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宇能鴻一郎とあたしの話

あたし、宇能鴻一郎が、好きなんです。
今日は、ロンピョウを、書くんです。

上記は、官能小説家である宇能鴻一郎が得意とする「あたし、〇〇なんです」文体、いわゆる女性告白体を応用した文章である。代表作として『むちむちぷりん』『濡れて立つ』などがある。ちなみに『むちむちぷりん』は2016年2月に徳間書店から単行本として再刊されている。

とはいえ宇能鴻一郎?誰?という人の方が圧倒的だろう。
私もそうである。私が宇能鴻一郎を知ったのはほんの数年前でそれまでは名前すら知らなかったのである。(結果的に宇能で卒論を書いたが。)

彼は1970年代、日本の中間小説誌における官能小説ブームの中で、人気を博した作家のひとりである。
永田守弘によると、当時官能小説作家の御三家と呼ばれたのが、富島健夫と川上宗薫、そして宇能鴻一郎であった。富島健夫は青春ポルノを得意とし、川上宗薫は「失神派」と呼ばれる、女性が絶頂時に気絶するポルノを得意としている。


この三人は、今でも知る人ぞ知る官能小説家として今でも時々話題に上るが、この三人は最初から官能小説家だったわけではない。富島は純文学やジュニア小説を書いており、川上も芥川賞候補となったこともある純文学作家であった。
そして宇能も純文学系の同人誌出身の作家であり1961年7月号『文學界』に掲載された『鯨神』で第46回芥川賞を受賞した経歴をもつ。また嵯峨島昭の名前でミステリー小説を書いている。

2021年8月、新潮文庫から出た、宇能鴻一郎著『姫君を喰う話 宇能鴻一郎傑作短編集』は、官能小説家として活躍する以前の1960年代頃に執筆された作品を中心に収録された短編集である。


今回の短編集には芥川賞を受賞した『鯨神』をはじめ、ある日西洋祈りの女とその子供が村にやってきたことにより、村全体が異様なことに巻き込まれていく『西洋祈りの女』、鍾乳洞の奥に安置された石汁地蔵を壊した一家を襲う怪奇の物語『リソペディオンの呪い』が収録されている。また今回筆者が初めて読むのは『姫君を喰う話』、短編エッセイ『三島と新選組』も収録されている。

宇能は東京大学国文科出身であり博士中退(文学修士)である。彼の研究テーマは上代文学と民俗学であり、『国文学 解釈と教材の研究』に「記紀における“縄文”的心情の世界」(1)が掲載されるなど、博識であることがわかると同時に、『鯨神』に見られる日本人の土俗性や原始的な体験に非常に重きを置いていることがみてとれる。

官能小説においても、「むちむち」といった表現を用いて肉欲的な女性の描き方をしているが、この当時の女性像といえば麻丘めぐみや南沙織といったスレンダーなアイドルが主流で、肉欲的な女性は批判的な見られ方をしていたのである。理由として巨乳はIQが低いというデマが広がっていたこともあるだろう。


そのような中で、まるで土器のような女性を描いていた宇能の作品において、やはり原始性を抜きに語れないのではないだろうか。今回の短編集においても、近代の中にある前近代的世界がテーマとなっている作品ばかりであり、どことなく泉鏡花を感じる。なお宇能は三島由紀夫と谷崎潤一郎を敬愛しており、三島・谷崎両氏が敬愛していたのが泉鏡花であるので、宇能はその系譜の一人であるといって過言ではない。(と私は思う。)(2)
ぜひとも近代文学に触れるのは少しハードルが高いけど、近代風現代小説なら…と思っている人に読んでいただきたい一冊です。

(1)国文学 解釈と教材の研究 13(14), 116-121, 1968-11
(2)宇能鴻一郎『夢十夜 双面神ヤヌスの谷崎・三島変化』

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