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私が見た南国の星 第6集「最後の灯火」②」

社長と河本氏がやって来る

 国内線の出迎えは、いつも人混みのため息苦しさを感じる。特に旅行客の多い所なので、旅行会社の旗を持った社員やホテルの出迎え係などが多くて、この日も大声が館内に響き渡っていた。社長と河本氏の飛行機は、予定通り広州を出発されたと聞いた。張氏は北京から来られるので、出迎えの時間調整が出来ず、お一人でホテルまで来られる事になった。社長たちを乗せた飛行機の到着を確認した私たちは、慌てて人ごみの中へ紛れ込み、到着客の顔を一人ずつ眺めながら社長と河本氏の姿を捜していた。
「あぁ!社長ですよ、河本さんの顔も見えます」
馮さんの大声で、びっくりした私は彼女の指差す方向へと視線をやった。「そうね、お元気そうで良かった」
と言ったが、馮さんには聞こえないほどの人ごみだった。荷物を受け取られた後、出口の方向へと歩いて来られる姿が目に入った。
「やぁ~、ご苦労様!阿浪、元気でしたか」
社長に声を掛けられた阿浪も緊張感が解けて嬉しそうだった。三亜空港を出て、七仙嶺にあるホテルへ向かう車中で、河本氏は日頃の疲れと長旅のためか眠っておられた。でも、相変わらず社長は本当にお元気で、話をしながら約1時間半、保亭県の町並みが見えて社長もホッとされていた。
「何だか、キラキラと町もハデになってきたね、僕は昔の保亭県の町並みが好きだけれど変わってしまいましたね」
そんな社長の言葉に、少し寂しさが感じられた。町からホテルまでは、静かな道だったが、到着するまでは油断が出来なかった。阿浪はスピードも押さえて走っていたが、途中で酒に酔ったバイクが前方に見えた。気がついた私は、
「阿浪、バイクに気をつけて!三人乗りをしているし、フラフラ走っているので危ないからね」
少し、声が大きかったのか居眠りをされていた河本氏が驚いた顔をされていた。
「こんな田舎で深夜の時間でも、まだバイクが走っているんだね」社長も、オートバイの三人を眺めながら不思議顔だった。温泉地区に入ってから、農場が経営しているホテルの灯りが見え始めた時だった。
「あぁ~、やっと着いたね。ご苦労様でした」
先ほどまでは、多少の緊張感も伺われた社長だったが、ご自分のホテルに到着後はとても安心をされていらっしゃった。玄関先には、数名の社員たちが深夜だというのに元気な顔で出迎えの列を作っていた。
「みんな、元気だった?」
この日本語がわからなくても、社長の笑顔で理解ができたのか
「お疲れ様でした」
と、中国語の挨拶が館内に響いた。
先に到着をされていた張氏は部屋で休んでいらした。
「張さんは、もうお休みなんでしょ。僕たちは今から露天風呂に入りますので、遅い時間で申し訳ないのですが宜しくお願いします」 
いつも社長は優しい言葉を掛けて下さるので、社員たちも頑張れるのだろう。松岡氏の場合は、いつも緊張をしながら挨拶をする社員たちだが社長の場合は、まるで家長が戻ってきたようだった。
 この日は、社長と河本氏も露天風呂から戻られて、そのまま部屋で休まれた。阿浪も運転の疲れているにもかかわらず、社長と河本氏の部屋の灯りが消えるまで起きていたようだった。

