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令嬢改心2-5 貴族に向いていないと令嬢は言った。(1/2)

 殿下の浮気を発見した次の日のこと。
 ヴィオレット様の礼儀作法の仕上がり具合を確認しようと、私は部屋の隅でサビーヌ様の授業を受けるヴィオレット様のご様子を眺めていた。
「ジュギョウサンカンっぽくってなんとなく照れるかも」
 意味不明な事を言いつつも、どこか張り切った様子でサビーヌ様の指導を受けるヴィオレット様である。
 多少ぎこちなさは残るも、礼儀作法に関しては概ね問題ない水準に戻っているようだ。そのご様子に私はホッとして、一刻程ヴィオレット様の授業を眺めた後、いつもの仕事に戻った訳だが……。
 あくる日。私が書類を整理していたところ、慌ただしいノックの音がヴィオレット様の書斎に響く。
「エルネスト殿、失礼しますっ! ヴィオレット様がまた……!」
 返事も聞かずに飛び込んできたのは、ヴィオレット様付きの侍女、リュシー殿であった。しっかりものの彼女が珍しい事だと思いつつも、私は即座に頷く。
「そうですか、すぐに捜索に向かいます」
「何時も申し訳ありません。わたくし達が動くと、どうもメイドに警戒されてしまって……」
 リュシー殿が心苦しそうに言う。
 高級使用人である侍女、それもヴィオレット様付きともなれば使用人達にもそれなりに顔が知られている。リュシー殿達も数回程はヴィオレット様逃走の折に捜索に出たのだが、使用人の指示出しや貴重品n管理等単独で動く事もある執事ならまだしも、主人の側に侍る侍女が人探しをする方がより事件性を感じると見え、メイド達が躍起になって仲間のリセことヴィオレット様を匿ってしまうような事が起こったそうだ。
 そんな訳もあって、最近は私一人で捜索するのが基本になっていた。
 何度も申し訳なさそうに謝りながら書斎を去っていくリュシー殿を見送ると、私は行動を始める。
 こうして、七度目の逃亡を聞いた朝。私はいい加減に悟った。
「これ以上の逃避はヴィオレット様の為にもならないだろう……お止めしなければならない」
 心が幼くなられたヴィオレット様が、こうして逃げ回るのにも理由がある筈だ。だが、私はあえて意識的にヴィオレット様と向き合う事を避けてしまっていた。
 それがリュシー殿を……いや、使用人達を困らせているならば、私はヴィオレット様と今度こそ話し合うべきなのだ。
 一度決めてしまえば迷いはなくなる。私はいつものように書類を整理すると、書斎の鍵を閉めて動き出す。
 カチリと鍵が回る音を聞いた時、何となくひらめくものがあった。
「……と、その前に、ヴィオレット様には悪いが、逃亡の余地を無くす事にするか」
 そう言えば、以前に使ったあの言い訳が使えるのではないだろうか。ふとした思い付きを実行するべく、使用人達に根回しをする事から始める事にした。
 ――あれから二日後。想定通りにヴィオレット様が逃走された。
 私は慌てず騒がず、捜索を開始する。すると根回しが効いたようで、道中に使用人達から報告が入るようになる。だが、何日前に何処其処で見かけた、というような過去の報告が殆どで、有力なものはなかなか聞かれない。
「まあ、そう簡単には行かないか……」
 今までのヴィオレット様の動きからすると、一度私が見つけた箇所には足が向かないようなのだ。つまり、過去の情報は有難いものの今は有用ではない。
 昼なお暗い城の通路を辿り裏庭へ通じる扉へ足を運びつつ、落胆と共に、やはり足で探すしかないか――そう思った時の事である。
 今まさに裏口から入ってきた少年使用人が、私の顔を見るなり小走りに近づいてきたかと思うと、
「あ、エルネスト様。ご親戚のお嬢さんなら、先程メイド達と一緒に前庭へ向かう姿を見かけましたよ」
 と何でもないような顔で言うのだ。
「そうですか。報告ありがとうございます。そう言えば、最近よく仕事に励んでいると噂を聞きますよ」
「本当ですか! 嬉しいなあ!」
「ええ。侍従を目指すならばその勤勉さは今後の糧となるでしょう。今後も励んで下さい」
「はいっ!」
 少年は満面に笑みを浮かべる。それに笑みでもって応えると、私は勤めて平静を装い目的地へ向かった。ほんの少し、足早となりながら。
 ……それは季節の薔薇が咲き誇る公爵家自慢の庭。
「おいおい、やめてくれよ」
 迷路のような生垣を早足で通り抜けてその場にたどり着いた時、庭師殿が困ったような口調でヴィオレット様を含むメイド達に話し掛けていた。
 状況も分からずに口出しする訳にもいかず、私は少し離れた場所で足を止め、事の次第を見守る事にする。
「庭に芋を植えるって? そりゃあ一体どんな愉快な話だろうな」
 庭師殿はそう言うと逞しい腕を組んだまま、少女達を睨みつける。何時も余裕の態度を崩さない庭師殿にしては珍しい態度だ。
 その態度に何かを感じたのか、茶色の髪を三つ編みにした少女がヴィオレット様に心配げな顔で言った。
「ちょっとリセ、大丈夫なの? 何か庭師の人怒ってるけど」
「大丈夫よ、だってわたし間違ってないもん。人をいじめたりは駄目だけど、人を助けるのは大事なことだよ。私は、これからそうやって生きるって決めたの。だから大丈夫」
 そう言ってヴィオレット様は笑顔を浮かべるのだが、その顔はいっそ清々しい程であった。
「ふうん。私は間違っていない、ねえ。なあ、お嬢さんや。なら聞くが、ここは一体何処だ?」
 庭師殿が鼻白み、ヴィオレット様へ尋ねる。
「それぐらい見れば分かるわ。ここはお庭よ。子供が隠れんぼしたら一日中見つからないぐらいに広くて、色んな薔薇が咲いてる立派なお庭」
 むっとしたような顔をして、ヴィオレット様は言い返した。
「ああそうだ、ここは庭。それも公爵家のお客さんを歓待する場所だ。畑と見間違えるような事はない。それぐらいあんた等メイドにも分かる筈なんだが」
「別にわたしにだって畑に見えてる訳じゃないわ。でもこんなに大きな庭なら、端っこを貸してくれるぐらいいじゃない。どうせ貴族の人たちが隅々歩いて回るなんて事、ないでしょ? 隅っこでいいのよ、そこにわたし達が食べる分ぐらいお芋や野菜を植えたって、別に何も問題なんて……」
 それは何という言い草だろうか。庭師殿を完全に小馬鹿にした物言いに、慌てて私は飛び出す。
 だが、一足遅かった。

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