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令嬢改心 2-4:人気者の「リセ」(3/3)

 とりあえず、状況から察するに、騎士扮する第八王子殿下がメイド扮するヴィオレット様に友人となろうと申し込んでいる、と見ていいのだろうか?
 それはまあ浮気ではない、ないのだが……こんな間近に見てもヴィオレット様と気づかないとは、殿下の目は節穴か。それはまあ、ヴィオレット様は立場もありしっかりと化粧をなさるし、こんな素朴な格好をする訳がないという思い込みが認識を甘くしても仕方ないが、仮にも婚約者であろうに。
 まさかとは思うが、ヴィオレット様も殿下の事を通りすがりの騎士と勘違いはしていない、だろうな……? 些か不安になってきた。
 私が呆れている間も、殿下はヴィオレット様へ対する男女交際(?) の申し込みを止めない。
 ……しかし、先日匿ってくれと言った後、しばらく殿下の姿が見えないと思ったが、古巣の騎士団に隠れていたのか。
 成る程と密かに納得するも、殿下のヴィオレット様に対する求愛はこの後も止まる事は無く、仕方なく介入する。
「おや、こんな所で奇遇ですね、騎士殿」
「げっ、エルネスト!」
「げっとは何ですか。お元気そうでなによりです。さて、リセ。貴女は大事な仕事がありますよ」
「は、はい!」
 嫌そうな顔の殿下と、ほっとした顔のヴィオレット様の間に割り込み、ヴィオレット様の手を取る。ヴィオレット様は素直に従った。
 ヴィオレット様部屋へと送る際、ヴィオレット様はおずおずとした様子で私に聞いた。
「あの……エルネスト。あれって第八王子殿下で合ってるよね。なんか、思いっきりメイドとして声掛けられて驚いちゃったよ」
「ええ、合っています。ところでどうしてあんな事に?」
「なんか、わたしが初恋の人に似てるから仲良くなりたいって……嘘だろうけど」
 照れたようなヴィオレット様に、私は答える。
「ああ、確かに殿下の初恋の相手はヴィオレット様ですから、それは間違ってませんね」
「えっ、そうなの⁉︎」
 私としては、なぜ驚くのか分からない。
「求婚された事も忘れられたのですか」
「ううっ」
 ……いや、忘れていた方が良いのか。今更恋愛などと言われても困る。
 私の言葉に反応したヴィオレット様は頰を押さえて真っ赤になる。私はそこで後悔した……子供返りなされたヴィオレット様には、己の初恋話を興味深く感じるに違いない。余計な情報を与えてしまったかと思っても、後の祭りである。

 ヴィオレット様の逃亡は、二日から三日に一度ほど。
 あの裏庭での逢い引きもどきの後から、どうやって察知しているのか分からないが、メイド扮するヴィオレット様の前に必ず殿下は現れた。私が何とかヴィオレット様を探し出そうと苦心しているというのに、相変わらず野生の勘頼みで簡単に事を為すのだから、この末っ子王子様は侮れない。
「ひいっ、また居る……!」
「あっ、またまたあの騎士さんだ。どうせリセを誘ってお茶に行こうって腹でしょう。何度も断られてるのにほんっと懲りないよねぇ。リセったら人気者だー」
 洗濯物を広げて物干しの紐に掛けながらケラケラと笑う三つ編み髪のメイド。
 ヴィオレット様は「冗談じゃないよぉ……」 と頭を抱えている。
 お気持ちは良く分かる。相手は気づいていないとはいえ、婚約者に不義を申し込まれるとは困ったものだろう。
「そう嫌がる事はないだろう。流石に僕でも傷つくぞ」
 子供のように口を尖らせ不満を言う殿下に、大笑いする三つ編みのメイドが手招きする。
「干すのも終わったしちょっと休憩ね。あ、騎士さんこっちこっち、リセの隣に座って」
「ちょっと……!」
 別のメイドが笑いながら殿下の肩を押した。
「まあまあ、こうも健気に通ってくる男を無下にするのも可哀想じゃないの。騎士さんは、今日こそリセにうんって言って貰えるといいねー」
「ああ、お前達の応援もあるし、上手くいく気がするな。今日こそ良い返事を貰うぞ!」
「だからね、わたしには婚約者が居るんですってば!」
 きゃあきゃあとはしゃぐメイド達。その輪の中で、真っ赤な顔で怒るヴィオレット様とやたら張り切る殿下がいた。
 ああ、このままではらちがあかない……。
 私は隠れていた物陰から顔を出すと、わざと足音を立て、さも今来ましたとばかりの態度を装って二人に声を掛けた。
「……おや、騎士様、こちらのメイドが何か粗相でも?」
 耳ざとく足音に反応した殿下は、私の姿を見てぎょっとした顔をする。
「げっ、エルネスト……べ、別に問題などない。よく働いているなと励ましていただけだ!」
 焦ったように叫ぶ殿下の姿が何とも情けない。私に見つかって困るような事を最初からしなければ良いというのに。
「そうですか。騎士殿に褒められてメイドらも喜んだ事でしょう……とはいえ、この娘達はまだ未婚の清らかな身体です。親御達から託されて働きに来ている者ですので、無残に手折る事なく、遠くから愛でるだけにして頂きたい。さて、お前達は仕事に戻りなさい。騎士様には私から話があります」
「は、はーい」
 助かった、という顔をしたヴィオレット様と、つまらなそうな顔をしたメイド達が洗濯物を干しに戻る。それを横目に、殿下の襟首を引っ張って私は一旦城の空き部屋に殿下を押し込んだ。
 後ろ手に扉を締めながら、慇懃な笑みを浮かべて殿下に問い掛ける。
「さて殿下、婚前にして浮気など許しがたいものを見た訳ですが」
「う、浮気ではない」
 殿下はそう言い張るが、視線が横を向いている辺りで後ろめたく思っているのがバレている。
「ほう。ではメイドに求愛めいた事を囁いていたのは私の幻覚ですか?」
「……あれは友情を築こうとしていたので、浮気ではないのだ」
「そうですか」
 私がじっと見つめていると、殿下の顔色がだんだん悪くなってきた。
「……まあ、なんだ、少しばかりはそういった気持ちもある。何というか……僕が好きだった頃のヴィオレットに似ていて、何だか懐かしい気持ちになるんだ」
「はあ」
 まあ、ご本人だから当然である。
 それはそれとして。
「浮気はいけませんよ」
「だから、浮気ではない!」
 そんな釘刺しをした次の日、私はまたヴィオレット様の不思議な言葉を聞く事になる。

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