次の朝、社長は朝風呂に入られて、この自然に満喫され、レストランで一人コーヒーを飲んでいらっしゃった。
「おはようございます。昨日はお疲れでしたのに、早いのですね」
と、言葉をかけた。
「朝風呂に入りましたが、湯加減も良くて満足をしています」
社長の言葉に、私自身も寝不足が飛んでしまった気分だった。朝食時間になっても張氏の姿が見えず心配になった私は、阿浪に部屋へ声をかけるように指示をした。暫くして、阿浪がレストランへ戻ってきた。
「張さんは部屋にいらっしゃいませんから外を見てきます」
阿浪の言葉に、「何処へ行かれたのだろうか」と不思議に思った。30分ほど経過して、やっと張氏がレストランへ顔を出された。
「何処へ行かれていましたか」
社長が張氏に尋ねられた。彼は、農民たちが集まる小屋で一緒に軽い朝食をされていたという。そこは、日本で言う「コンビニエンス・ストアー」なのだが、とても綺麗な店とは言えないが、北京の大都会に住んでおられる張氏には、幼き頃の昔を思い出させる場所だったのだろう。店といっても、ドアや窓などは付いておらず、小さな小屋を、幾つも並べ農民相手に商売をしているのだった。その店の前に丸いテーブルと簡単なイスを並べた、飲食店は農民たちの憩いの場所だ。いくら中国人だと言っても、一人でそんな所へ行き食事をされる事は危険だと思った。少数民族の村人たちも、見知らぬ人が来て驚いた事だろう。今まで都会の方が、そんな場所で食事をされたという話を聞いた事がなかったので、本当に驚いた。しかし、そこが張氏の庶民的で、いいところなのだろう。そして、丸顔で、めがねをかけた色白の彼なので、きっと農民たちからも好かれたのだろう。初日の朝から驚いたが、張氏の笑顔を見て安心した。この日は昼食に、「国土環境資源局」の責任者を招待していたので、阿浪も確認の電話を掛けたり忙しく飛び回っていた。中国では交渉事をする場合、食事前に難しい話は避けたほうが良いと聞いた。日本では、酒を飲みながら大切な話をする習慣はない。結局、食事前に会談をする事になった。「国土環境資源局」の職員は4人ほど来店したが、やはり担当責任者は難しい表情で会見の場に現われた。昼食までには少し時間があったので、河本氏より日本から持参された図面が差し出されて、増築許可の交渉が始まった。局長は仕事の都合で少し遅れると連絡が入ったので、担当責任者の厳しい表情は、交渉に波が出てきたように思えた。暫くしてから局長が来店されて、少し和やかな雰囲気へと変わってきた。でも、思っていたとおり、やはり増築場所にはクレームが入った。張氏の上手な通訳で、お互いが理解し合える話し合いで終わった事だけが成果だった。昼食時間になり、局長は次の仕事のために席を立たれてしまった。
「あぁ~困った、あの担当責任者では昼食もまずくなる」
しかし、1時間ほどで局長が再び来店されたので、宴会ムードになってきた。阿浪と私は別の業務もあったので、酒の席には参加をしなかった。午後3時頃、宴会もお開きとなり、気分の良さそうな、皆さんの笑い声が事務所まで聞こえてきた。驚いて事務所を飛び出した私は、再び驚いてしまった。なんと、全員が酒に酔って忘年会や新年会の場面と同じだった。あれほど厳しい表情の担当責任者が、張氏と腕を組みながら千鳥足で満足そうな顔をした。社員たちも、その姿を見てびっくりしたり笑ったりしていたが、阿浪と私までも思わず笑い出す始末だった。話には聞いていたが、これが中国式の交渉事なのかもしれない。酒の飲めない人だったら、こんな雰囲気は作れない。一緒に酒を酌み交わせば、これからは友人として付き合えるのが中国人なのだ。話には聞いていても、こんな光景を見たら誰でも最初は驚きしかなかった。社長や河本氏も、いくら酒が飲めるといっても、これが毎日であれば大変だろう。でも、中国人のお役人たちにとってはこれが日常のことなのである。張氏も、かなり酒を飲まれた様子で、見送り後には部屋で休憩をされていた。社長や河本氏も、次の予定をずらして休憩をされてしまった。本来、3時から建築業者と会談するため業者も来店をしていたが、こんな状況だったので時間をずらしてもらった。 
 夕方5時頃から建築業者と話し合いが始まったが、政府との会議の余韻が残っていたのか、酒が抜けていなかったのか1時間ほどで終わってしまった。社長や河本氏も業者とは面識があったので、今日の会談については業者も納得をして帰って行った。


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