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私が見た南国の星 第2集「苦しみを乗り越えて」③

怪しい人物登場です。彼らの本性は?この後、いったいどんな騒動が待っているのでしょう。

N氏現る

「龍さん、たとえ彼が悪い事をしてきたとしても、あれでは逆効果になりますよ。本社からも以前の状況は聞いていますが、社長が告訴をされないのだから、このホテルが今後スムーズに進行できるように利用する事を考えてほしいです。お願いね」
と注意した。優しく説明をしたつもりだったか、彼には通じなかったようで、私の言葉に不満があるようだった。
「お姉さん、あなたは何もわかっていません。彼は本当に悪い男だから、あれくらい言っても大丈夫だよ!」
まだ興奮が冷めていない様子なので、私はそれ以上言わなかった。鄭氏は北京に会社を持っていた。海南島には数ヶ月に一度、自分のホテルの状況を確かめているようだった。
数日後の正午すぎ、鄭氏が再び尋ねて来た。ちょうど私はロビーでお客様と話しをしていたので、直ぐ彼が来たことがわかった。
「こんにちは、今日はレストランで食事をさせていただきます」
と言って彼は、レストランに入って行った。また、先日のように龍氏と出会えば口論になりかねないと思って、私はお客を送り出すと、鄭氏の事が気がかりでレストランへと向かった。レストランでは鄭氏の他に、もう一人の男性がいた。
「先ほどは確か鄭氏が一人だったはずなのに、なぜ二人?もう一人の男性は何処から入って来られのかしら?」
そう心の中につぶやきながら鄭氏の近くへと足を進ませた。
「先ほどは失礼しました。日本人のお客様の接待中でしたので、ごめんなさいね」
と声を掛けた。鄭氏は笑顔で
「気にしないで下さい。私は、このホテルの事はわかっていますから」
と、軽やかな口調で言った。本音を言えば、鄭氏の言葉よりも横で座っている人物が誰なのか気にかかっていた。少し横目で見た瞬間、
「ひょっとしたら、この人が噂のN氏では?」
と思った。しかし、彼は座ったままで私の方を見ようともしなかった。鄭氏がこの雰囲気をカバーするように、
「この方はNさんです。あなたは知っているでしょう」
と、紹介されても、N氏はお茶を飲みながら下ばかり向いて、一向に私の顔を見ようとはしなかった。それでも相手はお客様なので
「いらっしゃいませ。本日はご来店をいただきありがとうございます」
と月並みの挨拶をして、その場を去った。しかし、「なぜN氏は私に顔を合わせないようにしているのだろう」と不思議でならなかった。二時間くらい経ったので、鄭氏とN氏の食事も終わっているだろうと思いレストランへ向かった。ところが中を覗き込んでみると、二人の姿はなかった。
「何処から出て行ってしまったのでしょう」
と不思議に思い社員に尋ねてみた。
「この席のお客様はお帰りですか」
と、新人の社員に声を掛けると、厨房から料理長が出て来て
「お姉さん、鄭さんたちは裏口から帰りましたよ。やっぱり、変です!」
と言った。
「何が変ですか」
と言い返した私に、好奇心旺盛な彼は、片言の日本語で
「悪いです!」
と何度も言った。私は龍氏が社員にも過去の事情を話しているのだと直感した。
「料理長、そんな事はいいから早く仕事をして下さいね」
と注意してその場は終わりにした。
私が赴任する前から働いている社員たちは、過去の私が知らない事まで全て知っている。しかし、彼らは鄭氏の怖さも知っているので本当の事を話すはずがない。それよりもなぜ、あの二人は裏口から出なければならないのかと考えてみた。裏口は厨房を通り抜けなければ出られない。そこの出口からの方が隣のホテルへは確かに近い。でも、そうであれば鄭氏はなぜ玄関から一人だけで入ってきたのだろう。やはりN氏は私に面と向かうことができないのかもしれない。こんな人物が、愛知県の日中友好組織の代表とは信じられないし、なぜかとても腹立たしくなった。いらだつ気持ちを抑えていたら、いつしか夕方になっていた。忘れてしまった修理報告を河本氏に連絡をしなければならなかったことに気が付き、慌てて電話を掛けた。運が良く、河本氏が電話口に出られたので、業務の報告と今日の出来事について話した。
「そうですか。彼らが食事に来たようですが、お客だからいいじゃないですか。あまり気にしない方がいいよ」
と言われたのだった。確かに河本氏の申される通りお客様だが、私は以前、社長に言われた
「彼らには来てほしくないです」
という言葉が気にかかっていたのだった。
河本氏とN氏は昔からの知人だそうだが、このホテルの件から以前のような付き合いは出来なくなったと聞いている。そんな出来事があって、私はこの日は眠られないまま朝を迎えてしまった。
数日後、鄭氏は北京へ戻ったと聞いた。
 

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