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『施設に入らず「自宅」を終の住処にする方法』を読んで

 40代の今から老後のことを考えている心配性の私。今週読んだ本、田中聡 (著)『施設に入らず「自宅」を終の住処にする方法』が心に残った。

一級建築士でありながら、自身で設計した介護施設の施設長も務めた著者は、人間がその人らしい最期を迎えることができるのは、自宅しかないと考える。
要介護となっても、穏やかで上質な時間を過ごし、尊厳ある最期を迎えることのできる終の住処のつくり方を説く。
(中略)介護施設長だった経験から、よい介護施設、悪い介護施設の見分け方についても施設運営の裏事情とともに明かし、理想的な「最期の居場所」を考察する。
上記amazonサイト 出版社からのコメント欄から引用

 介護施設を運営し、老いと死に多数向き合い、介護者の実情も深く知る著者ならではの説得力のある本だった。

 病状や親族関係など様々な事情があり、実現が難しい場合があることを承知の上であえて言うならと前置きしたうえで、最期の居場所は病院や介護施設ではなく、自宅こそがふさわしいと著者は言う。 

 病院や介護施設では、共同生活を行うためのルールがあり、物理的・心理的な行動制限がかかることで、老いのスピードとストレスが増す。自宅であれば、自分の望み通りの暮らしができ、自分らしい最期を迎えられる(p20-21)。

 厚労省データによると、2017年の死亡者134万人のうち、最期の居場所は病院75%、自宅13%、老人ホーム7.5%である(p28)。自宅で自然な最期を迎える状況であれば、家族も医療に過度な期待をせず「仕方ないね」と待つという時間の流れになるが(p38)、現代の医学では、死の間際まで治療を行うことが原則となっている(p37)。

 自宅で死ぬには、家族の協力・知人の手助け、公的サービスがないと難しく、高齢者自身が迷惑をかけたくないと思えば思うほど、そのハードルは高くなる(p27)。また、本人や家族が、自宅で最期を迎えることを強く希望し、「信念」と「覚悟」も必要であるという(p30)。

 自宅で介護する際の重要なポイントとして筆者が挙げるものが、非常に現実に即したものだと私は感じた。

・介護のために家族が仕事を辞めることは絶対に避ける。仕事を続けながらできる範囲での介護を行う。足りない部分は介護保険サービスを受ける。
・介護のための同居は避ける。
・介護生活において100点満点を目指してはいけない。介護する側もされる側も、ほどよい距離感を保ちながら60点くらいを目標とし、実際は30点くらいでもお互いに我慢ができれば成功。30点とは、最低限のレールを敷いたうえで、本当のSOSはすぐに感知できる程度に距離をおく。
(p77-78)

 老親が家で終末期を過ごすことで、子どもの介護負担は増すが、上記のルールを守って施設入所させず、仕事を辞めずに介護サービスを利用していけば、子ども世代の経済的メリットも大きいという。

 工夫して在宅介護を続けていても、家族が老親をどうしても介護施設に入れさせたいと考えがちなタイミングがあり、衛生面と他害行為の許容範囲を超えた時、目安としては要介護3~4の時期だという。不潔行為・排泄失敗、近隣住民への迷惑行為などが、家族の限界を超え、介護施設入居を急ぎたくなるが、一時的な症状の場合もあるので、ケアマネに相談して在宅生活をすぐに諦めない方がよいとのこと(p102)。

 最期まで自宅で暮らせるリノベーションについても、予算状況に合わせた具体的な提案が出ていて、興味深かった(p132以降、第4章)。

 私個人は、認知症になった後に自宅で暮らしていくことの大変さを、どうしても想像してしまう。以前読んだ、上野千鶴子さんの『在宅ひとり死のススメ』でも、一人暮らしの高齢者の「在宅の限界」の判断について論じられていた

 認知症の症状が重くなった後の暮らし方について、建築・介護の両分野のエキスパートである田中さんの見方をぜひ伺ってみたい。本書の続編を期待しながら、私も自分なりに考えていこうと思う。

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