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#映画感想文『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』(2019)

何やら評判が良かったので、オリヴィア・ワイルド監督の『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』を映画館で観てきた。

とにかく楽しい映画だった。映像自体は、どこか雑で安っぽい。でも、こちらのステレオタイプのアメリカの高校のリアリティがある。青春にはこれぐらいがちょうどいい。A24の『WAVES』は美し過ぎる。

お互いを知り尽くしているような、あるときは監視しあうような、あるときは励ましあうような友情のさまざまな側面が描かれる。友情が破綻せずに続くこと、18年以上生きている人なら、それがどれほど難しいことかわかっていると思う。

多くの他人は、不幸を一緒に嘆いてはくれるが、成功を一緒に喜んではくれない。これが夫婦になるための最低条件だと言われるのも納得である。運命共同体であれば、パートナーの成功は自分の利益になるわけで、当然喜べる。しかし、現実のカップルは、そう簡単ではない。どんどん出世していったり、ガンガン稼ぐ彼女の姿を鷹揚に喜べる彼氏はそれほど多くないだろう。そこには社会的通念上の性別役割分業の固定観念も絡んでくる。誰かと一緒にいることは、実は、本当に難しいことなのだと思う。

モーリーとエイミーは毎日一緒にいても飽きないぐらいの親友で、二人とも、ダサくはないが、かといってイケているわけでもない。モーリーはイエール大学に、エイミーはコロンビア大学に合格もしている。

モーリーの部屋には、ミシェル・オバマと、2020年9月18日に急逝したルース・ベイダー・ギンズバーグの写真が飾られている。

この二枚の写真を見れば、彼女がキャリアを志向する、フェミニストであることがわかる。瞑想をしながら、自己啓発も欠かさない。しかし、映画冒頭で、ガリ勉をしてきた彼女に厳しい現実が突き付けられる。社会の底辺に落ちこぼれるだろうと思っていた同級生たちが、イエール、スタンフォードに合格していたり、Googleにスカウトされていたことが判明する。みんな勉強しながら、学校生活やそれ以外のことも適当に要領よく楽しんでいたのである。そのことに彼女は驚愕する。涼しい顔をしながらも内心焦り、行く予定のなかった卒業式の前夜パーティーに行こう、とエイミーを誘う。

そこから、彼女たちの一夜の冒険が始まる。お目当ては、イケている男子のニックのパーティーなのだが、人づきあいをないがしろにしていたせいで、彼女たちは会場の住所がわからない。まず、友達のいない金持ちのパーティー、次に、演劇オタクのパーティー、最後に、やっとイケているグループのパーティーにたどり着く。物語の構造としては、RPG的で単純である。途中、インスタやfacebookにイケてるパーティーの動画が忙しなくアップされるのだが、なかなか住所がわからない、というところが、非常に現代的である。

配車サービス(Lyft)を利用したら校長先生が来ちゃうのも、生きていくのって大変よね、という感じである。今の私は、この描写を全然笑えない。そして、この校長先生を演じているジェイソン・サダイキスには見覚えがあった。調べてみたら、テレビドラマの『30Rock』のシーズン1で、主人公のリズ・レモン(ティナ・フェイ)の彼氏役をやっていた人だった。よくよく調べたら、ワイルド監督の旦那らしい。なんだ、バーター出演か(笑)(『30Rock』の良さを讃える記事もいずれ書きたい)

英辞郎によれば、booksmartとは「学識はあるが常識がない人」という意味の形容詞だそうだ。対義語には、streetsmartとある。

モーリーとエイミーは、頭でかっちではあるが、決してつまらない女の子たちではない。モーリーは最年少で最高裁判事に指名される、という野望まで持っている。高校時代は学業において努力をしなければならないと腹を括っただけなのだ。その選択をして遂行することは、決して容易なことではない。人の意志はそれほど強くないし、世の中には誘惑も多い。

イケているパーティーに無事たどり着いた二人だが、そこで楽しいだけのパーティーとして終わるわけがなく、二人は大喧嘩をする。その様子は二台のカメラ(スマートフォン)で撮られており、そこもまた現代的である。

