弥生と令和(1)吉野ケ里 旅のフォトアルバム 10 匝 meguru 2024年2月3日 16:04 2024年1月11日から1月13日の2泊3日で九州へ行ってきました。今回は1日目と2日目、吉野ヶ里遺跡をメインにアルバムを作りました。出発1時間前くらいの羽田空港の7番ゲートに到着 JAL313で福岡へ向かいます出発までは会社のメール処理をして過ごしました出発後、滑走路まで延々と誘導路を進みます 後ろに旅客機が続いてました離陸後、ぐるりと旋回 眼下に羽田空港と川崎の工業地帯が見えます中国地方を通過中、眼下に白いリングの構造物 SPring8の加速器でしたいよいよ福岡空港へと着陸します地下鉄で中洲へ “KURO”という犬のキャラがかわいい中洲川端駅下車 取引先に挨拶へ行きましたホテルへの途中の公園でギリシヤ神殿風の柱が… 旧福岡県庁のなごりとか今回は西鉄イン天神に宿泊ですおひとりさまで水炊きを食べようと、天神ビル地下商店街へ水炊き、予約で満席でした 同じビルにある朝次郎さんへお刺し身、串焼きなど堪能した夕食でした 牛すじ煮込み、おいしかったこの日はホテルに戻って明日に備えて休息。そして2日目。地下鉄七隈線で博多駅へ博多駅 地下鉄改札からJR改札で迷子に…イルミネーションの撤去を横目にJRを目指します9時、まずは鳥栖へ向けて普通電車で移動します水城駅からみる日本書紀にも出てくる水城の土塁 木がたくさん生えています鳥栖駅で乗り換え 吉野ケ里公園駅へ吉野ケ里公園駅着 ここから遺跡へ吉野ヶ里遺跡はこちらですね「吉野ヶ里歴史公園」の入口 有料エリアはまだまだ先です入場口前のマスコットをパチリ復原された環濠周囲の杭 逆茂木(さかもぎ)というそうです バリケードですね復元された住居や倉庫穀物などを保管してたであろう復原倉庫内郭(中心部)は櫓や大人(支配者層)の住居が復元されていました鳥の飾りのある門(鳥居の原型?)と奥にあるのは祭殿復元された建物内にも展示がありました 養蚕していたんですねこちらは武器倉庫 鉾、盾、鎧、刀などこちらは中央部にある調理場(煮炊屋)だったかな?大人(支配者層)の家大人(支配者層)の妻の家 別居してたのかな?遺跡展示室 発掘された出土品や説明展示がされていますちなみに弥生時代だけでなく、古墳時代などの出土品もありました特徴的なのは甕が多い 甕棺出土時の再現展示もありました鉾の先端の鋳型 鋳物です巻貝のイボニシの内蔵(パープル腺)から紫色の染料を採っていたそうですさらに遺跡の奥へ進むと環壕に降りられるですと!環壕は深く、弥生時代に維持するのは大変だったと感じました方形の盛り土は墳丘墓でその前に祀堂です 墳丘墓前にある甕棺墓列 戦いの傷跡のある犠牲者が埋葬されていたそうです墳丘墓の裏から中に入って見学できます発掘の跡が保存されています 古墳と違う埋葬文化を知ることができます甕棺での埋葬のしかた タイムカプセルみたい!墳丘墓からさらに奥へ行くと長さ600mの範囲に2000個の甕棺墓が発掘されたそうです盛土が墓の跡 地中レーダー探査で探していたそうですランチは「古代貝汁御膳」を食べましょう!貝汁はアサリだけでした おにぎりの脇にある黒い消炭はなに?魚かな?… お店の人に聞いたら「ムツゴロウ」だそうです なんと!!さて吉野ケ里公園駅から博多へ戻ります車窓から見る水城の土塁博多駅の「博多めん街道」にある「一幸舎」さんへ「塩豚骨味玉チャーシュー麺」いただきます 食後はお土産購入へ駅周辺を散策中にみつけたハートの郵便ポスト ラブレター用かな(笑)2日目の吉野ケ里遺跡は知識欲的にはちょっと物足りなかったかも。次回は3日目、大宰府です。 他の記事はこちらから 旅歩きまとめ|匝 meguru|note 各地を見て歩いた場所の記録。 note.com #旅のフォトアルバム ダウンロード copy この記事が参加している募集 旅のフォトアルバム 36,927件 #旅行記 #旅のフォトアルバム #弥生時代 #吉野ヶ里遺跡 #甕棺 10 この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか? 記事をサポート