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#9 イギリスで禁煙を破る 30代からの英国語学留学記 2018年2月14日 その1

4日目の朝。今日も外が慌ただしくなってから階下のダイニングへ向かう。いの一番に朝食の場所まで行くことが未だ憚られる。

先日、終日不在だったムハンマドは今日は何事もなかったかのように朝食の席についていた。不在の理由を聞こうと一瞬思ったが、例の如くシナン・ムハンマド間に張られたピリピリした雰囲気に気圧され結局聞けず。

何故この二人はここまで仲が良くないのであろうか。先日のランチタイムでシナンがアラブ人に対するヘイトスピーチを行っていたことをふと思い出した。シナンがロクでもないことを彼に述べたのが原因ではないだろうか。

今日の朝食もいつも通り。パン、コーンフレーク、バナナ、そして紅茶。紅茶とバナナ以外は相変わらず美味しくない。だが今日のパンは前日までのやたら硬い謎パンではなく、穴の開いていないベーグルのようなタイプの違う謎パンで、食感はモチモチして柔らかくて中々良い。

味はないのだが。

しかしながら、食感が良いだけで大分印象が違う。異常に美味いミルクティーと結構合う。味のしないパンを紅茶で流し込むのが庶民的イングリッシュブレックファストなのだろうか。

パンが食べやすかったためか、朝食は先日よりも早く終わり、いつもより早く登校ができた。

授業開始までまだ40分近くある。シナンと学校の外でダラダラする。随所で随所でシナンは登校する友人から挨拶されている。人種も性別も年齢も様々。

シナンは本当に知り合いが多い。
この学校では、ほぼ全員が彼を認識しているのではないだろうか。1年近く在籍しているとは言え、ここまで多種多様な人々から笑顔で挨拶される程、良い意味で認識されるのは中々できることではない。彼のコミュニケーション能力の高さは心から尊敬できる。

暫くすると挨拶だけではなく、足を止めて彼と会話をする人々がどんどん増えてきた。前述の台湾人アンディや韓国人ジェイコブなど特に親しい人間たちが来ると、彼は徐に懐からシガレットケースを取り出し、彼らに煙草を配っている。そして皆彼に礼を述べて一様に紫煙を燻らせ始め、それを見てどんどん人が集まる。

イギリスに限らず欧州では煙草が滅茶苦茶高い。日本の比ではない。一箱10ポンド(2018年当時で1600円)以上はするのである。日本の4倍以上!

健康に悪い高価な嗜好品。

それを気前よく、誰にでもシナンは配る。人が集まらない訳がない。
ただ彼はコネ造りや媚び等の邪な計算でそれをやっている訳ではないことは、今までの付き合いで何となくは理解できる。面倒見の良い田舎のヤンキーみたいなスピリットを彼は持っているため、単純で純粋な親切心、親分肌の発露なのだろうか。

気が付くと、学校の前は10人ほどの男性が皆一斉に煙草を吸っている。その中にはカルロスとオヌールもいた。嫌煙家にとっては地獄のような光景だろう。
オックスフォードの歴史的建造物群をバックに異邦人達が一斉に煙草を燻らせる光景はミスマッチではある。

そして恐れていたことにシナンが僕に話しかけてきた

「何でお前は煙草吸わないの?煙草やるから吸いなよ!」

スッ、と笑顔でシガレットケースを差し出すシナン

僕は英国来る以前、禁煙を固く誓っていた。

煙草なんて吸わない方が良いことは理性的に、論理的に考えれば当たり前のことである。
それに渡英するまで、欧州では喫煙者は迫害の対象、蔑まれる者である、と何処かで見聞きしたため、この留学を切欠に禁煙しよう、と誓ったのであった。

まぁ、欧州の煙草が馬鹿みたいに高いため、経済的に辞めた方が良いだろう、というのが一番の理由なのだが。結局は金である。

一応、渡英前1か月は禁煙できていた。しかし、周りの人間があまりに美味しそうに煙草をふかしている。目の前には無料で吸える煙草が差し出されている。そして相手は提案を断るのが無茶苦茶面倒な男、シナンである。

悪魔の誘惑に乗り、僕もオックスフォードスモーキングクラブに加入してしまったのだった。

如月の英国の寒空の下、ネオゴシック調の建造物を背景に吸う1か月ぶりの煙草は無茶苦茶美味い。悪魔的な美味さ。

こんな所で煙草を吸うのは背徳感がある

見たことのない銘柄で、異常にタールが重く、脳天から星が出てくる程クラクラし、視界が揺れたが、それがまた良い。

薬物中毒者の如く瞳孔を見開き、貪るように煙草を喫む
そんな僕をシナンを始め他の喫煙者達は怪訝な表情で見つめる。

実は1か月間禁煙していた。健康に悪いし、イギリスは煙草が高い、と聞いていたからね。でもダメだったよ。

そう告げるた途端、一同大喜び。

Congratulation!! Welcome Back!

歓声が上がり、全員から熱い握手を受ける。
その中には昨日僕をクソミソに扱ったアラブ人もシレっといたのが癪に障ったが。

愛煙家に取って、禁煙失敗者を目の前で見ること程愉快なことはない

これは万国共通の真理であった。

ああ、やらかしちゃったよ。意思が弱いな。元の木阿弥

後悔先に立たず。
パンドラの箱は空き放たれてしまった。だがパンドラの箱の底に残ったのは希望である。きっとこれが僕の留学生活の希望になると信じたい。うん

シナンはそんな僕を見て大喜び

「Hey Bro! お前みたいに美味しそうに煙草を吸う奴は初めてみたぜ。今俺持っている煙草全部やるよ!家帰っても一緒に煙草吸おうな!いつでもやるぜ!」

シガレットケースに入っている5本ほどの煙草を全て僕にくれた。
何という気前の良さ。英国では1本80円程度なので400円程のものを僕にくれたのである。

シナンはなんていい奴なんだ

だが同時に彼のこの異様な押しの強さに恐ろしさも覚えた。

その後、1時間目と2時間目の授業。
最初のドミニクおじいさん先生の授業は本当にタメになる。パートナーが盟友カルロス固定であるので気楽にできる、というのもあるのだが、ドミニクおじいさんの教え方が本当に上手い。

一方的に上から叩き込むのではなく、まずは各々の生徒が現在の英語力で出来うる最大限の表現を無理なく引き出させ、一通り褒めてから、上手く訂正と指導を行い止揚へと導いてくれる。
ベテランだけあり、非英語圏の生徒達の指導方法がかなり手馴れている。
何より英語が異常に聞き取りやすいから助かる。

2時間目の若く美しいアリス先生の授業はやはりキツイ。アリス先生の英語が全然頭に入らないのが一番大きな要因なのだが、ほめて伸ばすドミニクおじいさんと違い、彼女はデキない生徒には厳しく当るためタイプのため精神的に来るものがある。

加えて毎度パートナーが変わるのもツライ。
今日のパートナーはK-POPアイドルの影響受けまくりのキッチュなコリアンガールと15歳の日本人。
二人とも旧知の仲なのか、僕を無視して二人だけで一方的にしゃべりまくっており、課題も全くやろうとしない。
アリス先生の強権的指導もあり、萎縮している僕には悔しいことに彼女らの間に割って入ることが一切できなかった。

この日も2時間目の授業は苦痛以外の何物でもなかった。

何とかせねば、何とかせねば

こうして二日目の前半戦は終了。ランチタイムへと相成った。

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