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第九話 【長閑過ぎる首都ビエンチャン】2008年2月29日昼その1 タイ・ラオス旅行記

らしくない?オシャレなラオス式カフェにて

ラオスらしからぬ洒落たオープンカフェ。
だが中を覗くと中華系の調度品がやたら多く、シアトル系カフェを目指しているであろう外観と見事ミスマッチ。そして全然店員がいる気配がない。「えくすきゅーずみー?」と何度か声を出すと、30台くらいの華僑風の女性が気だるそうに出てきてメニューを渡される。メニューは英語表記で、値段もタイバーツと米ドルが併記されたしっかりしたもの。疲労から無性に甘いものが食べたかったため、ラオスアイスコーヒーとチョコレートバナナアイスクリームを注文。

日本人には不思議に感じるものだが、ラオスでは自国内の通貨であるキープだけではなく、隣国のタイの通貨バーツと、世界通貨米ドルでの支払いが可能である。ラオス国内の経済が貧弱で外貨獲得手段が乏しいのと、インフレ率が高いことから、自国内通貨よりも外貨での支払いの方が好まれる。中には自国通貨での支払いが認められないお店もあるらしい。自国で自国の通貨が使えない、というのもすごい話である。(注:2008年当時。今では一部で人民元も流通しているらしいが、キープでの支払いが中心とのこと)

複数の通貨が当たり前のようにやり取りされるとなると、お釣りや為替レートの問題が出てくる。お釣りはラオスキープ、レートはマトモな所はしっかりした公定レートがあるのだが、それ以外は店員の匙加減で適当に決まる。2008年2月末当時のレートは、1米ドル≒35タイバーツ≒10000キープであった。お金の計算が複雑で物価の把握が難しい。

客は僕しかいなかったためか、アイスもコーヒーも直ぐに出てきた。バナナチョコレートアイスは、半分切られたバナナの上にチョコレートソースと溶けたバニラアイスがかけられていた。想像したものと少々違うがお味は予想を裏切らず。アイスコーヒーは東南アジア特有の練乳入り。噂には聞いていたが甘過ぎる。胸焼けがする程甘い。ガムシロップをがぶ飲みしている感覚。疲れている時は甘いモノを体が欲するものだが、流石にこれは甘すぎて体が受け付けない。だが頼んだものは残さず食べるポリシーがあるので、全て残さず食し飲み干した。

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白タクに乗る

練乳コーヒーをチョビチョビ飲みながら、地球の歩き方を読み返し、首都ビエンチャン中心部への移動手段、所要時間、相場を確認する。曰く、国境沿いにはトゥクトゥクが溜まっており、200バーツ程度で中心部まで連れて行ってくれるとのこと。所要時間は1時間弱。

だが周囲にはトゥクトゥクが全く見当たらない。客待ちどころか、流しのトゥクトゥクすらいない。一体どうしたことか。周りをよく観察すると、どうやらタイからビエンチャン中心部まで一気通貫で運んでくれる旅行会社手配のパックがあるらしく、イミグレを突破後、国境沿いに駐車されているチャーターバスに乗り込んでいる旅行者が大半を占めていた。随所随所でわざわざ移動手段を探すのは非効率であるし、一つの会社の手配で手配をした方が経済的であるし明朗会計でもある。
共産主義国家であるラオスは市場経済の導入が遅く、地場の民間企業があまり育っていない。国境沿いで商売をしていたトゥクトゥク運転手は、海外資本の旅行会社によって見事に駆逐されてしまったのだろうか。その影響がこんな所にも現れているのだろうか。何だか寂しい。

だが輸送手段が無い、というのは死活問題である。意を決してチャーターバスの運転手に幾許かのお金を支払い相乗り交渉をするしかないのだろうか。これはとても骨が折れる。途方に暮れながら注意深く観察を続けると、路上駐車されている車のドライバーと何やら話をした後、後部座席に乗り込みビエンチャン方面へ走り去っていった白人バックパッカーを発見。ガイドブックには書いていなかったが、どうやら白タクが国境沿いでこっそり営業をしているようであった。

ラオスには普通自動車を運行する通常のタクシー会社が無い(注:2008年当時)勿論、要人やビジネスマンが使用するハイヤーや、規模の大きいホテルが手配する送迎車の類はあるのだが、一般的な現地人が日常の足として使用する四輪車のタクシーは営業していない。ゼミの教授曰く、経済的な部分で折り合いがつかず需要が全くないから、とのことらしい。代わりにトゥクトゥクと呼ばれる、タイでも有名なオート三輪車が手軽な輸送手段として主流である。事前情報でこのような知識を仕入れていたため、国境沿いに白タクがいるとは夢にも思わず驚く。

ノーンカーイで数分間だけトゥクトゥクを体験したが、お世辞にも乗り心地が良いものとは言えず、これに1時間近く乗るのは確かにキツイ。トゥクトゥクよりも普通自動車の方が長距離輸送には合理的ではあるので、中心部まで行くには悪くない選択肢ではある。外資の旅行会社ではなく、四輪車タクシーによってトゥクトゥクが駆逐された、というのが真相ではないだろうか。

だが無認可の白タクである(そもそも認可されたタクシー自体ないのだが)ガイドブックには何も記載がないため、安全性が担保されているか不安は残る。だがそもそも、地球の歩き方で紹介されていたトゥクトゥクも個人事業主であるし、この国に統括している業界団体なんて存在しないだろうから、結局彼らも一種の白タクドライバーであるでの、ここに溜まっている四輪車ドライバーと根本的に違いはない。

