めいのぼやき36 Klasinc theme

バーチャル詰将棋作家の駒井めいです。
今回は「Klasinc theme」と呼ばれるチェス・プロブレムのテーマを取り上げたいと思います。

1.「Klasinc theme」とは?

「Klasinc」とは Marko Klasinc というチェス・プロブレム作家の名前に由来しています。
どういうテーマなのか早速見てみましょう。
The Definitive Book; Encyclopedia Of Chess Problems: Themes And Terms”(p.243)という本では下記のように説明されています。

KLASINC THEME
Switchback of the piece which previously opened the gate for a friendly or adversary line-mover.

「Switchback」も専門用語なので説明を引用しておきます。

SWITCHBACK
A piece leaves a square, and then later in the solution returns to it by the same route (for example, a Rook moves e3-e5-e3). 

2.「Klasinc theme」の作例

作品を用いて解説していきます。

Charles Masson Fox
The Chess Amateur 1922, 1st Prize

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Helpmate in 3

上図は「ヘルプメイト(Helpmate)」というルールの3手詰です。
「Helpmate in 3」は「H#3」のように省略して表されることが多いです。
最終的な目標は黒のキング(King)を詰ますことです。
通常のルール(Orthodox)では黒は詰まされないように抵抗するような手を指します。
一方、ヘルプメイトでは黒は自分が詰まされるような手を指します。
「白と黒が双方協力して黒のキングを詰ます」というわけです。
詰将棋でいう「協力詰」に限りなく近いルールです。

しかし、ヘルプメイトでは黒から指し始める点に注意してください。
チェスの対局では白が先手なので間違いやすいところです。
つまり、3手のヘルプメイトなら手順は

1手目 黒の手、白の手
2手目 黒の手、白の手
3手目 黒の手、白の手(詰み)

という流れになります。
黒と白が両方指して「1手」とカウントします。
また、詰将棋と違って白(攻方)に王手義務はありません。

では、作品の解説に移っていきます。

Charles Masson Fox
The Chess Amateur 1922, 1st Prize(再掲図)

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Helpmate in 3

Solution;
1. Be5 Kd5
2. Qb1 Ke6
3. Bb2 Kxf5#

1. Be5

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黒の初手は 1.Be5 というb2の地点にいる黒のビショップ(Bishop)をe5の地点に移動させる手です。
この手を指した目的は後に判明します。

1... Kd5

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続く白の初手は 1...Kd5 というc4の地点にいる白のキング(King)をd5の地点に移動させる手です。
先程黒が 1.Be5 と指したおかげで、f5にいるルーク(Rook)の利きが遮られているために可能になった手です。
これが無ければd5にキングを移動させたときに王手(チェック, Check)がかかってしまいます。

2. Qb1

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黒の2手目は 2.Qb1 というb6の地点にいる黒のクイーン(Queen)をb1の地点に移動させる手です。
1手目で黒がビショップを移動させたのは、f5にいるルークの利きを遮るためだけでなく、クイーンをb6からb1に移動させるためでもあったわけです。

2... Ke6

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白の2手目は 2...Ke6 というd5の地点にいる白のキングをe6の地点に移動させる手です。
白のキングがd5にいたときは一時的にf5にいるルークに間接的に睨まれている状態でしたが、e6へ移動することでその心配は解消されました。

3. Bb2

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黒の3手目は 3.Bb2 というe5の地点にいる黒のビショップをb2の地点に移動させる手です。
つまり、このビショップは元の位置に戻ったということです。
よく分からないという方は初形と見比べてみてください。

3... Kxf5

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白の3手目は 3...Kxf5 というe5の地点にいる白のキングをf5の地点に移動させる手です。
これで黒のキングは詰んでいます。
白のキングが移動したことで、g8にいる白のビショップで王手がかかっているのです。
チェスには持ち駒は無いですし、黒には盤上から駒を移動させて合駒する手段もありません。
黒のキングがa3へ逃げようと思っても、今度はf8にいる白のビショップが利いています。

Charles Masson Fox
The Chess Amateur 1922, 1st Prize(再掲図)

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Helpmate in 3

Solution;
1. Be5 Kd5
2. Qb1 Ke6
3. Bb2 Kxf5#

さて、何が起こったのか整理してみましょう。

(1) ビショップを移動させてクイーンが通る道を予め開けておく(1.Be5)。
(2) 開いた道をクイーンが通過する(2.Qb1)。
(3) 通過したらビショップを元の位置に戻す(3.Bb2)。

このような手順のことを Klasinc theme といいます。
理解を深めたい方のために説明文を再掲します。

KLASINC THEME
Switchback of the piece which previously opened the gate for a friendly or adversary line-mover.

これを読めば分かりますが、開いた道を通過するのは敵の駒でも味方の駒でもどちらでもよいです。

Klasinc theme の別の作例を見たい方は、下記のリンクをご覧ください。

3.詰将棋での表現

Klasinc theme を詰将棋でも表現できないか考えていきます。
攻方の駒を退かして攻方の駒を通過させるパターンは、例えば下記のように表現できるでしょう。

5手詰

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作意手順
33角成、13玉、14飛、同玉、24馬 迄5手。

詰将棋に詳しい方なら気付いたかもしれませんが、詰将棋においても既に存在している筋なのです。
ただ、この筋に名前は付いていませんし、テーマとしても認識されていません。

攻方の駒を退かして受方の駒を通過させるパターンも考えていきます。

5手詰

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作意手順
42角成、22玉、24龍、23飛、33馬 迄5手。

先程のパターンと比べると比較的珍しい筋になったでしょうか。

詰将棋においてもこれらを「Klasinc theme」と呼ぶかどうかは別にして、テーマとして認識し考えてみるのは面白いのではないかと思います。