」

あろうことか、瑛子は栓を抜いた一斗缶からガソリンを、身動きの取れない山下の頭から浴びせかけた。

「あ あなた最初から……」       「じゃあね先輩」

それだけ言って踵を返した瑛子は、後ろ手に点火したままのレディースデザインの電子ライターを放った。

凄まじいまでの爆発音と、山下の断末魔の悲鳴と、炎と黒煙とが同時に上がった。

しかし瑛子は動じることなく、黒いハイヒールをカッ、カッ、カッと鳴らしながら、近くで一部始終を見守っていた所長の元に歩み寄る。所長の傍らには彼女のものだろう、車が1台停まっている。

相変わらず白衣に白のカットソー、タイトスカートを身にまとい、腕組みをした所長は、目の前で人一人を死に至らしめた爆音と黒煙、立ち昇る炎をものともせず、あの能面のような美貌で眉ひとつ動かさず、瑛子に語りかけた。

「どうやらうまくいったようね」     「ありがとう/これもみんな先生のおかげです」                 「私も/私の性格デザインが成功したようでうれしいわ」

うれしい、と言いながら、所長の顔には微笑のかけらも浮かんでいない。

「やっと最近になって気がついたんですよ/先生が私の性格に加えてくれたものが何であるか」                  「……」

「弱い私に加えられたのは“強さ“ではなく”狡猾さ”だったのですね」

「そうよ/弱いまま強くなるには狡猾さが必要なの/以前のあなたには完全に欠けていたものよ」

狡猾ーーずる賢さ。この場合、弱者を装いながら腹黒さを持つこと。

「おかげで周囲の同情を買いながらここまでのし上がることができました」       「それが結果的にあなたにとってプラスになったのならいいのだけど……」

そのとき、不適な笑みを浮かべ続けていた瑛子の顔に、わずかな陰りが浮かんだ。その脳裏には、杉田とのやり取りが思い起こされていた。

ーー社長の愛人になった瑛子の元から去って行った杉田が別れ際に残した言葉。

「僕は弱くて繊細で邪悪さのかけらもないやさしい君が好きだったよ/さようなら」

杉田は仕事が出来ず、失敗ばかりで山下にいじめられ、周囲の者達から嘲笑され、すべてに自信が持てない「ありのままの自分」であった頃の瑛子を純粋に愛してくれていたのだ。

「……いいのよ/あんなつまらない男のことなんか」

だが、その表情にはわずかな哀しみがあった。「弱くて繊細で邪悪さのかけらもない」頃の瑛子の性格と、瑛子もまた杉田を想っていたときの心が。

杉田がもう少し早く瑛子に想いを伝えていさえすればーー?              瑛子はありのままの自分を愛してくれている杉田の想いを受け取っていたらーー?

それではこの物語は成立しないのは重々承知の上で記すのだか、私個人としては、それが残念でならない。

しかし、瑛子は炎と黒煙を背景に、所長に向かって宣言した。

「見ていてね/私はあんな小さい会社の社長の愛人で終わるつもりなんかないわ/これを足がかりに上をめざすつもりよ」

瑛子は復讐を果たそうとしているのだ。それは山下のいじめに乗っかって自分を嘲笑し、掌返しした男性社員達、昔のいじめっ子達にではない。山下以上に自分を虐げ続けて来た、社会と世間に対してだ。その憎悪は、杉田からの愛と彼に対する愛などとは比べものにならないほどの情念だろう。

虐げられ続けた弱者が何かしらの強力な力を得たとき、それがどれほどの恐ろしさを発揮するものなのかーー。

世の社会的強者はわからないだろう。

©️森園みるくミステリー選集②/双葉文庫名作シリーズ全①巻/電子書籍あり


















 


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