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【魔界転生】原作を凌駕した石川賢イズムが炸裂した超絶伝奇時代劇

#マンガ感想文 #石川賢 #山田風太郎 #忍法帖シリーズ #伝奇時代劇 #作品への愛が強過ぎて長文になりました

この作品に出会えたのは私の人生の最大の幸福であり、幸運であると言っても過言ではない。それくらい、私はこの作品を愛する。

映画版では千葉真一、佐藤浩市、Vシネマでは渡辺裕之、舞台版では中村橋之助(現・中村芝翫)、上川隆也が柳生十兵衛を演じ、沢田研二、窪塚洋介、成宮寛貴、溝端淳平が天草四郎を演じているが、世間一般では沢田研二演じる天草四郎が主人公に置き換えられた深作欣二監督の映画版第一作が最も有名だろうが、この映画は原作に忠実ではない。

原作での天草四郎は完全な脇役であっさり途中退場し、映画版では細川ガラシャ、Vシネマ版は春日局、舞台版二作目には淀殿が魔界衆に加わっていたりと、いずれも登場人物が大幅に変更されている。

石川版以外にも、劇画、漫画版は多数出版されているが、原作そのままに描かれているのは、今のところせがわまさき版の「十」だけである。

その中でも石川版の「魔界転生」は原作の一部を改変しているどころの話ではなく、もはや原作は原案程度にしかなっていないほど、原型を留めていない。石川版と原作との相違点は多岐に渡り、まずお縫、お雛、おひろという、主人公・柳生十兵衛の弟子である三人の娘武芸者達、おひろの弟、弥太郎、魔界衆を率いる軍師、森宗意軒配下のキリシタンくノ一三人衆、フランチェスカお蝶、ベアトリスお銭、クララお品のうちお蝶とお銭は登場せず、中盤で死亡するお品は洗礼名がクララからベアトリスになっていて終盤から重要な役目を果たす物語のヒロインとなり、魔界衆の一人、田宮坊太郎の許嫁であるお類らしき女性は一応登場しているが、その女性がお類なのかどうかは不明だ。そして宝蔵院胤舜の女従者佐奈、十兵衛の従兄、柳生如雲斎を転生させるキリシタン大名、小西行長ゆかりの女性キリシタンも(それ以前に本作には如雲斎も)登場しない。原作では常時十兵衛を護衛し、サポートする柳生十人衆に至っては、数ページのみの出番しかない。そして彼ら彼女らに代わり、オリキャラの柳生忍群の少年鷹王、頭領のおばば、キアラの兄弟を初めとした、異形の容姿と異能力しか持たない忍びの九鬼一族が活躍する。お品以外の女性キャラがあらかたカットされているのは、作者が女性を描くのが苦手というのもあるのかも知れない。

年老い、既に五輪書を記し終えた老武蔵が熊本、金峰山奥地の霊岩洞の中、石体四面の観音像の前に陣を取り、星兜に総面の当世具足の鎧武者姿で、若き日の吉岡一門との激闘、巌流島での佐々木小次郎との決闘に勝利した瞬間を回想しながら死を迎えようとしているが、それは剣豪として諸国に名を馳せながらも、武士としては出世も成功もしたり得なかった、老いてなお過去の栄光にすがりつく老武芸者の惨めな人生の幕引きに過ぎなかった。

命の灯火が埋み火になり行くその瞬間、武蔵の前に思うがままに剣を奮う見ず知らずの隻眼の若き荒武者が現れる。その若き荒武者は十兵衛。十兵衛の凄まじいまでの剣豪としての才に驚愕する武蔵の耳にどこからともなく聞こえる謎の声が、死に際の武蔵を挑発する。

「武蔵どの/十兵衛と戦わずしてなんの剣豪か!」

武蔵は十兵衛の名を叫び、兜を脱ぎ総面を放って「わしは何のためにすべてを投げうって」と己が人生を悔い、目の前の十兵衛につかみかかるが、そこには遥か昔に捨てた恋人、お通が若き日の姿そのままでいた。声の主は天草四郎。四郎はお通を抱いてやりなさい、そしてもう一度武蔵の伝説を築くのです、と諭す。

