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炎と並ぶ者達

 曇天の間から差した光が、焼けて斜めに傾いた軍旗から滴り落ちる雨粒が根元で倒れる血塗れの旗手の淀んだ目に注がれる様を照らしていた。
 頭上を旋回する飛竜共は勝利の余韻に未だ酔いしれ吠えている。雨ていどの水で彼らの業火を鎮めるには到底足りるはずもなく、敵陣は黒煙と炎に呑まれた。今回の勝利に飛竜は大いに働いた。

 焼かれていたのは自分であったかもしれない。頭上の羽音と巻き上がる焦げ臭い灰塵、いがらっぽい喉を押さえながらアルバートは彼方此方で呻き、這いつくばった敵兵の元へ足を運んでは、せっせと止めを刺しながらそんなことを考えていた。彼に向けれる命乞いは今や雑音に等しい。ぐさり。ぐさりと一突きにする。
 頭上の飛竜共は何故、寝返ったのだろう。何故、あちらを裏切ったのだろう。アルバートの耳に届くのは真意不明の噂ばかりだ。

 「こっちだ」弱々しい声がした。そちらを見れば他の死体に紛れるように仰向けで倒れた男の姿があった。顔は焼けただだれ、目は左右共に潰れており、口は閉じることもはや叶わぬのか、ぽかん開いて脱力しきっている。その有様とは逆に溢れる何かが感じられた。しかしアルバートは気にしなかった。どうせ死ぬのだ。楽にしてやろうと。

 その時、男の黒い手ががっしりとアルバートの剣を掴んだ。傷だらけの手に刃が食い込むことなどまるで気にするも様子なく、押すことも引くこともできない。明らかに瀕死の男の力ではない。
 アルバートは怯み、離そうとしたが手は固く閉じそれを許さない。男は剣の切っ先を自らの胸へ導いていく。ここを狙えと。切っ先は紅いペンダントとその奥の心臓へ向き、男は躊躇せず自ら剣を突きこませた。石が砕け、流れ出た血は世の理を嫌うように剣を遡り、アルバートの腕を這う。
 飛竜が嘶き、鋭く紅い幾つもの視線がアルバートに注がれる。アルバートに目の前の事柄を咀嚼する時間は無かった。
 逃げなければ……。

つづく

 



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