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コーヒーで愉しむまどろみ映画

夢をみた。今ならNetflixにありそうな、それなりに名のある監督がつくった、実験的な映画のような夢だ。

ことの発端は昼寝をしたせいだった。昼寝の前に、起きたら飲むべくドリップコーヒーを淹れ、そのままにしてふて寝をし、仕方なく残ったコーヒーを夜に飲んだのがわるかった。いや、わるい体験ではなかったから、よかったのか。夢の中の映画はこんな感じだった。


いつものように歌舞伎町にいる。タトゥーが入った仲間や、ピアスの開いた仲間、金髪の仲間たちと一緒に、裏路地で人生を謳歌している。酒と一緒に現実を飲み込んで、それを吐き出したり燻らせたりしながら、有り余る暇をつぶす。過ごしているのはなんてことのない日常で、楽しくもあり、退屈でもあった。

けれど日常はすぐに壊された。たまにしか会えない友達が来ていたのだ。仲間たちは緊張感のある空気になり、道を譲る音が後ろから聞こえた。Sだった。髪の長い姿を久しぶりに見た。後ろから現れて、もう目の前を通り過ぎていこうとしている。留置所に行ったとの噂もあって心配していたというのに。一言も交わさずに目配せをし、彼の伏せた目で急に酔いが覚めた。合図だ、と思った。

手招きをするみたいに、むしろ置いていこうとするかのように、Sは路地の奥へ奥へと入っていく。音楽が流れている。ドスの効いたヒップホップだ。たいていこういう場で流れる日本語ヒップホップはチープだが、グルーヴがしっかりしていてノリが良い。低音が臓物によく響く。Sの足取りはフラフラとしていて、右へ左へと誰もいない道に寄りかかる。

進んだ路地には検閲をしているような人だかりがある。歌舞伎町にこのような場所があったのか、と驚いた。何人かが座り込んでいて、Sが身分証を提示するやいなや、すぐに全員の目がこちらを向く。座っている華奢な一人が顎を出し、床に置いてあるパスポートの表紙を指差して指示した。身分証を出せと言うのだろう。顔写真付きであるほうがいいような気がして、ポケットに入っていた学生証を、パスケースから引き抜いて出す。誤って洗濯したせいで顔写真のほとんどは見えないが、これで大丈夫だろうか。

訝しげに学生証を眺めてから、指示をした華奢な一人が、黙って学生証を返してくれた。他の仲間が、目をくれながらこそこそ耳打ちをしている。一万円ぐらい取れそうだな、と言っていた。

Sは背の低いビールケースから、"シャブコーラ"と書かれた缶を取り出していた。あのシャブコーラだ。80年代の喫茶店にありそうなロゴのデザインで、ふつうの缶の上に、栓のような黒いプラスチックの塊が載せてある。だれもがいちどは見たことがあるキャッチーな見た目だ。あざやかな桃色が全面にあしらわれてはいるが、赤黒い液体が飲み口の溝に漏れ出ていて、きれいとは言いがたい。Sはそれを気にもとめずに開けた。カシュ、といい音がし、ごくごくと喉を鳴らした。

同じビールケースの中にしまわれたシャブコーラを華奢な一人に勧められる。やはり他の缶も赤黒い中身が漏れ出ていて、どうしても気になってしまう。しかしシャブコーラを飲む機会はもう二度とないだろう。決心して手に取って、Sと同じように開けた。

しかし、缶が手からこぼれおちた。酒で酔っていたせいか、ちゃんとつかんでいることがままならなかった。開いたままの缶から、赤黒い中身がばあっと溢れ出し、排水溝へ流れ込んだ。心底焦ったが、責められるような雰囲気ではなく、どちらかといえば同情や、不憫に思われているようだった。

なんて優しい人たちなのだろうと思ったが、同情の理由はすぐに分かった。軽くなった缶の中身を見てみると、白い粉が液体に漬け込まれて、黄色くなっていた。"シャブコーラ"とは、コーラに漬け込まれたシャブのことだったのだ。そのまま飲んだら苦いと分かっていながら、こぼしてしまった申し訳なさもあり、Sと同じくごくごくと飲む。

飲むうちに粉も口の中に流れ込んできて、じゃりじゃりした食感に顔をしかめる。しかし思っていたよりは苦くなく、同情されるほどではないなと思った。たぶん、誰もそのまま口にしたことがないのだろう。

すぐに視界が広くなった。広くなりすぎて、人の顔が魚のように見えた。世界のほとんどはボヤけて見え、かけている眼鏡だけがよくできた作り物のように鮮明に感じられる。Sのほうを見ると、シャブが初めてであることを知っていてなお、ケタケタと笑いかけてきた。Sはこれを教えるためにここまで連れてきたらしかった。

つられて笑う。身体が軽い。酒の気だるさが嘘みたいだった。魚顔の一人に顔を掴まれて、見開いているであろう目を隅々まで見られる。なんでもない街灯がまぶしい。魚顔の一人に注意された。いま捕まると確実にバレるらしい。そんなに簡単には捕まらないだろう、こんなに楽しいのだから、と思った。

サイレンの音が聞こえた。歌舞伎町では日常茶飯事のことだ。しかもそう遠くない。なにか別の事件があったのかもしれない。普段では気にしないが、いま手元にはシャブコーラがあった。やばい、と直感が訴えた。いとも簡単に空気は伝播して、検閲はすぐに解かれた。シャブコーラの缶とビールケースは蹴散らされ、からりと音を立てる。真っ先に動き出したSに、すがるようについていく。路地を抜け、大通りに出ると、Sは素早くまた別の路地へと入っていくように見えた。影を追うようについて行こうとするが、道は分かれていて、どこへ入ったのか分からない。仕方なく二階へ続く階段へ上がると、店の中の人が出てきた。咄嗟に嘘を吐こうと思った。

「あの。ここへ髪の長い男は来てませんか? 待ち合わせしているんです」

「いや……もう店は閉まってるよ。あんた大丈夫か?」

ここで目が覚めた。

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