「聞かずともあなたは知っている/七年前、島原であなたは見た…」

確かに七年前、かの島原の乱に於いて幕府軍の豊前小倉小笠原家の臨時軍監を務めた武蔵は、乱の後の地獄絵図を目の当たりにしていた。乱の結末は後世の私達の知る通り、参戦したキリシタン農民達は斬首、磔、簑踊りに身を焼かれ、拠点、原城のわずか三万七千の城兵達は十二万四千の幕府軍の前に全滅した。そこで武蔵は、当時まだ一介の浪人に過ぎなかった由比民部介正雪と出会い、彼とともに乱の指揮者にして天草四郎直属の軍師、森宗意軒が得体の知れぬ術を使い、斬首されたはずの天草四郎を再誕させる様を。

死屍累々とした戦場の中、全裸の女が悶え苦しむ中、小笠原藩に雇われた土忍達が宗意軒を襲うが、かたわらにいる深編笠の大柄な浪人が忍び達を容赦なく叩き斬る。浪人は鍵屋の辻の決闘で二刀と小柄を巧みに使い、仇討ちを果たしたものの、武家社会の理不尽な掟によって切腹を命ぜられ、昨年死んだはずの荒木又右衛門だった。そして苦悶していた女が立ち上がり、顔が割れて全身が爆ぜると、体内から全裸の天草四郎が出現する。女の体内は宇宙空間のようになっており、そこかしこから粘液を滴らせた、奇怪な生物達が溢れ出している。忍び達は四郎が奮う長い髪による「忍法髪切丸」によって全身を切断され、服をまとった天草四郎と荒木又右衛門は宗意軒とともにいずこかへ消え去って行ったのだった。

そして「忍法魔界転生」によって転生を果たした魔界衆のかたわらで、武蔵はお通を抱くというより、犯すようにお通を貫いたーー。

その頃、由比正雪は江戸牛込榎坂に軍学道場、張孔堂を設立し、三千もの門弟を従える軍学兵法指南者となっていた。そしてそこには徳川御三家のひとつ、紀州家の家祖であり初代藩主、紀伊頼宣こと徳川頼宣、またの名を紀伊大納言が秘密裏に出入りしている。

頼宣は家康の十男で、二代将軍、秀忠の腹違いの弟にあたる。一度は駿河藩主となったが家康亡き後二代将軍となった兄、秀忠が自らの威光と権力を示すため、駿河藩主の座を次男の忠長に渡し、水戸、尾張に継ぐ徳川御三家の家祖にするという名目で頼宣を初代紀伊藩主にしたという説もあり、作中ではあまりに血気盛んな野心家故に、遠く紀伊の地に追いやられたという設定になっている。

原作では頼宣は転生しないが、石川版では武蔵の前に、人々に疫病をもたらす病原菌の塊と化して転生を果たし、幕府転覆を計画している。紀州の頼宣の背後には森宗意軒を筆頭に、天草四郎、荒木又右衛門、宝蔵院胤舜、田宮坊太郎、宮本武蔵が付き、由比正雪はその参謀役に就いていた。

そこで明かされたのは、島原の乱が実はキリシタンの農民達によるただの一揆ではなく、大魔神王=サタンを現世に降臨させ、人間界に第二の地獄を作り上げるための儀式のひとつに過ぎなかったこと、それも儀式としては「あまりに小さ過ぎた」こと、そして長崎島原のキリシタン達が心から崇拝していた神の子たる天草四郎はサタニストであり、島原の乱を聖戦と信じて殉教を遂げたと疑わず死んで行っただろう三万七千人ものキリシタン達はわずかな生け贄に過ぎなかったという、おぞましい事実だった。