そして何よりゼミの教授と、何度も渡航歴があるゼミの学生達の話では、ラオス人は基本的にシャイであり、外国人への態度もアグレッシヴではなく、妙な色気を出すような国民性ではないことを聞いている。チャーターバスに途中乗車するよう交渉する方がよっぽどハードルが高い。

まさに清水寺の舞台から飛び降りる覚悟で白タクに乗ることを決めた。甘すぎたカフェを出て白タクを探す。ブラブラ歩いていれば誰か話しかけてくるものだと思ったが、全然話しかけてくる相手がいない。タイでは観光客だと分かると怪しげな連中の汚い笑顔で散々話しかけられたものだが、ここはラオス、GDPも人口密度もASEANでブッちぎり末席の国だけあり、似て非なる国であることをここで初めて思い知らされる。単純に当局の取締が厳しいので大手を振って客引きが出来ないだけかもしれないが。

駐車している車を覗き込んで、自発的に交渉をしていかなければ行けないのだが、これは結構面倒である。そもそも路上駐車されている車がそれほど多くないのだ。5分ほど歩くと様々な国の国旗のステッカーがペタペタと貼られている年季の入った車を発見。これはクサイな、と思いジロジロ見ていると、アイドロップのグラサンを付けたふくよかな男がドアを開けて話しかけてきた。東南アジアでは運転手はアイドロップのグラサンをかけることになっているのだろうか。

Vieng Chan, Downtownまで乗せていってくれるとのこと。早速値段交渉に入るのだが、向こうの提示してきた値段はまさかの100バーツ(約350円)地球の歩き方記載の相場はトゥクトゥクで200バーツであり、まさかの自動車で半額の100バーツに驚く。怖いのでもう一度聞く。
「ワンハンドレッドバーッ」との返事に変わりはない。
改めて紙で100Bと書いて確認。「そうだ!」と言わんばかりにサムズアップして同意するアイドロップの運ちゃん。

安すぎて逆に怪しい。だがもしかしてこの人はワンハンドレッド以上の英語を言えないだけの人、もしくは外人相場という概念が分からない人という可能性もある。何よりさっさとこの何もない国境沿いを脱出して中心部に行きたい。ホテルでこの重いザックを降ろして身軽になりラオスを満喫したい!

この旅行はあらゆる所で停滞が続いたため、立ち止まって考えを廻らすことが段々面倒になってきた。悪い傾向ではあるが、初めての海外一人旅でポツンと何もせず不安な状態で待たざるを得ない状況というのはとにもかくにも精神衛生上宜しくない。はやる気持ちを抑えられず、この白タクに身を委ねることにした。えいままよ。ケ・セラ・セラ

首都への道

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車内は思いの外キレイ。カーステレオから何も流れない静かな車内。そう言えばラオスは左ハンドルなんだな、とここでふと気づく。特に怪しい素振りは見せず、真っ直ぐに正面を見て運転をするドライバー。まだ完全に警戒は解けてはいないが、悪い人ではなさそうだ。少なくともこの旅で出会った運転手の中で一番マトモそうに思えたし、結果的にそうであった。

緊張の糸も緩んできたため、周りの景色を見る余裕も出てきた。最近整備された幹線道路なので流石に広いが、随所随所で土埃に覆われており、どこか薄汚い。そして何よりバンコクと比べて交通量が圧倒的に少ない!!首都へと向かう幹線道路にも関わらずである。対向車線もガラガラ。僕の地元の東北の片田舎ですら、昼間の幹線道路はそこそこの交通量があるのだが、このラオスはびっくりするほど車が少ない。慢性的な交通渋滞がデフォルトのバンコクとのギャップに驚かされる。こんな状況でもスピードを出し過ぎず、車間距離を十分にとって丁寧な運転を心がける白タクの運ちゃんは実に生真面目な人だ。

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車窓から見える景色は、国境沿いということを差し引いてもとにかく何もない。文字通り何もない。たまに申し訳程度に電柱とボロボロのトタンで出来た家屋が見える程度。タイの場合、空港からバンコクへの道は巨大な広告看板や工業団地、倉庫の類が数え切れぬ程目に入ったのだが、ここビエンチャンへと至る道に至っては、人の手が加わった形跡、人工物だけではなく、農地らしい農地ですら、意識して探さないと見逃すレベルである。

まだ国境沿いの部分は発展半ばであり、しばらく首都へ近づけば交通量も増えて、人工物や整った農地がそれなりに見えてくるのだろう。自然な成り行きでそう予想したのだが、現実は行けども行けども何も無い空間ばかり。何も無い、というのは印象に残る自然らしい自然というのも特にない、という意味である。背の高い雑草と見栄えのしない木が雑に生えている。美しいのは澄んだ青空、それだけであり、印象に残らない物しかない、という事実だけが強く印象に残る、という何とも奇妙な光景が延々と続いている。

40分程経っても状況は変わらない。随所随所で水牛が目に入り物珍しさは感じたが、それ以外は代わり映えしない、何もない光景が延々と続いている。

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50分。あと10分ほとで中心部に到着。
流石に若干人工物は多くなってきた。屋外にパラソルを立てた地元民向けの食堂や、ちょっとした商店、裕福そうな地元民の住居らしき白塗りの住居など。だが首都中心部の構造物とはとても考えられない。もしかして本当にこのまま到着してしまうのだろうか。

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