#5 休む前の私(消耗)
めちゃくちゃ過酷だった時期の話。
コンサルワークに慣れてきた頃、
不幸にも連続で、炎上プロジェクトに入ることになった。
精神的にかなり追い込まれて、
当時の記憶はあまりない。
(供養もかねて、思い出してみる笑)
1つの炎上を抜けるだけでも相当大変なのに、
連続となると、命の危機だと思う。
炎上のしんどさは
通常業務に加えて、遅延分のリカバリー対応もあり、
致死量の物量がふってくる
とにかく休む暇がない日々で、
高いプレッシャーと、数時間単位でやってくる期限で
緊張感しかない状態だった。
当時の1日の大まかな流れは、
0時~3時 前日の未処理分の作業
3時~6時 お風呂・寝る
6時~8時 資料作成・内部ミーティング
8時~9時 資料修正・内部レビュー
9時~12時 各定例会
12時~16時 作業(分析、関係者ディスカッション、資料作成)
16時~19時 各定例会
19時~21時 内部ミーティング
21時~23時 資料作成・夜ご飯
23時~翌0時 前日の未処理分の作業
といった感じだった。
(もちろん、日によって、多少比重は変わる)
会議、資料作成などが続くと、
手が空かないため、ご飯を食べるタイミングもない。
血糖値上昇すると眠くなるので、ご飯は少し。
(お寿司は一口で食べられて、丁度いいファストフードだった)
そんな状態なので、生活なんてものはなかった。
平日は1日働いて、
週末は疲れ切って寝ているか、溜まった作業を処理したり、洗濯したり。
精神的にきついのが、短納期。
業務が完了しても、また数時間後に次の期限が待っている状態が、
延々と続くのは精神的に応える。
(のんびり生きてきた私にとって、適応しづらかった)
遅延が起こると追加で説明責任を果たさないといけない。
つまり作業が増えるので、
何としてでも期限は死守するしかない。
遅延のリプランを考える余裕はすでにないのだ。
詰められた後のインターナルMTGでは、
同僚と咽び泣き
(泣きながら、次の会議で使う資料作成の手は止めずにいて、
本当によくやっていたと思う。この時間は一生忘れない笑)
戦況はよくならず、
末期になると、悲しくもないのに涙が出てくる状態になっていた
気力が湧かないときは、
怒りの感情はエネルギーが強いので、あえて腹立つことを想像して、
怒りのエネルギーで仕事に向き合うときもあった。
ストレスフルで、
精神的に何も受け付けないときは、
涙を流すとストレス発散できるので、あえて悲しいことを想像して涙を流した。
このとき、もはや感情は一人のリソース?ツールのような捉え方。
プロとして失格なんだけど、
精神的に限界を迎えたとき、
会議とか資料作成とかすべての仕事を放り投げて、散歩したことが何度かある。
同僚には迷惑をかけてしまって申し訳ないけど、
仕方ない、限界なのだから。
公園とか川沿いを散歩していて、
なんとも言えない感情になった。
外を見ていると、いろんな人がいろんな形で働いていて、
ああ、こうして社会って回っているんだな。
頑張っているのに、どんどん苦しくなる状態。しんどい。
(今思えば、現実と自分の気持ちに乖離がありすぎて、
手当て出来る時間もなく、八方塞がり状態だった気がする)
炎上してても、大体は徐々に鎮火していくのだけど、
どうしようもない事情が重なり、最後まで鎮火しなかった。
この時期、同僚と
”人が希望を失うとき”について会話したことがあった。
「アンコントローラブルな状況」
「ゴールが見えない状況」
この2つが重なったときだろうと結論づけた。
自分では制御できない状況がいつ終わるのか、わからない。
ちなみに、持ち前の身体的タフさにより、
この炎上を乗り切るんだけど、
この次のプロジェクトから踏ん張れなくなる。
上のタイトルに行くほど、当然、責任もついてくる。
改めて、異常にタフな人たちが多くて、異常な環境だった。
濃密すぎて時間が一瞬で溶けていくような日々だったけど、
二度と経験できない瞬間でもあった。
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