しかしこの企てを、幕府大目付役の柳生家が察知しないはずがなかった。病の身を押しながら張孔堂に間者を放つ十兵衛の父、但馬守は既に齢七十五。さらに末期の腹膜癌の病状を呈し、激痛に眠ることすらままならず、余命幾ばくもないことを悟り、自分が第一子長男の十兵衛の存在と扱いを持て余しながらも深く愛し、密かにその自由奔放で無頼な生き方に憧れる心中を側近に吐露する。だがその一方で、将軍家指南役兼公儀大目付となって宮仕えに徹し通した自負はありながら、それが真に出世と言えたか、偉大なる剣豪である父、石舟斎の息子として会心の事であったかと、但馬守もまた人生をやり直したいと死の床で悔やみ、そこへ既に転生を果たした旧友、宝蔵院胤舜が柳生屋敷を訪れる。

魔界転生した武蔵の額の左右には角が生え、完全に鬼の面相と化していた。それは正に死に際の『慚愧』(仏教の言葉で二度と同じ過ちを繰り返さない、の意)の念が具現化したかの如く、『慚愧』の二文字から心の動きや感情を表す立心偏を取り除いた【斬鬼】として、但馬守が放った間者達をことごとく斬殺していたのだった。

父、但馬守死去の一報を受けた十兵衛は一切動じることなく柳生の里の鍛治場で過ごし続けるつもりが、但馬守の死を看取ったのが若い女連れの父の旧友、宝蔵院胤舜と知らされるや否や、奈良から江戸まで自ら早馬を走らせ、江戸柳生屋敷へ駆けつける。

「魔界転生は女の体を媒体としてなるのです/やがては子宮を溶かし/ついにはその体内すべてが子宮と化する」

由比正雪からそう伝えられ、宝蔵院胤舜がすでに魔界転生している事実を知る十兵衛は、屋敷内で宝蔵院が連れて来たという件の女と相対する。女はクララお清というキリシタンくノ一の一人で、体内が胎内へ変化しつつある身の内で但馬守を魔界転生させている最中であり、

「あなたには私を斬れない/私を斬るという事はあなたは自分の父上を殺すこと!/あなたには/私を……殺す事はでき……」

できない、と断言しかけたお清を、十兵衛は何のためらいもなく唐竹割りにする。そして畳の上に崩れ落ちたお清の乳房の真下から現れたのは、まだ皮膚もなく全身の骨と五臓六腑を剥き出しにし、鮫の歯をさらに長く伸ばした口腔だけが成長した、醜悪なまでにグロテスクな姿の、転生途中の但馬守だった。

「親父どの何が悲しゅうて/そのような体になってまでもこの世に未練する/情けなや親父!これほど汚い死に様を見せるとは思わんかったぞ」 

「十兵衛/きさまも年老いて死にぎわがくれば/わかるわ!/死というものがいかに切なくかなしいものかが」  

転生し切れなかった但馬守は重装甲を身に着けた十兵衛の腕一本で消滅させられるが、十兵衛はお清の体内に魔界を垣間見、江戸柳生屋敷は業火に包まれた。

但馬守が十兵衛によって転生を阻まれ、殺された旨が魔界衆にもたらされる。魔界転生の秘密を知り過ぎた十兵衛は危険分子と見なされ、魔界衆は天草四郎と荒木又右衛門が柳生の里に向かい、宝蔵院胤舜と田宮坊太郎は四郎の指示で紀州に戻った後の頼宣の護衛を命じられ、宮本武蔵と森宗意軒は江戸から帰る紀州一行の側についている。

柳生の里に帰還した十兵衛は、その足で魔界転生の謎を解く唯一の手がかりとなるらしき伊賀轟山奥にある下忍の集落、九鬼谷を目指す。戦国の世から西洋魔術、医術と忍法を組み合わせた禁忌の人体実験を繰り返したあげく、異形に成り果てた忍びの末裔、九鬼一族と会うために。

