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#32  東方より来る獣 30代からの英国語学留学記 2018年2月28日

ブリテン島を襲う寒波がいよいよ本格的になってきた。
窓を開けると身を削るような寒波が部屋に入ってくる。

下宿先は100年以上前のヴィクトリア朝時代に建てられた公営住宅ではあるが、断熱に関しては日本の首都圏にある単身者向けアパートと比べれば遥かにしっかりしており、昼夜問わずセントラルヒーティングが家全体を温めているため、朝寒くてベットから出られないことはない。
樹脂サッシと二重窓で結露とも無縁だ!!

特にセントラルヒーティングがここまで優秀とは思わなかった。空気を汚すことなく、また仕組み上常に稼働する必要があるため、夜も朝も急激に部屋が冷え込んでキツイ、廊下が異常に寒い、ということがなく、快適に寝起きができ、震えながら朝のルーティンを行うこともない。

100年前の家で当然のように出来ることを日本の一般家屋は何故できないのか。暖房を入れた家で結露ゼロというのは初めて見たぞ。結露は避けられないものだと思ったが、工夫すれば避けられる。
アルミサッシ滅ぶべし。

夏季の湿気や地震等の対策も必須であるから、中々難しいことは分かるのだが、日本の一般家屋は冬季の寒さに本当に弱すぎることをまざまざと思い知った。


昨晩パラパラ断続的に降った雪は積ることはなく、また英国当局も対策をしっかり施したため、通学バスが遅れることはなく、いつも通り学校へ行くことはできた。ただオックスフォードのシティーセンターを吹き付ける寒波は先日と比べても明らかに厳しい。長時間外には出来る限りいたくない、と正直思うレベル。

先日と異なり、今日は生徒も先生も遅刻する人はなく通常通り行われた。
だがどの先生も異常な寒波がイギリスを襲っているため翌日以降どうなるかわからないのでなるべく早く家に帰るように何度も忠告していた。テレビが見られる環境になく、積極的にローカルニュースをネットで見ることをしていなかったため深刻さがそこまで分からなかったが、イギリスの全メディアで異常寒波が本格的に襲来する警告を発しているらしく、油断せず気を付けるよう学校の全スタッフから何度も告げられた。相当な異常事態なのだろう。

僕は東北出身のため、寒さや雪にはある程度慣れている。特に雪に対しては何ら幻想を抱いておらず、寧ろ迷惑なものだと認識している。
だがトルコ南部の港町出身のオヌールと、ブエノスアイレス生まれ育ちのアルゼンチン人カルロスは寒さや雪には全く慣れていない。

寒いから辞めようと僕が警告したにも関わらず、ランチはいつもの屋外屋台市場で食べる羽目になり、何の因果か寒空の下で立ちながら屋台メシを食べる羽目になった。同じような連中が多いのか、屋台市場はこのクソ寒い日もいつも通りの賑わいである。そしてオヌールはケバブ、カルロスはパエリアと食べるものも変えていない。いい加減他のメシも食えよ。

二人とも寒さには慣れていないが、寒さよりも雪が降り積ることへの期待でテンションが高まっており、「早く雪が沢山積もってくれ」と呑気に話をしていた。
実際に雪が降り積もったら大変なのに。



午後の授業中、ついに雪が降ってきた。先日のパラパラしたみぞれとは異なり、確実に積もるタイプの雪、水分が少なく雪の結晶がはっきりと目に見えるタイプの雪がかなりの勢いで降ってきた。

案の定、アラブ人や南米系の生徒たちは初めて見る雪に大興奮。授業中に容赦なく立ち上がり窓からやたら写真を撮っており先生に窘められるほど。南米系は若者だから分かるがアラブ人は僕より年上の政府関係者もいるため、いったい全体何をやっているのか。彼らにとっては雪というのは概念上の存在でしかなかったものだが、それを目の当たりにしたのだから興奮して我を忘れるのもやむを得ないものなのだろうか

授業終了後も興奮冷めやらぬ様子で、徒党を組んで外で写真撮影合戦、whatsappでテレビ電話合戦。本国の友人たちに自慢しまくっている様子であった。微笑ましいと言えば微笑ましいが、屈強な異国の民が集団で写真を撮りまくったり大声で電話をしまくっている姿は中々異様である。

放課後、オヌールとカルロスの3人でスターバックスに行くことになった。警告を受けてさっさと帰りたかったが雪の降るオックスフォードのシティーセンターを散策し、スターバックスでコーヒーを洒落こみたかったらしい。

人生初の英国スターバックスだったが別に日本のそれと殆んど変わりはない。注文方法も一緒でトールやらグランデやら馴染みのない単語で注文しなくてはいけない所も一緒なので却って他のローカルカフェよりもやりやすいかもしれない。
唯一日本のそれと異なるのは店内でバナナを1本単位で売っている所である。スターバックスでバナナを売る、というのは日本ではまず見られない。これはちょっと面白いな、と思った。

そして日本と同様、店内はマックブックエアを広げて何やら作業をしている人間がやたら多い。大抵マックブックエアを広げているのはアジア系の人間ばかり。というか何故か店内利用者はアジア系ばかり。
アジア人はスターバックスでマックブックエアを使わなければいけない、という強迫観念に駆られているのだろうか。

この週はカルロスの最後の週である。彼はHSBCのバンカーという立派な社会人であるので、あまり長くはいられないのだ。
別れを惜しみ送迎会を企画しようとするも、気持ちは嬉しいのだが色々とやることがあり時間がない、と断られてしまいちょっと悲しい気持ちになった。
オヌールもいつもの異常な粘りを見せて送迎会実施を強く乞うのだがカルロスの決意は揺るぎがない。もう帰国までの予定は全て埋めてしまっているとのこと。

今までフラットな友人として彼と接してきたが、彼は世界的なメガバンク、HSBCの役職持ちで子供もいる上流階級の人間である。単なる大学生のオヌールと、30代の失業者の日本人の僕とはレベルが違うのだ。

カルロスとしても非常に気まずそうではあったが、彼が勤務するHSBCの本社はここイギリスにあるし、家族や親族を異常に大事にするタイプであるため、僕らがああだこうだ言って彼のことを拘束するのは野暮なことである。

だが若さゆえか、それが分からないオヌールは薄情者であるとカルロスに暴言を吐き、それに対してカルロスも感情的に反論する、という気まずい空気が暫く続き、そしてお開きとなってしまった。

もうすぐカルロスもいなくなってしまう。そして大変助けられた彼の送迎会すら開くこともできない。
とても悲しい気持ちになってしまった。だがどうしようもないのだ。

トボトボと一人帰路へ向かう。雪はより強く本格的に降りしきっている。
経験則でこれは確実に積もると僕は確信した。

異国で降りつもる雪、というのはそれだけで感慨深いものがある。


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