見出し画像

私が見た南国の星 第1集「蛍と夜空

 やっと通訳の馮さんが来てくれて、ほっとしたのも束の間、今度は経理の心配、次から次へと困難がやって来ます。どうやって乗り越えていくのでしょう・・・

経理係を探す


 1月も終わりに近づいたある日のことだった。大変な事態が発生した。龍氏が辞めてから、ちょうど一ヶ月が過ぎた頃、まだ、会計係り不在のままだった。龍氏に、経理関係の全てを任せていたので、中国の確定申告の書類などが残されていなかった。このままでは、2000年度の確定申告が出来ない。ここは外国投資企業のため普通の申告よりも難しい。日本と違い現地の地税局と国税局だけで終わらず、海口市の会計事務所へ依頼をして書類を各管轄へ提出をしなければならない。もし、不明点が生じた場合には多額の罰金が科せられるのだ。馮さんと共に悩んでいた時だった。
私は急に思い出し、
「そう、12月に入社した保安係りの黎輝祥を呼んで下さい」
そう指示をして、彼が来るのを事務所で待っていた。彼は海南師範大学経済学部を卒業していたので、もしかしたら会計の資格があるかも知れないと思ったからだ。10分が経過したころ彼がやって来た。
「何か、御用ですか」
と彼がやって来た。馮さんから彼に話をしてもらう事にしたのだが、同時通訳は難しいようなので要点だけを先に話す事にした。彼の気持ちとしては会計係の仕事に自信がないため、ためらいがあるようだった。この会社に入社する前、彼は中国の企業で会計をしていたようだが、外国投資企業での会計は自信がないと言った。私は、
「とにかく、ここは外国投資企業だから難しいかもしれませんが、会計士の方と相談しながら頑張ってほしいのです」
と頼みこんだ。せっかく専門分野を勉強してきたから、その知識を生かして将来は会計士の資格を取ってほしいと私は言った。彼は、
「少し考えたい」
と言ったので時間を与えることにした。
 正直なところ、この会社は会計の資格がある社員を置かなければ地税局から罰金処分となるのだ。私自身、その事を知ったのは最近の事なので困っていたところだった。地税局の知り合いから、
「なるべく早く会計係を置かなければ、海口市から抜き打ち検査の時に困りますよ」と、言われたばかりだった。馮さんからも彼には上手く説明をしたとの事だったが、良い返事が返ってくる事を期待して待つしかなかった。
 夜10時過ぎ、馮さんと一緒に私の部屋でテレビを見ていた時の事だった。ドアを叩く音がしてたので出てみると、今日会計係をお願いした黎輝祥がドアの前に立っていた。私は彼の表情が明るかったので「もしかしたら良い返事かも」と、勝手に思い込んでいた。今日の勤務時間は、夜の11時30分から朝の7時半までなので、その前に来たと言った。
「あれから自分の将来を考えました。会計係の仕事を頑張りたいと思います。わからない点は、自分の姉が会計士の仕事をしていますから教えてもらいます」
その話を聞いて、少し安心をした私は
「保安部長と相談をして、なるべく早く移動をしてもらいます」
と言った。馮さんも笑顔で、
「お姉さん、とりあえず良かったですね」
と、彼女自身も安心をした表情だった。部屋の空気を入れ替えようと思い窓を開けた私は、冷たい空気を肌に感じたが、この夜はすがすがしく感じた。
「馮さん、寒いですか?直ぐ閉めますから」
と彼女に聞くと、彼女も窓際まで寄ってきて、
「お姉さん、見て!綺麗な夜空ですよ。星がいっぱい出ているし、キラキラと輝いています」
彼女もスッキリした顔をしていた。いつも一人で星を見ていた私だったが、こうして二人で夜空の星を眺めていると、今まで以上に楽しい気分になった。
「海口市では、こんなに綺麗な星は見られませんよ」
そう彼女に言われて、私もこの地で生活をしてきて良かったように思えたのだった。
「馮さん、これからも一緒に夜空の星を見ましょうね。宜しくお願いします」
という言葉が自然に出てきた。彼女も私の気持ちを察してくれたらしく、
「お姉さん、私こそ未熟ですけど宜しくお願いします」
と言ってくれたのが、とても嬉しく感じた。
「とにかく、頑張るしかない!」心の中で呟きながら夜空を眺めていた。
 

サービス業に自分の時間はない


 
 翌日は、何かと忙しく、数多くの電話対応に時間の経つのを忘れていた。
「馮さん、保安部長を呼んで下さい」
そいうと、彼女は事務所の電話から海南語で話し出した。何を話しているのか不明だったが、気にしている余裕など全くないほど忙しい一日だった。
彼女が電話を切ってから間もなくして保安部長がやって来た。
「何か御用ですか」
と、尋ねる彼に、
「申し訳ないけど保安係の補充を至急お願いします。黎輝祥を移動させたいから」
と早口で言う私に、馮さんが急いで通訳した。ところが、
「どうして、移動するのですか」
と言われ、つい腹を立てて、
「どうして?そんな事はあなたが口を出す事ではないのです!」
と言ってしまった。言い方が強かったので、馮さんも驚いていた。私は今日中にしなければならない急ぎの仕事があった事もあり、気持ちに余裕がなかったのだ。言ってしまった以上は仕方がない。しかし、彼の気持ちも理解が出来るため、素直に謝り、
「ごめんね、とにかく早く捜してください」
イライラしている事に気づいた彼は、
「わかりました」
と一言だけ言い残して事務所から出て行った。そして、馮さんには、
「馮さん、悪いけれど後で保安部長には理由を説明しておいて下さい。お願いします」
と指示をした。その言い方も強かったのだろう。それから5分くらい経つと、
「お姉さん、コーヒーをどうぞ」
と言って馮さんがコーヒーを持ってきてくれた。優しい彼女の心遣いに、先ほどまでの自分が恥ずかしくなった。
「馮さん、ごめんね。今日は仕事が多いので気持ちが落ち着かず、強い言い方をしてしまいました」
そう言う私に彼女はゆっくりと答えた。
「最近、会計係の事や2000年度の確定申告が控えている事で悩みが多いのですよね。わかっていますから大丈夫です。」
と慰めの言葉を言ってくれた。彼女は優しい性格だから、こんな私に我慢をしてくれるのかもしれない。一般的な中国人の女性は、そうは行かない。少しでも気分が悪い事を言われた瞬間、「辞めます」という言葉が発射されるのだから、私は中国人の雇用は難しいと常々そう思っていた。
 この日は、一日本当に忙しかった。夕食後も直ぐ事務所へ行き、夜の11時半まで仕事をしていた。もちろん、馮さんも一緒に事務所にいてくれた。
「馮さん、早く休んで下さい。私は一人でも出来ますから心配しないで下さいね」
そう言ったのだが側にいてくれた。
 本社への業務報告書として収入と支出の報告書、そして春節準備の計画も全てが私の仕事なので時間がかかるのは当然のことだった。龍氏の代わりが必要なのだが、適任者を捜す時間の余裕もなかった。今は二人分の業務をしなければならないので、朝も早くから夜遅くまで動き回らなければならない。時には、宿泊客のトラブルもあり、その対処もしなければならなかった。そして、政府関係の訪問客も多くその対応もしなければならない。「サービス業って自分の時間がない」というのは本当のことで、これがサービス業の宿命なのだと思った。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?