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エリントン・クラリネットへの憧れ - クラリネットジャズ紹介11

11回目はDuke Ellington and His Orchestra with Adelaide Hall から1曲、Creole Love Callをとりあげる。

デューク・エリントンといえば、名編曲家・バンドリーダーであるのはもちろんのこと、幾多のスタンダードナンバーをのこした名作曲家でもあり、セッションを中心にジャズをやっていても行き当たることが多かった。しかし一方では、エリントンはビバップにはじまるモダンジャズの流れとは一線を画したような場所にいる印象もあり、そのせいで「エリントンはよくわからない」みたいなイメージを持ってしまってもいた。好きになるまでは「詳しくないので…」となんだかんだで耳から遠ざけてしまっていたような気がする。

エリントンを聴くようになったのは、学生のころ、エリントンの書いたクラリネットを吹く友達ができたことがきっかけだった。それまでジャンルを問わず生で見てきたいろいろなクラリネット奏者がいたけれど、そのどの人とも違うやり方で楽器をならす人だった。すごく冷静に音を出すけれど、出てきた音の意志がめちゃめちゃ強くて飲み込まれそうになる。情感豊か、とかいう表現とはまた違う感じの、空気がはっと鮮烈になるような、クラリネットらしさを迷いなく差し出すような音色に憧れた。このスタイルはどこから来たのだろうと興味を持ち、やっとのことでエリントンを聴いてみようかなというところまで連れてきてもらった。そうして足をちょっとだけ踏み入れたエリントンの世界は、クラリネットを見るだけでも大冒険だった。まだこんな音があった!と思った数々の曲のなかから、Creole Love Callについて書いてみる。

Creole Love Callのなかでもこのテイクは、Adelaide Hallがフィーチャーされている1927年のテイクだ。クラリネットのハーモニーとボーカルの掛け合いから始まる冒頭は一見木管楽器らしいふんわりした感じに聞こえる。しかし、普通に音を重ねただけではきっとこうはならないと思えるほどハーモニーに勢いと粘りがある。クラリネットのアンサンブルというと、どうしてもクラシカルで澄んだハーモニーを念頭に思い浮かべてしまうが、「そうではない」作り方をしてもこういう奥行きのある音楽を作れるのだ。

トランペットのソロが終わった後の中間部のクラリネットのソロは、しっくりくる形容詞を探すのが難しい音だ。ディキシーランドジャズのクラリネットみたいに高音が抜けてくるけど決して賑やかではない。クラシックのソロみたいに光のように美しくコントロールされている音だけれど、整えられているというよりかは剥き出しの状態でどこかひりひりしている。クレズマーみたいな烈しさもあるけれど、旋律はもっと嘘みたいに明るく、それでいて冷静だ。クラリネット1本のために整えられた舞台で、空気がはっと鮮やかになる迷いのない音が響く。

後半に出てくる高音のハーモニーで演奏されるテーマは、「こんなクラリネット(の使われ方)見たことない」の最たるものだ。やっていることは至ってシンプルで、いちばん高い音域で2人でテーマを吹いているだけである。しかし、クラリネットの高音域の持つ烈しさや攻撃性を脱色せずに、ここまで美しく伸びやかに、少し哀しく表現できるのかと驚かされる。クラリネットの高音は、いわゆるキンキンする”だけ”の音と紙一重であるようなひりひりする、叫ぶような強さのある音色に魅力があると思っている。そこを作曲家として100年近く前に見出して引き出したエリントンのアレンジの懐の深さと、それを見出させたエリントン楽団メンバーの素晴らしい音色に感謝せざるをえない。

クラリネットをはじめた頃は、高音は「出したら『痛い』と怒られる、なるべく避けて通りたいもの」だった。もちろん”『痛い』と怒られる”音の原因は自分の技術や表現の拙さにあったのだが、怒られないようにするには高音域の持つクラリネットらしさをまるごと隠そうとしないといけないように思い込んでしまい、苦手意識を持っていた。ジャズでソロをするようになると、クラリネットの高音はよく通るので「周囲の音の大きい楽器にマイクなしで対抗できる手段」になると気づき、避けないようになった。でも、そう思って出した音はやっぱり良くなくて、自信がないのに声高に捲し立てているような感じになってしまう。

これはなんだか違うなと思っていたところに、エリントンの書いたクラリネットを吹く友達ができたのだった。エリントンを通して、クラリネットらしさを隠さないでも美しくジャズができる、と教えてもらってから、むしろ『痛さ』のごく近くにも魅力があるのだ、と捉えられるようになった気がする。この鮮やかさと強さを見つけてしまって以来、エリントンの書いたクラリネットはずっと憧れだ。もはやエリントンに憧れているのか友達に憧れているのかははっきりしないが、音を出すかぎりはああいう風に強くありたいなと思う。

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