しかし十兵衛の留守中、柳生屋敷は荒木又右衛門と天草四郎の襲撃を受けていた。剣の腕には覚えのある柳生衆達さえふたりに歯が立たず、柳生忍群も軒並み返り討ちにされる。そこへ柳生忍群最強の少年忍鷹王が立ちはだかり、彼が操る血を吸い肉を喰らう何百羽もの忍鳥によって荒木又右衛門は両眼を抉られ全身を喰い荒らされるが、それによって空洞になった眼窩から魔界と繋がる体内に潜む魔物達が噴出し、蜘蛛のそれに似た巨大な六本脚を頭部から突出させたさらなる魔人体に変貌し、鷹王を惨殺すると、九鬼谷へ疾走する。

九鬼谷にたどり着いた十兵衛は、一族の長老にして頭領、おばばがかつて何度となく魔界の謎を探ろうとした昔語りを聞きながら、無数の南蛮渡来の祈祷書、卜筮書、魔術書の中から【魔神崇拝論】という書物を手にする。

「魔神をこの世に呼び出す書じゃよ/呼び出す者サタニストのための書じゃ」

九鬼一族は西洋魔術から手を引いたものの、おばばが魔界の謎を唯一解いたかも知れないカルラという忍びの名を口にする。

「その男の名……今は森宗意軒という」

十兵衛の背後、おばばの正面には天草四郎がいた。そしておばばは四郎がカルラに産時を頼まれ、西洋の日付で6の月の6の日の6の刻に生まれ、誕生と同時に自分達を殺そうとした「あの時の子」だと気づき、驚愕する。

十兵衛と四郎の戦闘が開始されるや否や、四郎は十兵衛の二並銃で顔半分を銃撃され、着物の下に仕込んでいた重装甲によって忍法髪切丸が通じない十兵衛の手によって、四郎は左足を斬られてしまう。一瞬にして満身創痍となった四郎はさらに九鬼一族達に取り囲まれ、絶体絶命の危機に陥った。

その頃既に紀州和歌山城の天守閣には魔法陣が敷かれ、紀州城下の町人達は疫病に憑かれて肉体が溶け崩れ、体内から魔物達を噴出させる者達で溢れ返る地獄と化しており、魔人化が進行した武蔵は額から長い一本角を突き出し、馬上から町人達を見おろしながら、悠然と城下を進んでいた。

触れた者を魔界に吸い込む「忍法黒魔球」でかろうじて応戦する四郎の元に、荒木又右衛門が現れる。頭部の巨大蜘蛛化に加え、顔面が映画「エイリアン」の如く進化した又右衛門は十兵衛の刀を牙であっさり噛み砕くものの、十兵衛に内臓を引きずり出され、死の間際に周囲のものすべてを破壊するキアラの双子の兄弟の片割れに襲いかかってしまったことで、双子の片割れとともに消滅する。

「わしらはもはや人間ではない/この世界には住めぬバケモノよ/この世にいてはいかん者達なのかもしれん……」

どこか哀しげに言い、一族を連れて何処かへ去ろうとする意思を示すおばばに、十兵衛は思いがけない言葉をかける。

「もし神がいて……魔界の存在にすでに気がつきそれをとばす布石をこの世においていたとすれば/それはお前達かもしれぬ……」

又右衛門を消滅させたキアラの異能力に巻き込まれた四郎は、得体の知れない空間の激流に飲み込まれていた。死にたくない、と呻く四郎の目には宮本武蔵、宝蔵院胤舜、田宮坊太郎、紀伊大納言の姿が映るが、何故かその背後にはまばゆい光に包まれ、両眼を見開いた十兵衛がいる。その直後、四郎は紀州城天守閣に敷かれた魔法陣の上から雷光とともに出現し、森宗意軒、田宮坊太郎、紀伊大納言の前に血まみれの姿で落下した。

