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楽しいおしゃべりがむずかしい - クラリネットジャズ紹介13

13回目はJoachim Kühn & Rolf KühnのLove Stories

Rolf Kühnは、1929年にドイツ・ケルンでうまれたジャズクラリネット奏者である。戦間期のドイツで育ったこと、ユダヤ系のバックグラウンドを持っていること、そして戦後は住んでいた地域がそのまま東ドイツになったこと、そして西ドイツへの移住など、彼の過ごしてきた時代と地域には、彼のミュージシャンとしての人生を大きく翻弄するような要素がたくさんある。その中で彼はドイツ・ひいてはヨーロッパのジャズクラリネットを牽引するような存在になっていく。彼のスタイルは、アメリカのディキシー・スウィング時代の軽快なクラリネットとも、その後のモダンジャズ全盛期のどこまでも走っていくようなエネルギッシュな感じとも一線を画している。彼の音と音楽は、暖かい感じと素っ気ない感じとが同居するような不思議なつくりをもっている。素っ気ない感じといってもけっして音楽的な無関心とかそういうものとは無縁で、なんか人間って結局は外からはわからないよなぁ、みたいなところがうかがえるような距離がする音色(?)からくるものだ。

DDR時代のリーダーアルバム:Solarius

Rolf Kühnは、弟でジャズピアニストでもあるJoachim Kühnと数多く共演している。東ドイツ時代から西ドイツ移住後、そして近年に至るまでさまざまなステージやアルバムで演奏している。Love Storiesは、そんなKühn兄弟が愛にまつわる美しいジャズスタンダードナンバーの胸を借りて、昔話のおしゃべりをしているかのような2003年の作品だ。

昔話は楽しい。それと同じような感覚で、知っている曲で合奏するのは、それだけでやっぱり何にも変え難い喜びになるものだと思う。しかしこのアルバムでは勝手知ったる曲をただ一緒に合わせるだけに終わらせず、挑戦的なフレーズや音選びが散りばめられている。お互いがコンテンポラリー・フリージャズ系の演奏を主戦場としているのもあり、聴きやすくて落ち着いたスタンダードナンバーの演奏、というよりはもう少し違う毛色の作品になっている。現代的でお洒落な愛にまつわるスタンダードナンバーのデュオ集、と言ってしまえばそんなような気もする。でも、このアルバムの楽しさは少しずれたところにありそうだ。

楽しいおしゃべりをするのはとてもむずかしいことだと思う。相手の話をわかったふうにしてみてしまったり、自分の話に夢中になってみてしまったり、よい相槌が出てこなかったりと、とにかく障壁が多い。今日のおしゃべりなんかやな感じにしちゃったなあ、とひとり反省会のネタも尽きないところである。でも、あれができないこれもできない、なんの話をするのが正解なのだろうと思い悩むのもまた、おしゃべりの本質からずれていってしまっているような気がしてよくない。そんなときにこのアルバムの楽しさがひしひしと効いてくる。

このデュオを昔話のおしゃべりに見立てると、おたがいに話しながらも、自分たちの話がどうなっているかを引いて見ていて、ふたりでちょっとずつ転がしたり、脇道にそれさせたり、戻したりして遊んでいる。お話のきっかけは慣れ親しんだものであるけれど、他でもないその相手としかできないコミュニケーションを楽しんでいるのだ。こういうおしゃべりをしていたい、と思わせるような主張や気遣いの小さいピースが組み合わさって、他のアルバムには出せないような空気が流れている。

Like Someone in LoveやIn Your Own Sweet Wayのクラリネット駆動でのリズムに単音で絡ませるピアノ、MistyやThe Man I Loveみたいにピアノが音を降らせる中にぶつかりを楽しむようなクラリネット、と、二人で話すのにもいろいろな話し方がある。共通するのは、けっして予定調和の音だけが存在しているわけではないのにも関わらず、お互いがそのときどきに発した音を肯定するような空気が流れていることだ。一人が喋っている間に聞くに徹するわけでもなく、でも自分が自分がという喋りで音を当てていくわけでもない。相手の存在を前提として音を出すか出さないかを選んで、出した音がぶつかってもあわてないでそれを重ねて一緒に聴いてみる。ちょっと前に出てもちょっと遅れても、その状態を面白がったうえで最終的には寄り添える。言葉にしてみると難しいけれど実際やろうとするともっと難しい。でも、できてしまう時は自然にできてしまうようなものなのだろう。だからこそこんなコミュニケーションにあこがれて、このアルバムを好きになってしまうのだろうと思う。

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