【小説】記念日①

人が目を覚ますとき、一番最初に反応するのはどの機能なんだろう。

寝起きのぼんやりとした頭で、マクシミリアンはそんなことを考えた。なぜなら、間違いなく今この瞬間「甘い匂い」に起こされたからだ。

「おはようございます」

嗅覚よりも後で覚醒した耳に、いつも変わらない声が届く。毎朝目を覚ますと同時に現れるフェリカだ。

「今日、何かあったっけ」
「何か、とは?」
「誰かの誕生日とか、そういうの」

返答が途切れる。フェリカが自分にプログラムされた「記憶」の中を探っているからだ。

「いいえ。私は何もうかがっておりません」
「そっか」

フェリカに知らされていないのなら、それは今日ではないのかもしれない。何か普段と違うことが予定されているなら、確実にフェリカにもインプットされるからだ。
また強くなったような甘い香りの正体に想像を巡らせながら、マクシミリアンは1日をスタートさせた。

「お帰りなさいませ」

やはり普段と違う。
学校(シューレ)から戻ってフェリカとマリー2人の出迎えにあったマクシミリアンは確信した。振り向くと、迎えに来てくれたジョーカーと目が合う。従兄と同様に情報部の高官でありながら、毎日シューレへの送迎を買って出ている青年は、人好きのする整った顔に何かを企んでいるような笑みを浮かべて見せた。

「両手に花だな、マックス」
「うるせ」

ジョーカーは降りたばかりの車にもたれかかり、肩を揺らして笑う。快活なこの男がいてくれてよかったと時折思う自分がいることに、マクシミリアンはとっくに気づいていた。

「坊ちゃま、さぁこちらへ」

フェリカとは違う呼び方でマリーに呼ばれ、知らず少年は笑顔を浮かべた。自分の世話係として起動されたフェリカよりもマリーに懐いているとジョーカーにたしなめられたこともあるが、どうしようもない。ここに来て一番最初に顔を合わせたのがマリーで、以来いろいろと世話を焼いてくれる。母親のように感じてしまうのだ。
マクシミリアンの自室へ向かうのとは違う方へ歩きながら、マリーはシューレの様子について知りたがる。彼女もまた、少年を自分の子供のように感じていた。

「坊ちゃま、ここからは目を閉じてくださいな」

楽しそうに弾んだ声で言いながら、マリーに手を取られる。温かい手だ。少年は素直に目を閉じる。心配することは何一つない。ここで毎日を送る内に、それは確信となっていた。

扉が開く音。少なくはない、息を潜めた人の気配。ぎゅっと力の入る、握られた手。

ひゅっ、と空気を切る音。

「「「サプラーイズ!!!」」」

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