九鬼谷から柳生の里に戻った十兵衛は、雨の中、柳生屋敷にいた者達は全滅し、柳生忍群が住まう黒鍬屋敷も同様の被害を受けたことを知らされる。

柳生忍の子どもの一人の亡骸を抱えた十兵衛は、近くの山中で雨の中櫓を組み、柳生忍群の子ども達の亡骸を火葬する一人の女と出会う。女は、ああ、あう、としか言葉を発せず、十兵衛の問いかけにも、ただ無言で無邪気な笑顔を向けるだけの白痴の聾唖者だった。

十兵衛は裸足でずぶ濡れの女に簑を着せてその場を去るが、女の正体は森宗意軒から何としても十兵衛と交わり、彼奴を転生させよとの命を受けたキリシタンくノ一、ベアトリスお品だった。

その身に二丁の短筒、銃弾、装甲を仕込み、腰に帯刀し、小型ガトリング砲を携えて、紀州に向かう十兵衛。対照的に、四郎は紀州城天守閣で全身を包帯に巻かれ、苦痛の唸り声を上げ続けている。

「両脚片腕はぶった斬れて/ふふ……顔の半分をふっとばされちまってる」         「もう四郎はダメじゃ/どう見ても助からないぞ!」

坊太郎と紀伊大納言の言葉に、助かる方法がひとつだけあると断言する森宗意軒。それはもう一度、四郎を転生させることだった。宗意軒が転生するために術をかけていた女を四郎に譲り、交合させて二度目の魔界転生をさせようというのだが、宗意軒でさえその術が成功するかはわからない。だが四郎は十兵衛を殺すまで死ねんと、その可能性に賭ける。

紀州に赴く十兵衛は、配下となった九鬼一族に「鬼を退治してこようと思ってる」と宣言し、彼らに全面の信頼を寄せている。お品もまた、自身に与えられた命を果たすべく、十兵衛の後を執拗に追い続ける。

幕府の命を受けた紀州藩の者達は城下入りを目指すが、紀州に入るための峠の守りは宝蔵院胤舜。藩士達は皆殺しにされ、そして魔界衆と十兵衛の死闘が開始される。元より巨躯で槍の達人である宝蔵院に、十兵衛は、小型ガトリング砲と散弾銃を放つが、びくともしない。しかし宝蔵院の耳に強力な火薬を詰め、げんのうで頭蓋を粉砕したことでようやく対等に戦える身になった十兵衛に、宝蔵院は敗北の色を見せ始める。そこへ、馬に乗った武蔵が現れる。

紀州城天守閣では、四郎が二度目の転生のため女を責め続けていた。宗意軒は転生出来たとしてもどのような姿でこの世に現れるかわからないと語りながらも、それ以上に恐ろしいことが起きることを懸念している。       《触れてはならぬ領域に触れぬように》と。

かつて魔界には『神』が降臨した光輝く次元があり、魔物達がいかなる力をもってしても近づくことは出来ないーーが、一人だけその光の次元で転生した者がいた。宗意軒いわく、

「その男はイエスといい/人間にとって大いなる救いを与えたという」

宝蔵院は武蔵に助けを求めるが、武蔵は無刀で宝蔵院をまっぷたつに斬り捨てる。武蔵が欲していたのは、かつて霊岩洞の中で垣間見た、剣の才を漲らせた若き剣豪、十兵衛との一対一の対戦のみだった。

今の武蔵にとって十兵衛との決戦は、転生前の巌流島での決闘より真に命をかけたものだろう。しかしこの戦いは佐々木小次郎とくらべて十兵衛の方にあまりに分が悪過ぎ「どう転んでも勝ち目のある相手じゃねえよ」と早々に言わしめる。

しかし十兵衛は自分の刀を武蔵の胸元に投げつけ突き立て、自ら武蔵の刃に己が身を貫かれながらも、至近距離から武蔵の顔面に銃弾を撃ち込む。又右衛門同様、両眼の周囲を空洞にさせられた武蔵は視界を失うが、十兵衛が地に倒れる音を聞き逃さなかった武蔵に止めを刺される寸前、思わぬ助けが入る。ーーお品だった。