喧嘩したのは、親友を守るためであり、双方に悲しみや怒りが渦巻く。しかし、喧嘩をしてでも守りたいという友情は、ひたすら美しい。

ワイルド監督のインタビューもおすすめである。彼女のチャーミングさがよく出ている箇所を引用する。

──この映画を監督したことを通じて学んだことはありますか?
監督:自分がいいリーダーになれるんだと気づけたこと。女性って、リーダーシップを発揮することを恐れがちだと思うんです。周りに多くを期待すれば厳しい人だと言われたり、意地悪と陰口を叩かれたりしてしまうから。そういう不当なジャッジをされてきた歴史が、女性がリーダーシップを発揮することを阻んでいたんじゃないかと。でもいざやってみると、私は上司向きというか、思いやりを持ってリードすることを楽しめるタイプだなって。本質的に、リーダー気質なんだと思います(笑)。

https://ginzamag.com/interview/booksmart/

こういう風に、自分の仕事や成果をポジティブに捉えられることは、すごく大事なことだと思う。女性がボスになると「bossy(偉そうな奴)」と揶揄されると、あのビヨンセ様も嘆いていたではないか。「私はbossyじゃなくて、Bossなんだから」と。

そして、ワイルド監督は、女性映画監督の活躍にも言及している。

監督:今映画業界では女性監督による作品が続々と生み出されていて、去年はルル・ワン、グレタ・ガーウィグ、アルマ・ハレルといった、この業界の知恵が集結したんじゃないかっていうくらい素晴らしい監督女性らたちのグループに参加できたことに興奮しましたし、業界の変化の兆しを感じました。

https://ginzamag.com/interview/booksmart/

女性監督が活躍することが素晴らしいのではなくて、結局のところ、さまざまな人が活躍できる社会が望ましいのだ。創作することと、性志向は関係がない。もちろん、創作物に性志向が影響を与えることはある。しかし、私たちは四六時中セックスについて考えているわけではない。仕事のことや食事のことや社会のこと、人間関係、人類共通の悩みのほうがよほど多い。だらしない同僚に苛立ったり、勉強しない子どもを叱ってしまったり、といったことに悩んでいる人のほうが多いのではなかろうか。もちろん、それらの悩みが性差に起因することが多いことも否定はできないが、それらを描くにしても、さまざまな観点があったほうがいいに決まっている。

モーリーは、卒業式のスピーチでは「白人ストレートの男性の時代は終わり」という原稿を読む予定だったが、そこは諸々の事情があって代読してもらう。卒業式に遅刻してきた彼女は即興のスピーチを行う。級友たちを十把一絡げに扱っていたことを告白し、謝る。級友たちも彼女に拍手を送る。

年齢や性別、人種、国籍で縛るのではなく、もういろいろな人の出入りが激しい社会でいいのだと思う。めちゃくちゃ働いたり、急に休んだりしてもいいし、サボっている人でも生きてはいけるから、有能な人の足を引っ張らない、とか、社会に余裕があれば、多様性も生まれてくるはずなのだ。テクノロジーが進化しても、私たちの暮らしが全然楽にならないのは、なぜなのだろう。

というわけで、ワイルド監督も言及しているルル・ワン監督の『フェアウェル』も観に行ったほうがいいのか、と今悩んでいる。公式サイトを見たら、スタジオがA24だった。だったら、観ないとなー。名前からすれば、中国系移民の監督であろう、と推察される。やはり、多様性という意味では、アメリカはピカイチなのだ。だから、どんなに排他的な大統領になっても、信頼は失われない。

ジョナ・ヒル監督の映画『mid90s ミッドナインティーズ』も、スタジオがA24だと最近気が付き、観に行かなければと思っている。私の中では、A24と書いてあったら、もう保証書が付いているような感じである。

最後に『ブックスマート』の登場人物たちの顔を見ると、なぜだか、自分の知り合いの顔を思い出してしまった。面影が似ている人が何人もいた。出不精だけれど、いろんな人に会って、そこそこ生きてきたのだなあ、という意味でも感慨深い映画だった。


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