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#映画感想文328『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』(2023)

映画『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ(原題:The Holdovers)』(2023)を映画館で観てきた。

監督はアレクサンダー・ペイン、出演はポール・ジアマッティ、ダバイン・ジョイ・ランドルフ、ドミニク・セッサ。

2023年製作、133分、アメリカ映画。

物語の舞台は、1970年代のボストン郊外の名門バートン校。男子のみの全寮制の寄宿学校で、比較的豊かな教育熱心な親が通わせる高校である。

歴史教師のポールは、気難しくてみんなの嫌われ者。クリスマス休暇中に、帰省できない学生の監督係をほかの教師たちから押しつけられる。

学生のアンガスは、クリスマスバカンスを楽しむ気満々だったが、直前になって、電話がかかってくる。母親から学校に残ってほしいと頼まれる。理由は半年前に再婚した新しい夫と新婚旅行に行きたいからで、アンガスは到底納得できない。

寄宿学校の料理長であるメアリーは、ベトナム戦争で息子を亡くしたばかりで失意のどん底にいる。

そんな三人が長いクリスマス休暇を過ごすことになる。本作は、痛みを抱えた人間たちが、図らずも、支え合うことになる、といったストーリーである。ポールが言う通り、生きることは痛みに満ち満ちている。しかし、それを忘れさせてくれる瞬間も、時々、訪れる。

ポールの痛みは先天的な体質の問題、親との不和、学問を愛して、せっかくハーバードに進んだのにアカデミックな成功を収められなかったこと。劣等感や恐怖で、時に他人を攻撃してしまったり、誰とも打ち解けることができなかったりする。

アンガスの痛みは、母親から捨てられたこと、父親の病気などで、彼の心もささくれだっている。

メアリーはベトナム戦争で息子を亡くし、息子が生まれる前に夫を亡くしている。それは彼女が黒人であることと無関係ではない。米国の黒人の平均寿命は白人よりずっと短い。それは彼らが置かれている社会環境の劣悪さに起因していることは誰もが知っている。

三人は孤独だが、孤独な人間たちも、愛情や感情は持ち合わせている。彼らはそれらの一部を他者に分け与える。

監督のインタビューが本作を端的に示しているように思われた。

人生のすべてはキャスティングだと思っています。友人もキャスティング、仕事もキャスティング。でも、家族は神であるプロデューサーが雇えと言われて押し付けられる人の集合体です(笑)。だから、家族よりも友人のほうが自分の気持ちが近いと感じる人も多いんじゃないかと思います。そして、普遍的な愛とは家族の間にのみあるわけではありません。

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ラストで、歴史教師のポールは、自分自身を犠牲にして、大人として若者であるアンガスを救うことを選択する。彼は利他的に、そしてありたい自分であることを優先する。それは「この世は信頼するに足る場所である」とアンガスを諭すような行為でもあった。ポール自身が救われているとは思えないのだが、それでも希望を残すほうを選んだ。彼は間違いなく成熟した大人である。

アルコール中毒っぽい彼がウィスキーを口に含んで吐き捨てたことは、彼自身の決意を表していたとも言える。

コメディシーンとシリアスシーンの塩梅が絶妙で、映画館内は笑いに包まれ、終盤はあちこちからすすり泣く声が聞こえてきた。ウェルメイドを超えた傑作であることは間違いないと思う。家族の物語、男女の性愛をモチーフにした作品に食傷気味の人にぜひ見てほしい作品でもある。


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