だがくノ一と言えど非力な彼女の腕力は十兵衛の両脇を抱え上げながらも彼の全身を引き起こすことは出来ず、ふたりは山道の坂を滑り落ちて行く。

ーーその後、紀州山中の真っ暗な洞穴の中、そな敷布の上で、武蔵に腹を剣で貫かれた傷が元で高熱を発し、意識朦朧となりながら、のたうちまわる十兵衛を必死に手当てするお品の姿があった。完全な魔物と化した武蔵に襲われ、「なぜわしを転生させてはくれなんだ」と、父但馬守に責め立てられ、その背後に又右衛門と宝蔵院がたたずむ幻影に苛まれ、それでも意識を失えない十兵衛はお品の肩に腕をまわし、しがみつき、お品に覆い被さるようにして彼女を押し倒す。

「十兵衛なにを!」とお品は混乱するが、苦痛に満ちた十兵衛の苦悶の顔に、彼が極限まで精神的、肉体的に限界に達し、その苦痛を少しでも和らげようと情交を求めていることを悟ったお品は、十兵衛を受け入れる。       (ふたりが肉体関係を持った場面はたった1コマのシルエットのみで描かれているのだが、個人的にはもっと直接的な描写にして欲しかった)

時を同じくして、四郎は二度目の転生のための交合を果たし終え、精も根も尽き果てた様は、死んでいるかのように見える。しかし四郎の霊体は再び魔界に戻り、魔物が新たな肉体を作るために次々に集まってくるが、明らかに様子がおかしい。一度目の転生時以上に大きな魔物達が、絶え間なく入り込んで来るのだ。

「時間がないのだ/あいつが地上に降りる」と、四郎を『ルシュ・ファル』と呼ぶ魔物が伝えると、四郎は宗意軒が言っていた《触れてはならぬ領域》たる光の次元に遭遇する。その光の次元の中に、四郎は十兵衛の姿の輪郭をわずかに見た。

サタン、666、ルシュ・ファル。そして光の次元で転生したイエスなる人物が、新約聖書にあるパウロ書簡のうち、コリントの信徒への手紙に『その復活によって全ての人々が生き』テサロニケの信徒への手紙に『死者は復活する』と記されたキリストのことだとしたらーー?

ーー三日後、紀州山中の洞窟では、まだお品が十兵衛の手当てを続けていた。彼女の脳裏には十兵衛に抱かれた光景がよぎり、笑みを浮かべ、お品は十兵衛の肌の熱さを思い起こすかのように、愛おしげに着物越しに自分の胸に触れる。

そこでようやく目覚めた十兵衛に、お品は必死で聾唖者の振りを装い続けるが、出会ったときからすでに自分が魔界衆と繋がりのあるくノ一であるとわかっていたことを知らされ、お品は黙り込むしかなかった。

「十兵衛さま/鬼退治はすみませたかな」

そこへ、おばば率いる九鬼一族生き残りの忍び達が現れる。紀州城天守閣の魔法陣は完全に魔界と繋がり、紀州藩一帯は宗意軒が目論む本物の第二の地獄と化していた。

「十兵衛あそこにいけば死ぬよ!」     

「俺は死なん/魔界をふっとばすまで死んでたまるか」

お品の忠告に耳も貸さず、十兵衛は九鬼一族とともに紀州城下へ向かう。

「十兵衛……死ぬよ……/ふはは……死んだら私の中に戻ってくるんだ」

紀州山中に一人取り残されたお品が切なげにつぶやく。「十兵衛」と、ただ一言。その瞬間、お品の両手が光を放ち、それは瞬く間にお品の全身を包み込んだ。

そして魔界ではさらなる異変が起こっていた。光の次元の中で、まだ存命中の十兵衛が転生しようとし、四郎は魔物達に命じる。

「やつより強力な体を作るのだ/転生した時最強の体を作りあげるのだ!/どのような体になってもかまわぬ/やつより強力ならば!」

紀州城天守閣で四郎と交わった女が、自分の意志ではない力に導かれ、何処へともなく歩み出す。その頃、紀州城門前で真っ先に十兵衛を迎えたのは、幼なじみの田宮坊太郎だった。

