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私が見た南国の星 第4集「流れ星」⑫

黄暁燕VS将徳理


 季節が移りゆく中、この年の秋には、寂しい出来事が起こった。このホテルにとっても大きな存在を失くしてしまったのだ。その事件も将徳理が原因だったが、いつか訪れる別れがすこし早く訪れただけの事だったと、今は解釈をしている。
 事の始まりは、将徳理が未だ責任者になる前、黄暁燕一番の親友が退職したことで、総務主任の黄暁燕と将徳理との間に亀裂が生じたことにある。黄暁燕は、日頃から会社のために最善の努力をしてくれていた。彼女は誰もがそれを認めている忠実な社員の一人だった。しかし、友人の退職後に将徳理が責任者になったことが不服だった。お互いの意思疎通が上手くいかず、ささいな事で喧嘩が始まり、部下も困り果てて阿浪に相談をしていたという。意見の違いは、どこでもあるので、社員同士の問題は全て阿浪に任せていた。黄暁燕は仕事に関して文句は付けられないが、部下に対して厳しく口うるさい女性だった。時々、部下が彼女に叱られ泣いている姿も目に入ったが、私が口を出す段階ではなかったので、遠くから眺めていた。黄暁燕も自分の地位に誇りと責任を持って頑張っていたので、彼女の立場も考慮しなければならないと思って黙って見ていたのだ。ただ、彼女の場合は気が強く、男性社員からも敬遠されていたようだった。だから、阿浪にとっても苦手な女性の一人だったようだ。阿浪は、黄暁燕の上司なので、彼女もわきまえていた。しかし、他の社員には業務が終了しても口うるさく、「会社の犬」とまで言われていた。私にとっては優秀な社員だったのだが、将来が心配だった。いくら仕事が出来てもいつか結婚をする日が来るだろう。彼女に対しての心配は、その結婚だった。あの性格では、自分が気の済むように夫を操縦したいと思うだろう。私と黄暁燕の性格が何処か似ているような気がして、もし私のように離婚にでもなれば可哀想だと心配をしていた。自分で言うのは変かもしれないが、気の強さは私以上だと思っていた。意見の違いは将徳理だけではなく。料理人や保安係りからも、「あいつは可愛くない女だ!」と言われていたようだった。彼女の部下にとっては、少々のことには目を瞑ってほしかったのだろう。しかし、彼女は潔癖すぎて損をする性格だった。こんな調子だったので、将徳理との間で大変なことが起きてしまった。
 秋の涼しい風が吹き、「中秋の名月」を楽しみにしている社員たちは、夜になるとトランプをしたり、一緒にお茶を飲んだりして憩いの一時を楽しんでいた。
 そんなある日の夜だった。黄暁燕は、自分の業務が終わりシャワーをしようと身支度をしていたそうだ。その時、自分の部下から電話が入り、慌ててフロントへ向かった。すると、一人の宿泊客が不機嫌そうに苦情を言っていた。その原因は、客室の問題のようだった。その時、阿浪と私は町まで出掛けていて留守だった。あとで黄暁燕から事情を聞いてみると。客室内の備品が全部揃っていなかったのだそうだ。備品に関しては、室内の清掃が終了してから、将徳理が全ての点検をする事になっている。客は不足している備品を持ってくるように係りに言ったそうだが、なかなか持って行かなかったので苦情を言っているらしかった。その日は在庫棚になかったので、係りの社員は倉庫へ取りに行ったが、鍵が掛かっていた。この鍵は責任者の将徳理が持っているので、彼を探して館内を走り回っていた。
 将徳理は自分の業務が終わると、友達が尋ねて来たので一緒に出掛けてしまったのだった。客室係りは客から怒鳴られ、黄暁燕に報告すれば将徳理と喧嘩になるのをわかっていたので困っていた。この日は満室ではなかったのだから、空室から持って来れば済むだけのことだったのだが、焦ってしまったようだ。結局、黄暁燕が上手に対応したため大きな問題にならなかったが、彼女の気性では気持が収まらなかった。客室係に対して延々と説教が始まり、将徳理の携帯電話に連絡をして暴言を吐いたりしたらしい。この事態を知らなかった将徳理は、直ぐホテルへ戻り黄暁燕に謝罪をした。彼女は不機嫌だったが、
「明日、きちんと話し合いましょう」
と言ったそうだ。
