「ロリコン」から見る日本の特異性
「ロリータ・コンプレックス」。
ロリータ・コンプレックス(以下、ロリコン)とは、年少者に対して性的・恋愛的感情を抱く人のこと、性愛の対象として少女・ 幼女を求める心理、幼女・少女にのみ性欲を感じる異常心理、と一般的に説かれる。海外ではペドフィリア(小児性愛)として一括りに特殊性癖として扱われるが、日本ではこのペドフィリアとロリコンを使い分ける傾向があると私は考える。より正確には、日本において、ロリコンという地位をある特定の領域で築いているということである。欧米では、一般的に理想的な女性の象徴はマリリン・モンローであったように、日本と欧米での異性に対する感情の種類の違いに、一種の国民性を感じることができるのかもしれない。
では、まず「ロリコン」がどのような出自を辿り、現在のように定着するに至ったかを振り返ってみる。ロリコンの起源としては 、1955 年に刊行されたウラジミール・ナボコフの小説『Lolita(ロリータ)』に由来すると言われている。この小説は、12歳という前思春期の少女にあらわれる性的な魅力を表現し、それにとらわれる成人男性の姿を描き社会に衝撃と影響を残した作品である。
そして、この小説から「ロリータ・コンプレックス」という概念をアメリカの心理学者ラッセル・トレーナーが確立させた。当時は、ロリータを 9 歳から 14 歳の少女に限定していた上、「ロリータ・コンプレックス」は、そういった幼女が、自身よりも年齢が上の男性を好きになる感情を指す言葉であった。しかし、境界は未だ不明だが、途中で意味が逆転し、現在の「ロリコン」に至る。日本において、「ロリコン」の概念が流入したのは、ラッセル・トレーナーの著書『ロリータ・コンプレックス』の和訳版が出たからではあるとされている。しかし、海外では、こういった一種の異常心理を「Lolita Syndrome」と呼ぶにも関わらず、現在では「Lolicon」として和製英語が英語に侵食した形で、普及されている点を考慮すると、日本での独自の「ロリコン」概念の発展を伺うことができる。
日本におけるロリコン文化の定着と発展を「ロリコン」の概念が確立する前から遡り、日本固有の「Lolicon」 について考えるのが、この論考の意義である。
今回ここで、私が唱えるのは、日本人には古くから伝統的、内在的にペドフィリア的思考が備わっていた可能性がある点である。 江戸時代以前、女性は10歳ほどから結婚を申し込まれるようになり、18 歳の時点で未婚の場合「いかず後家」と呼ばれるほどであった。これは、当時の女性蔑視の傾向が強く「女性は家を守るもの」と考えられ、知恵がつく前に結婚し、子育てをすることが親孝行であると解釈されており、一種の常識であり良識であった。当時は、まだ女性とは家庭の奥で守る存在であり、当時の女性もそれを疑うことはなかったと言われている。また、紫式部の著作『源氏物語』における代表的な描写として、紫式部の源氏物語の「光源氏が幼い紫の上を自分の家に引き取って自分好みに育て上げた」というエピソードがあるように、女性蔑視の描写は、日本において古来より伝わるモノであり、伝統的な思想であるとも言える。
江戸時代になっても、女性蔑視の思想は根付いていた。江戸時代の浮世絵においても、鈴木春信の描いた「柳屋見立三美人」、「笠森お仙」や「官女」などに見られるように、まだ発達途中の少女を美しいと思い、題材とした例はよく見られる。こういった幼女を題材とした春画が当時たくさん出回り、大流行した。こういった日本に古くからある女性蔑視による早期の結婚という伝統的慣習が、結果的に当時の男性を魅了する女性を、現在の「Lolita」と称される年代に限定しまったのではないのだろうか、とも捉えることができる。
しかし、女性蔑視の思想という点おいて、日本だけでなく、欧米にも古くから見られた思想であったため、ロリコンの慣習を日本特有のモノであると断定することはできない。19世紀のフランスを代表する画家であるブクローは甘美で妖艶な美少女を描いていたように、ロリコンは世界的に共通して根付いていた心理であった。ここで伺えるのは、あくまでも「ロリコン」は日本においても古来より、他の諸国同様に存在していた心理であるということである。
これからは、日本が欧米よりも早い速度で「ロリコン」の概念を発展させることに成功した理由として、日本の戦後の漫画やアニメに見られるデフォルメ、法的制限などいった文化的・制度的側面から考える。