十兵衛は自ら坊太郎に右腕を斬らせる。最初の一撃が勝負となる抜刀術の達人である坊太郎の攻撃を防ぐための、まさに捨て身の戦略だった。坊太郎は十兵衛の左腕に握られた刀によって腹を一閃で斬られると、体内発火能力を持つ九鬼一族の一人に道連れにされ、炎の中に消える。

魔物に憑かれた有象無象の町人達が蠢く紀州城下の地獄の中に、光輝く球体に包まれたお品が現れる。お品が彼らに手を差し伸べるや否や魔物は消え去り、お品は聖女の如く次々に彼らを元の姿に戻し正気に返らせて行き、人々は自ずとお品に救いを求める。そして彼女はまた一言つぶやく。

「十兵衛……」

その行き先は、紀州城天守閣に他ならない。

紀州城天守閣に残るは森宗意軒と紀伊大納言のみになっていた。魔法陣と魔界は既に繋がっており、魔界がこの世に飛び出すのは時間の問題だった。十兵衛は全裸で丸腰の紀伊大納言を頭から一刀両断するが、その体内から魔界が噴き出そうとする。おばばはキアラの兄弟の生き残り、テツマの力を発動させてすべてを破壊させようとするが、そこに魔界衆武人の最後の生き残りである武蔵が出現し、顔面上部が魔界に繋がる空間と化して完全な魔人と化した武蔵によって、十兵衛は上半身を背中まで袈裟懸けに斬られる。

しかし死に際に十兵衛はうわごとのようにつぶやく。

「見える光が……/たくさんの光が」

そのうえ九鬼一族の最後の切り札であったテツマも武蔵に飲み込まれ、魔界の彼方へ消え去ってしまい、十兵衛もまた武蔵によって延髄に刀を突き刺され、十兵衛は死ぬ。       (この辺り、十兵衛の表情はずっと強いまま、さらに意識があまりにもはっきりした状態で描かれ続けているため、深傷を負っているようにも見えず、死んだと言われてもまったくそう見えないのが残念である)

天守閣と魔界は完全に繋がり、もはや人の世は終わりを告げるかに見えたーーその時だ。

魔物の群れが何事か恐れをなし、天守閣にまばゆいばかりの光が射し込む。

光の源は、天守閣にたどり着いたお品だった。

「十兵衛がいる/感じるぞ十兵衛の殺気を」

武蔵が叫ぶと、お品はまたその手で自分に襲いかかって来た魔物を、触れもせずに弾き飛ばす。

「十兵衛……私はあなたを」

あなたを、の後にお品は何を言わんとしたのか。間違いなく「愛してーー」だったのはわかる。しかしその言葉を言い切らなかったのは、ふたりの出会いがあまりに異質だったが故か。苦痛から逃れるためにお品を抱くしかなかった十兵衛と、主によって十兵衛に抱かれる命を与えられたお品。純粋な愛から発した肉体関係でこそなかったものの、肉体関係から始まる恋も愛も、この世にはある。

それだけ言ったお品の顔に、ピッと縦一線が走る。それは魔界転生の兆しだったが、今しがた死んだばかりの十兵衛が転生するにはあまりに急速過ぎ、宗意軒は驚愕するしかないーーが、魔物達を吹き飛ばしながら十兵衛は転生した。キリストの復活を見届けたマグダラのマリアのごとき使命を果たし終えたお品の体を引き裂いて、光とともに。坊太郎に斬られた右腕を備え、幼い頃に隻眼になったはずの両眼を見開いて。