 次の日、全ての客が退出して清掃も終わった後、レストランで話し合いが始まった。
 その時は、阿浪と私も事務所にいたので、彼等のことは知らなかった。阿浪は政府の会議が午後から始まるため、しばらくして県政府に出掛けてしまった。阿浪が出掛けて直ぐ、客室係が顔色を変えて事務所にやって来た。
「ママ、大変です!早く来て下さい」
その声と顔色に驚いた私は、何が起きたのか想像も出来なかった。
「どうしたの、そんなに慌てて」
と聞いたが、係りは動揺をしていて、上手く話せなかった。
「とにかく、大変ですからレストランへ早く行って下さい!」
というので、
係りの言うとおりレストランへ向かった。と、入り口のドア付近まで聞こえる争いの声が聞こえてきたので、急いで中へ入ると、奥のテーブルで、黄暁燕と将徳理が口喧嘩をしていた。私の顔を見ても争いはとまらなかった。
「あなたたち、何をやっているの!」
と思わず大声が出てしまった。二人は、私の怒鳴り声で急に無言になり、
「あなたたちは一体、何についていい争いをしているのですか。説明をして下さい」
と私が言うと、黄暁燕が先に、
「ママ、聞いて下さい。彼は自分の仕事に責任感がありません。客の苦情も私が全て処理をしたのに、私の話を聞いてくれないのです」
と言った。いつもの調子だった。将徳理は、
「私も自分の責任と思い謝罪もしました。でも彼女は許す気もなく、話が終わらないのです。私の謝罪の態度が悪いと怒っているのです」
と言った。将徳理が、自分の気持ちを話している間も彼女は横から口を挟むので、
「阿燕!あなたは少し黙っていなさい」
と言っても、彼女の機関銃のような声は止まらなかった。
「将徳理、自分も悪いと思っているのなら、あなたは私がいる前で阿燕に謝罪をしなさい」
その言葉しか方法が見つからなかった。
「阿燕、ごめんなさい。今後はあなたに迷惑を掛けないようにします」
あの将徳理も素直になったと思った時、
「なにを言うの、口先ばかりで嘘でしょ!」
と、彼女は言ってしまった。それでも、将徳理は我慢をして、
「じゃあ、もう一度謝罪をします」
と素直に言った。それでも黄暁燕は彼を素直に受け入れなかった。
「将徳理!あなたの言葉は誰も信用しないのだから、土下座をしても私は許さないから」
と言った瞬間、将徳理の手は彼女の頬に当たってしまった。でも、かすった程度だったので、痛いと感じるほどの事はなかったような気がした。彼も我慢に限度がきたのだろう。私は黄暁燕が悪いと判断をしていたが、彼女の前で将徳理の頬を同じように叩いた。彼の方が痛かったかもしれないが、黄暁燕は納得が出来ないようだった。
「ママ、将徳理を解雇して下さい。解雇をしなければ私が辞めます!」
と、すごい剣幕の彼女だった。
「将徳理は解雇しません。阿燕も悪いですよ。相手が素直になって謝罪をしているのに、どうして許さないのですか」
 私も彼女の言い方には納得が出来ず、本音を言った。彼を解雇する問題は、彼女には権限がない。どうして私が彼女の指示に従う必要はない。立場が逆だと言いたかったのだが、ここで彼女を責めても意味がないので、
「阿燕、あなたは今まで会社のために良く働いてくれました。辞める事はいつでも出来ます。もう一度、冷静になって考え直して下さい」
と彼女に言った。しかし、一度言い出したら後には引けない彼女は、考え直す気はないようで、
「こんな男がいる会社では仕事は出来ません。ママ、ごめんなさい」
そう言って席を立ち、レストランを出て行った。その後、将徳理に理解が出来るように、
「あなたも手を上げてしまった事は最低の行為ですよ。相手は女性ですから理解は出来ません。それについては自分自身で反省をして、今後は頑張って成長してほしいです」
と教えた。彼は私の言葉に理解を示し、
「ママ、すみません。私のことで会社に大変ご迷惑をお掛けして申し訳ないです」
と言って、頭を下げて謝罪した彼の姿を見て、それ以上は何も言えなかった。
「ママ、ありがとうございました。ママは実の母よりも自分のことを考えてくれます。心から感謝をしています」
そう言って彼も職場へ戻って行った。


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