戦後の日本において、ロリコン文化の発展として、漫画家・吾妻ひでおのグループが 1979 年に自主制作として描いた同人誌『シベール』が起点であるとされる。それ以前の同人誌・ポルノ漫画はリアリズムを意識したもので、一目で幼女であると認識できる描写の少ないものであった。また、アニメや漫画はあくまでも子供が見るモノであり、性交を詳細に描いたモノは少なかった。アニメ・漫画も「劇画」を経ることで、大人も楽しむことも一般化されたが、『シベール』が発表される以前は、どうしてもそういった劇画調のリアリズム思考の性的描写が多かった。しかし、『シベール』においては、表紙のようなデフォルメされた可愛らしい絵柄で性交を描いた。
これが当時の人に非常に衝撃を与え、需要が爆増したことで、1980年代前半に「ロリコンブーム」と呼ばれるまでに至り、多数の可愛くデフォルメされた幼女性愛を描く作品が作られた。1979年に公開された『ルパン三世 カリオストロの城』の劇中でロリコンという語が使われることから、この時点で「ロリータ・コンプレックス」の略語として「ロリコン」が大衆に広く定着している言葉であることが伺える。ロリコンブームの起爆剤として、『ルパン三世 カリオストロの城』に登場する少女クラリスを題材とした同人誌が多数出回り、当時の多くの人が魅了されたところもある。この時代は、まだ表現としての自由が現在よりも寛容で、ほぼ野放しの状態であり、幼女・少女性愛を描いた作品(写真集・漫画・アニメなど)が爆増することになる。
1999年11月1日に施行された「児童買春、児童ポルノに係る行為等の規則及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」によりヌード美少女写真の製造・販売が固く禁じられたものの、虚構の二次元美少女のアニメ絵は児童ポルノとは見なされなかった。そのため、現在のように、日本では、二次元ロリータを観測することができる。
一方、先進国においては、現代版に再解釈された道徳に従い、幼女・少女性愛を女児に対する人権問題として捉えるようになった。欧米では、小児性犯罪の件数が日本と比較しても桁違いに多く、毎秒一件の性犯罪が起きているという状況である。日本においても、そういった犯罪の抑圧のため、先述したように「児童買春、児童ポルノに係る行為等の規則及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」の施行により解決を図ったが、欧米では日本と異なり、虚構の二次元美少女を題材にした作品も検挙の対象となった。これにおいては、日本人の国民性・日本固有の治安の良さが、二次元作品の検閲を防いでいるとも解釈できる上、『シベール』からみる幼女・少女のデフォルメによる表現としてのリアリズムからの脱却がそれを可能にしているとも解釈できよう。また、アメリカではアニメはトゥーンという子供向けのジャンル、ファンタジックなものやドタバタ、またはヒーローものや風刺のきいたコメディが主流であるのに対し、日本のアニメはまんま日本のコミック文化から派生した日本独自の映像文化でありSFをはじめ、学園もの、恋愛、青春、サスペンス、ファンタジーなど多岐にわたる点も、日本の犯罪件数の少なさによる大衆文化としての表現の幅の広さを伺うことができる。
日本において、「ロリコン」という語は、『ルパン三世 カリオストロの城』に登場したように大衆的に周知されていたことは事実としてあるが、略語としての出自は現在も不明である。しかし、日本の治安の良さによって、美少女を題材にした二次元作品が保護され、大衆に広まったことにより、西洋と異なり一種の嗜好として定着していることがわかる。つまり、海外では異常性癖として扱われる幼女・少女性愛が、二次元作品における「ロリコン」という独自の立場を築いたことが、日本の独自性とも言える。「ロリコン」という語のグルーピングが、そういった感情を日本のアイデンティティとして昇華させたとも言えよう。
やがてグローバル化が進み、日本独自で発展した漫画・アニメにおける一種の「ロリコン」描写が海外に流出したことにより、「ロリコン」は「Lolicon」という和製英語として独自の立場を確立する。「ロリコン」という文化的グルーピングは、そういった日本と海外の国民性・治安の違い、漫画文化から見るリアリズムの脱却による独自の技術の発達によって長い年月かけて日本で成熟した境界のぼやけた特有の領域でもあると言えるのではないのだろうか。
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