転生した十兵衛の語りとともに、翼を広げた天使と魔物達の戦いが背後に描かれる。

「あの戦いを/こっちの世界では/させぬ!」

十兵衛の両拳から放たれた光は宗意軒の首を、まっぷたつになった紀伊大納言の体を、さらには地獄と化した紀伊城下に満ち満ちた暗雲と魔物達が、紀伊城上空に向かって渦巻いた暗黒の空間に、竜巻となって吸い込まれる。そして、それらすべての闇をその身に引き込んだ天使の姿がーー。

紀州城上空は晴れ渡り、天守閣にはそれでもまだ武蔵が生き残り続けていた。しかし十兵衛の腕ひとつであっけなく倒された武蔵もまた魔界こと「あの世界」に還され、魔界に関わるすべては無に還る。

そして武蔵に砕かれた自分の刀から鍔を外すと、それを眼帯として右眼に着ける。

「十兵衛お主/お主いったい何者なんじゃ」

戸惑うしかないおばばの問いに、十兵衛はためらいなく笑顔で答える。

「どうした/俺は柳生十兵衛以外の何者でもないぞ!」

「この顔も/この腕も/足も/胴体も/柳生十兵衛だよ」

ーー紀州城内から九鬼一族の生き残りを連れた十兵衛を、城の門前で柳生十人衆が迎える。

何も知らない彼らに向かい、十兵衛は旅に出る、柳生の里はよろしく頼むとだけ伝え、紀州城下を後にする。

その後、由比正雪は謀反の発覚により処刑され、鈴が森の刑場にて晒し首となり、紀伊大納言がこの年に死んだという事実も紀伊城下での疫病の流行も記録されず、島原の乱を始め、森宗意軒、天草四郎、宝蔵院胤舜、田宮坊太郎、宮本武蔵ら魔界衆の面々は、魔界転生の言葉ひとつ残されることなく、後世の私達が知る通りのまま歴史に残った。

ーー十兵衛は九鬼一族とともに当てのない旅に出た。おばばは問う、わしらはどこにゆけばいいのじゃ、と。

十兵衛は、握っていた右拳を開いて見せた。その掌中には、お品、鷹王、魔界衆との戦いで死んだテツマを始めとした九鬼一族の面々の姿が映し出されていた。

「みんな……俺の中にいる……お前達も俺とゆこう/さてゆくか!」

しかし、その行く手を阻む者が十兵衛と九鬼一族の前に現れた。

「最後の大仕事が残ってたか」

十兵衛の言葉に、背後の九鬼一族らも臨戦態勢を見せる。

前髪を切り揃え、日本人形のような端正な顔だちをした、黒目がちの、四郎の二度目の転生を成し遂げたあの清楚なたたずまいの女ーー着物の裾は裂け、裸足というありさまだが、女がうつろな両眼で十兵衛を睨むように見据えると、その体中から稲光が発した。

「天草四郎/きさまどれだけの魔物をひきつれて来た!」

「十兵衛/お前に私は止められぬ」

その一言を引き金に、空には暗雲が立ち込め、嵐の前兆のような強風が吹き抜け、辺り一面に雷光が轟いた。

女の両眼に、意志を持った光が宿る。そして天草四郎は女の体に自分の声で宣戦布告する。

「十兵衛/宇宙のはてに飛ばしてやろうかあ!/それとも地獄の炎の中にたたきこんでやろうかあ」

「やってみろ!!天草四郎!!」

十兵衛はようやく最強の対戦相手に出会えたとばかりの野性的な笑みを浮かべ、刀を抜く。

女の顔が、ピキ、と縦一文字に割れた。

見開きでの次のページは、顔の割れた女の顔の白黒反転した図である。その体内にして胎内から四郎はどのような姿となって転生を果たしたのかーー。

【魔界転生 完】

©️講談社漫画文庫全①巻/電子書籍上下全②巻


























































         












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