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短いおはなし4

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2017年7月の記事一覧

‪『ねこは多くを語らない』より。‬



「トイレをしっかり掃除して欲しい。」

惑星たちはうっとりと。

惑星たちはうっとりと。

‪銀河の中心には何があるの?子ぐまが聞いた。クマが答えた。孤独だよ。孤独を中心に惑星たちがまわっている。孤独がないと惑星たちははぐれてしまう。銀河ってさみしいものなのさ。でもその孤独が惑星たちを惹きつける。惑星たちはうっとりとしながら孤独のまわりをまわる。音楽のように。素敵だろ?‬

夜空はどうして綺麗なの?

夜空はどうして綺麗なの?

夜空はどうして綺麗なの?子ぐまが聞いた。クマが答えた。男の子が、女の子に会うたびにちいさなプレゼントをするからさ。くだらなくて可愛くてきれいなプレゼントを。会えない時間が長くなると、男の子のプレゼントは増えてゆく。よろこんでくれるかな、どうかな。その思案が夜空を綺麗に染め上げる。

エトルタまで。

エトルタまで。



女の子が言った。どこか連れてってよ。クマが言った。フランス旅行はどう?クルマを借りてエトルタに出かけるんだ。途中で大屋敷を見つけたら、ちょっと戻る。なにか見つけるたびにちょっと戻る。エトルタなんかに着かなくたっていい。きれいな貝殻みたいに夢中になる風景を集めながらゆっくり進もう。

神様はデザートにシャーベットを食べていた。

神様はデザートにシャーベットを食べていた。



‪神様はデザートにシャーベットを食べていた。サーファーはパドリングを繰り返していた。ひとびとは、急いでも急いでも前に進まない悪夢ばかり見ていた。海は好きじゃない、終わりかけの恋人が言った。咲きかけの朝顔の蜜を揚羽蝶がうっとりと吸っていた。神様はデザートにシャーベットを食べていた。‬

哀しみの余地なし。



夏、菜園で採れたきゅうりをぽりぽり齧る。きゅうりの蔦はとても細い。水を吸い陽を浴びて獰猛に上のなにかをつかむ。黄色い花を咲かせ重たい実を実らす。生命は、もともこもない。それをもいで食べる食も、もともこもない。食べてる私も、もともこもない。意味もなく慎ましくつややかに生きたい。

あなたなんかにはまだわからない。

あなたなんかにはまだわからない。

‪サトウキビ畑を騒がせる風がキツネに言った。
あなたは、あなたが良いか悪いか気にしている。
でもそんなことに興味はないの。
あなたの魅力やつながりは、
もっと意味や価値のないところにある。
いまのあなたなんかにはまだわからないところに。
誰かに出会うときは平気で出会うわ。
無闇な夕立ちみたいに。‬

指でなぞる言葉。



ある町に、言ってもらいたいひとからの言ってもらいたい言葉を、言ってくれる喫茶店があった。その言葉は、紅茶のお皿に、リスの包装紙に包まれて添えられていた。訪れるひとたちはその言葉さえあれば生きてゆけた。安らかに眠れた。人々は繰り返し喫茶店に通い、繰り返し同じ言葉を指でなぞった。

ぶどうの香り。

ぶどうの香り。



‪10月のぶどう畑で男の子は、片われのような 女の子を見失った。男の子は呆然と空を見上げた。あたりにぶどうの香りがした。やがて大人になった男の子は日曜日のカフェでひとりでリースリングというワインを飲んでいた。隣に見覚えのある女性が座り、同じものを頼んだ。あたりにぶどうの香りがした。‬

目をそらせた。



‪クマは小さな薔薇と暮らしていた。クマと薔薇はほどほどな距離感で、もう何年も一緒にいた。クマもあまり世話をやき過ぎなかったし、薔薇も気が向いた時に咲いた。このところ何年も咲かなかった薔薇が先日ふいに咲いた。クマは聞いた。どうしたんだい?薔薇は恥ずかしそうに目をそらした。‬

そんなんわかるやろ。



ねこ「製本や、製本。みなさん待っとるやないか。あかんで、そんな疲れた顔しとったら。紙片さんからもメール来たやろ。あかんて。恵文社さんや、titleさんからオーダーいただいてるのにやな。早よつくりや。猫の手を借りたい?無理や。製本は無理。そんなんわかるやろ。早よやり!」

クマの手紙。

クマの手紙。



クマは手紙を書いた。「庭を同封しますね。眠る前に、休憩の時に、どん底の夜道で、まぶたに手のひらにそっと広がる庭です。涼しい風と鳥のさえずり付きです。この庭でいつもあなたがあなたに戻れますように。ボクがあなたに憧れ続けますように。このはかなく絶対的な庭で。ありがとうございますね。」

内気な幽霊。

内気な幽霊。

修道院の柱の影に内気な幽霊がいた。男は驚いた。幽霊「あ、すいません、生きてる時から内気で」男「なんで出てきたの?」幽霊「あ、やっぱり怨めしいとか、羨ましいとか?」男はまた驚いた。「こんな世の中が羨ましい?あのね、こっちも結構大変だよ暑いし。」男と内気な幽霊は二人でクスクス笑った。

言った途端にこぼれる。



夏の夕暮れの百日草を見ながらキツネは思った。きれい、すごい、尊敬する、すき、言った途端になにかがこぼれてしまうのはなぜだろう。しかも、そのこぼれたものは、自分にとってとても大事なもののような気がする。自分を失いたくないな。キツネはあらためて百日草を見て思った。でも、きれいだ。