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私が見た南国の星 第5集「走馬灯のように」③

宗教団体


 数日後、馮さんの傷も少しは回復に向かっているようだったので、一安心だったが、朝から何だか社員がバタバタしているので阿浪に、
「何か問題でも起きたのですか?」
と尋ねた。阿浪は困った顔をしながら、
「今日は満室の予約が入っているのに、3室の客が退出を拒否しているのです」
とゆっくり答えた。
 彼の話だけでは詳細がつかめず、客室の状況を調べてみる事にした。時間は正午も過ぎ、客室内の清掃も出来ず、困っている社員がその客と何だか話しをしているようだった。阿浪と私は、その客から事情を伺うため声を掛けた。
「すみません、本日は予約のお客様がいらっしゃいますから宿泊の延長は出来ません。ご理解をしていただけませんか」
私も丁重に話し合いをしたかった。しかし、宗教団体の幹部である彼らは、説教を始めた。そんな宗教の話を聞いている暇などないので、とにかく速やかに退出をお願いすると、
「あなたのホテルは、私たちを追い出すと言うのですか。この先、良い事は起こりませんから覚悟をして話を聞いて下さい。いいですか!」
 そして僧侶らしき人物が、わけのわからない念仏を唱え出したのだ。このやり取りは3時間近くになり、とうとう宿泊客が来店される時間がきてしまった。そして、その部屋を利用される方から電話が入り、5時過ぎに到着されることになった。しかし、このままではホテルの信用にも関わる一大事になると思い、公安局や旅遊局へ事情を説明して助けを求めた。ところが、いくら警察官や県政府の人が説得をしても動こうとはしないので、最後は県のテレビ局まで出動する始末となった。とうとう公安局から、
「部屋に鍵が掛かっているからドアを壊して中へ入ります」
と報告があった。ドアを壊されたら次の宿泊客が大変だと思い、ネジを外してドアを取るようお願いをした。修理係りがネジを外し、ドアを開けて声を掛けたのだが、無言の彼等だった。何度警察官が説得をしても、彼等には全く効き目はなく、僧侶はロウソクと線香に火を灯して念仏を唱えているのだった。それを見て、先ほどまで説得を続けていた警察官や県政府の関係者たちも、無言になってしまった。
「どうしよう、そうだ広州の日本国領事館へ相談をしてみよう」
と思い、電話を掛けたが、領事館の職員に状況の説明をしても、関与出来ないと断られてしまった。
「中国の宗教団体は政治と関係をしていますから、今後は十分気をつけて下さい。また、宗教に関しては法律が適用されませんから、領事館ではこれ以上の口出しは出来ませんのでご理解して下さい」
と、言われた。こんな結果になってしまうとは思ってもみなかったが、とにかく説得に努力をするしか方法が見つからなかった。
 すると、しばらく様子を見ていた警察官の一人が、すごい剣幕で、
「今から退出をしなければ、あなた方の本部へ連絡をします。中央政府の許可を取り強制退去をさせますが、いいですか!覚悟をして下さい」
と言った。すると、その言葉を聞いた僧侶が、彼に向かって脅迫をし出した。
「あなたの家に不幸をもたらし、末代まで崩壊するように呪いの念仏を今から唱えますよ。いいですか!」
と言うと、その警察官は、笑い出しそうな顔で、
「僧侶であるべき人が、そんな言葉を言っても良いのですか?本当の佛教は違うでしょ!逮捕をしても構わなければ、好きなように呪いの念仏を唱えて下さい」
言い返した。彼は、すごい警察官だと思った。他の人たちは、無言の状態で口を出す人はいなかった。根負けをしたのは宗教団体側の方だった。4時半頃、やっと荷物を手にして部屋から出てくれたのだった。
退出の際に、通路の近くに立っていた私の顔を見て、
「あなたは、早くこの地を離れた方が無難ですよ。ここは魔物が住んでいますから十分気をつけて下さい」
と、僧侶から言われてしまった。何だか不気味な言い方をされてしまったが、何を言われても無事に解決が出来たことに感謝をした。中国では昔から僧侶の地位が高いため、難しい問題が多いことも確かだと思った。領事館からも言われたように、いろんなことが政治に関係しているとすれば本当に怖いと思った。
 このホテルは日本独資経営なので、この問題が大きくなるかもしれないと心配になった。このような事ははじめてだったが、、本当にサービス業は難しいということを知った。五年目にして初めて驚くべき宗教の裏側を見たような気がした。
 この日は、次の宿泊客へ迷惑を掛けずに済んだが、急に日本の「オウム真理教」の事件を思い出した。人間としての常識を知らない組織というのは、一つ間違えば大変な事態にもなりかねない。「今後は十分気をつけないといけない」と自分の心に言い聞かせた私だった
 そんなことがあってからは、社員も慎重に客の様子を伺いながら業務に励んでくれていた。


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