ゲームでも迷子になる話

わたしはゲームが好きだ。RPGや初期のバイオハザードのような謎解きホラーゲーム、探偵や推理もの。サウンドノベル、たまにぼくのなつやすみや牧場物語みたいなものもする。でもクリア出来たものはそんなに多くない。途中でやめてしまったもののほうが多い。それには、やむを得ない事情がある。

RPGなどは特に主人公に「戦わなければならない理由」があることが、ゲームを選ぶうえでとても大事だ。わたしはそう強く思う。ストーリーらしいストーリはなく、ただやみくもに戦うようなものには一切興味がない。「わたしはなんのために戦うのか」それをしっかり心に刻みながら悪と対峙していきたい。ただ、それに反してわたしはどうにも物覚えが悪く、しかも方向音痴なのだった。当然、さっき村人がなにを言っていたのか忘れる。もう一度聞きに戻ろうとする最中にどこの村で聞いた話だったか忘れる。村を覚えていても村の中のどの人だったか忘れる。賢者にどこへ向かえと言われたのか忘れる。敵がどこで待ってるぞって言ってたか忘れる。そもそもなんで戦ってたんだっけ。忘れる。毎回、重要なシーンで泣きそうになるほど没頭してやっているのに。

建物や洞窟の入り口を見つけて中に入って少し進むと、あれ待って、わたしどっちから来たんだっけ。忘れる。不安を覚えながらもウロウロし、そこにいる強い敵を退治し(敵はわりとすぐ倒せたりする)次へ向かおうとするが向かえない。なぜならわたしは来た道を忘れたままのわたしで戦闘していたのだから。なんなら戦闘中も「ちゃんと帰れるかな」そんなことをぼんやり考えて戦っていた。そうこうしているうちにセーブポイントに戻れず、回復アイテムもないままその辺りの強くもない敵に少しずつHPを削られ、死んだりする。いつだってそうだ。あらかじめ用意された敵よりも多く、わたしのゲームには敵がいる。

最近はネットで攻略サイトを見ることを覚えた。丁寧に地図がのっている。でもわたしは地図がそもそも読めない。というか、そもそもとして基本的にわたしはいまどこに自分がいるのかが分かっていない。それでもまだ地形に対してだけの分からなさであれば、いつかはどうにか次へ進める。
いちばん困っているのは、わたしのつまずくようなことは誰もつまずいていないことであることが多く、だから攻略サイトに載っていないということだ。

そこに誰もが見えているただの道がわたしには見えてなかったり、方向転換をしたらどの向きから方向転換したのかが分からなくなる。そういうレベルのつまずきなのだ。サイトに載っているのはわたしが立ち止まっている部分の前かそれより後のことばかりで、求めている答えはそこにはない。それではと今度は検索エンジンにいくつかの単語を並べて入力し、なんとか手がかりを探そうとする。

「〇〇(ゲーム名)」「〇〇(近くにあるものの名前や景色)」「どこ」「なにをする」
ヒットしない。するはずもない。


以前、友人と一緒にバイオハザードをした。3歩ほど歩いては地図を開くわたしに 「どんだけ地図見るんな、道まっすぐじゃろが」と友人は言った。
恐る恐るドアを開けようとするわたしに「さっきそこから出てきたんじゃろが」と友人は言った。


その点でサウンドノベルは良い。基本的にまっすぐ物語は進んでいき、わたしはそれを読む。ところどころで分岐点が現れるから、選択していき、そこからその次の展開が分かれて、また話が進んでいくだけだ。何周もしながらいくつかのエンディングを回収していく。こういった「かまいたちの夜」などに代表されるマルチエンディングものが大好きだ。でもここでもわたしは発揮してしまう。さっき選んでもう回収したルートに何度も間違えて入ってしまう。さっき悩んだ末にどれを選んだかもう忘れてしまっている。どれもさっき選んだ気がするし、どれもさっきは選ばなかった気もする。そうしてわたしは同じルートを延々とループし続ける。


しかしこんなわたしにも出来るゲームがある。牧場物語だ。牧場物語は、ただひたすら雑草を抜き、不要な岩や切り株を取り除き、畑を耕し、タネをまき、水やりをして、収穫し、出荷する。動物を育て、牛やニワトリから牛乳やたまごを取り、出荷する。そうして日々を生活していけばいい。見渡せるほどの狭い牧場だ。これは出来る。というか迷う要素がなく、詰まる要素がない。そのはずだった。わたしが初代ゲームボーイでしていた頃の牧場物語は。

新しい牧場物語をやってみた。新しい牧場物語では体力、活力、満腹度のゲージが追加されていた。初代の牧場物語にはなかった概念だ。初代のわたしは永遠に飢えや過労を知らず来る日も来る日も田畑を耕し、動物の世話をしていた。そう考えると今回のわたしは随分人間らしかった。お腹が空くと体力がなくなってしまうので、時々自分で収穫したものをそのまま食べたり(そんなに回復しない)収穫したものを使って料理をしたり(こっちの食事方法のほうが回復ゲージが高い)しながら、自身の体力を保ちつつ牧場を経営しなくてはいけなくなっていた。また、牧場の外には街があり、住人がいて、自分の牧場外にも出ていけるようになっていた。わたしは新しい牧場での生活に大いに期待を膨らませた。

その牧場での生活を始めて2日目の朝のことを、覚えている。

慣れない土地に越してきた日、わたしはひとまず牧場の中を見て回った。それだけで体力をずいぶんと奪われた。まだ体力がそれほどついてなく、疲れやすい。ここに来たばかりなのだから当然、収穫したものはなにもなく、冷蔵庫の中は空っぽだ。その日はすぐに体力も活力も失い、そのまま何も食べずに寝た。悪夢を見た。どうやら活力を失うと悪夢を見てしまうらしい。昨日からなにも食べていないわたしは空腹のまま、体力を失ったままベッドで目覚めた。繰り返すが、まだ耕していないほとんどなにもない牧場には食べれるものなどなかった。家畜からすぐたまごや牛乳が獲れるわけではない。そうしてわたしは重い身体を引きずりながらでも、とにかく街の方へ食料を買いに行かなくてはと思った。走ることはおろか歩くのもままならない状態で、さっきから何度もめまいがしている。それでも必死に道中に生えている草を食べながら歩いた。だが、草ではそれほど回復はしない。みるみる体力は奪われていく。それでも街を目指した。街にいけばレストランもあった。食材を売っているところもあったはずだ。街にいけば…


そうしてわたしはこの瀕死の状況でもやはり道に迷った。街がどこにあるのか分からない。なにもないいっぽん道を亡霊のように彷徨い、そしてついに体力が果て道端に倒れた。そこはわたしの牧場からほんの少しばかり離れただけの道だった。もう少し早く引き返していればまだ間に合ったのかもしれない。でもきっとそれも叶わない戯言だ。なぜならわたしは、ここからかなり近いのは確かだが「ここよりすこし小高いところにある柵に囲まれたわたしの牧場」へどうやったら戻れるのかわからなかった。

牧場を経営するぞとはりきっていたあの日、確かにわたしは輝いていた。そしてその翌日、志半ばで空腹のままわたしは絶えた。畑はまだなにも耕していない。飼い始めたばかりの家畜はどうやって生きていくのだろうか。薄れる意識のなか、わたしは思った。……スローライフなめてました……それ以来、わたしは牧場を経営することに恐れをなした。主をなくした牧場はきっといまや荒れ地と変わり果てていることだろう。


わたしはほんとうにゲームが好きである。
どうか信じてほしい。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?