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何事も「軽くなる」と、動いていく?

こんばんは!

この「軽くなる」についてなのですが、
どういう事かと言うと
行動する際、
または考える際、
感覚的に質量を軽くするという意味です。

私も全くよく分からなくて、
教えてもらって、
実践して、
やっと掴める感覚になってきたんです。

例えば、
昨日書いた例のように
このnoteを書く事が何時間もかかると思うと
ちょっと「うっ!」と重たくなります。
嫌な感じはしないけど…
続けるにはしんどいなぁ。
そんな感じです。

でもその質量を軽くしてあげる。
じゃあこれが30分で書けたらどう?
そう思うと、すぐにでも書きたくなる。

つまり、質量を軽くするというのは
自分にとって
重たい、動けない、だるいということを
いかに動きやすい思考にしてあげるか、
ということです。

(ミラノちゃん、という大好きな方に教えてもらったことです。)

特に私は
「英語」に対してアレルギー反応がありました。
もう重すぎて、その言葉を聞くだけで身体が拒否しているのが分かるくらい、大嫌いだったんです。

もちろん、高校の頃の英語の成績は赤点。
どうしても、好きになれなかったんです。

しかも、です。
私はすでに10年近く海外生活をしているにも関わらず、
(英語が嫌いだから、絶対に海外なんていかないと思っていたのに…結婚を機にくることになりました…。)

英語に対しての拒否反応があるから、
日本人以外と関わると
途端に具合が悪くなるという
そんな日々でした。
(恐ろしいですよね、思い込みって。)

そして海外とはいえ、
日本人はどこにでもいるので、
日本人とばかりいるので、
海外にいながら英語が話せない現状を自ら作り出していたんです。

しかも
「海外に住んでいる」というと、必ず
「英語喋れるんでしょ?」という質問をされます。

それに対して、
何とも気まずくて、
恥ずかしくて、
余計に自己否定が強くなり、
なんて自分はダメなんだと落ち込んでいました。

なら、やれば良いのに…
と今なら思えるのですが、
あの頃は
やっても上手くいかない。
英語で話しかけても無視される。
全く頭に入らない。
覚えたことを使っても通じない。

その連続でいよいよ嫌気がさして
開き直ってしまったんです。

それが今回、
海外在住10年目にして、
「できるかも?!」に変わっていったんです!

それはこの「軽くする」という感覚を
採用して、
実践してみたからです。

そうすると、何が起こったのか。

コミュニケーションが途端に取れるようになったんです。
カタコト英語が、
流暢…とは言えなくとも、
ちゃんと伝わる!

それがあまりにも嬉しくて、
こうやってお伝えしています。

そもそも、
海外に住めば英語が話せる…
というのは妄想で…

日本人ばかりとつるんでいた私は
一向に英語力がつかなかったから、
それでももがいてはいたものの、
続かないから

いっそのこと、
主人と別れて日本に帰るか…と何度も思いました。

なぜなら、
そもそも日本が好きだったし、
海外への憧れは微塵もなかったし、
海外でやりたいこともなかったんです。

でも今思うと、
海外に住む良さを全くもって体験していなかったのです。

それがここに来て、
「誰とでも深い話がしたい!」という願望が出てきたんです。
そこから、です。
やりたいことが出てきたから、
この「軽くする」ということを通じて
英語に着手して
しかも続けられるようになってきたんです。

英語が話せると、
日本語だけ話せる場合と比べて、
10倍以上も
影響力、関わる人の数など変わってきます。


なのに喋れない、終わるなんて
もったいないですよね。

自分の思考や思想、伝えたい思いを持っているのに、
それを通訳や他者、AIなど、
何かを介さないと伝えられない。

そのもどかしさを
やっと感じ始めていたんです。

「伝えたい!」
それが根本の願望でした。

だから、
あれだけ苦痛だった英語が
むしろ今は話しかけたくなるし、
使ってみたくなるし、
文法に関しても、知りたい!と思う自分の変化に驚きです。

これって、
何か外側が変化したわけではありません。

内側の欲求を認めてあげて、
それを許可してあげて、
質量を軽くしてあげたから
やっとここまで来れたんです。

ここまで来ると、
行動するのに必要な情報が入ってきます。

あとはそれを淡々とやっていくだけです。

英語を使って
今日は誰と話をしよう。
今日はどんなことをしよう。

楽しみが増えて、
自分をまたひとつ好きになれたことが
嬉しいです。

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