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令嬢改心3-4 迷惑娘の暴走と、好敵手の到来。(1/2)

 ヴィオレット様が倒れる原因となった男爵令嬢が第八王子殿下を襲撃……もとい、追い掛けてきた次の日のこと。
 私は殿下を見舞いに騎士団寮へと向かった。
 そこは簡素な部屋だ。石壁には風除け兼飾りの掛け布もなく、大きな物入れと、小さな書き物机、そして硬いベッドと必要最低限の物しかない。流石に、直接肌に触れる寝具類は上質だが。
 所謂一兵卒が充てがわれるような場所に何故王族がと違和感しか覚えぬ光景だが、この方の場合、例えば騎士団幹部が部屋を譲ると言ったところで聞きはしないので、我が領の者が積極的にやらかした訳ではない……と自信が持てる辺り、良いのか悪いのか。
「あの後、お前が戻った後もさ、あいつが寮の前に居て困った」
 殿下はぐったりした様子でベッドの端に座り、ぼそぼそと呟いた。
「はあ。つまり、件の男爵令嬢は夕刻以降も寮の入り口を見張っていたという事ですか……確かにそれは怖いですね」
 それはつまり男所帯であり、何だったら身の危険すら感じるだろう男子寮の前に未婚の女性が単身で張り込んでいたという事だ。何と言えばいいのか、己の保身すらも捨てているというか……ひたすら執念のようなものを感じる。
「ところで、何故あの令嬢がいると分かっていながら扉の外に出たのです?」
「まさか、扉のすぐ前で出入りを見張ってるとは思わないだろうが普通は!」
「はあ? 扉の前?」
「そうだよ、扉の! すぐ横に! いたんだよ! 折角憂さ晴らしに飲みにでも出掛けようと思ってたのに……思わず声が出たよ」
 殿下がぶるっと身震いする。確かに、うら若き乙女が扉の前に立ち尽くしている様を想像すると異様だ。むしろ怖い。
 だがそれより、聞き捨てならない事を言わなかったか?
「ほう、飲みにですか……それはそれは。ご友人でも誘って? 一体何処に向かわれようとなさったのでしょうね」
「そうそう……って、エルネスト、お前顔が怖いんだが。べ、別に如何わしい場所に行こうとした訳じゃないぞ」
 そう言いながら視線が泳いでいますよ、殿下。
「おやおや、一体何が怖いと? いつも通りですよ、私は」
「どこがだ⁉︎ いつもより笑顔の圧が凄いんだが!」

 そんな話をした午後の事。招かれざる客の来訪は、それだけでは済まなかった。
 珍しく書類整理が早めに片付いたので、控え室で銀器や陶器の手入れを行なっていると、ノックもそこそこに使用人が飛び込んで来た。
「エルネスト様っ! 大変です‼︎」
「何ですか騒々しい」
 私が眉を顰めて言うと、使用人は慌てた口調で続ける。
「あの、あのお方が……モルガーヌ侯爵令嬢がお越しになられましたっ!」
 その言葉に思わず銀器を取り落としそうになり、ぐっと掴む。動揺している場合ではない、早く対処しなければ。
 出来るだけ丁寧に銀器を収めている木の箱に入れ直すと、私はそれを持って椅子から立ち上がり、息急き切っている使用人に指示を出した。
「そうですか……ひとまずお客様は応接室にお通しし、ご休憩を促して下さい。それと、今空いている客室は」
「あっ、そうですね。お泊りの部屋も用意しなくては」
「上等な部屋となると、御城主のご家族の居室に近い場所となりますか。今なら手が空いてますから、俺も手伝いましょう。お部屋の風通しとか埃除けを取る必要がありますよね。エルネスト様、どうです?」
「はい、では二人に任せます。すぐに向かって下さい。部屋が決まりましたら連絡を。後は身の回りの世話係と、料理の手配ですが……」
「では、滞在中のお世話係の手配はオレの方でやっときます。この時間だとメイド長は二階でしょうかね」
「そうですね、昼食も下げ終わる時間ですし、今ならメイド長も手隙かと思います。お願いします」
「任されましたぁ!」
 各自仕事が決まると、早足で控え室を出て行く。
「ええと、賓客用の特別な料理も厨房に頼まないといけないですよねえ。今からでも材料足りるかな……僕がそっちに行きます」
 周りでカードゲームなどをして休憩していた者達も、口々に己の仕事を見つけて私に確認を取ると動き出す。こういう時に、侯爵家の使用人の質の高さをしみじみと感じる。場慣れしているというのもあるだろうが、行動が早いのだ。
 そうして皆が動き出した後に、私は一人残った控え室で深呼吸し、覚悟を決めた。
 ……これから重要人物と会う、覚悟を。

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