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⑧ 舞台衣装家人生はじまる

フランスで舞台衣装家をしています、megumi です。

舞台衣装家をどのように志し、渡仏し、どんな舞台を手掛けて来たか。

思い出しつつゆっくりと綴っています。

前回までは。

舞台衣装家が天職と気付き、衣装家身分が確立されているフランスに渡り、インターンをしながら国家資格取得するまでのお話。

国立サーカス団の衣装制作

企業研修中にいくつかお声掛け頂いた中から、私が最初に選んだのは国立サーカス団の衣装制作。

あ、その前にダンスの衣装をやる事になって、"海外からの招待芸術家"として、ビジタービザを取得していました。

その後、このシステムは違う身分に変更となったらしいです。

話を戻します。

インターンでオペラバスチーユにいた時、アトリエはほとんど公務員さんだったんですけど、唯一フリーの衣装家さんがいて、彼女が新しく全てのデザインと制作を任される事になったので手伝って欲しいと声をかけられました。

丁度彼女は新しいアトリエを立ち上げたばかりで、今後私の進んでいく道を一歩先に体験している立場でしたから、一緒にお仕事出来て、本当に色々と勉強になりました。

サーカスも国立

フランスは、演劇や映画を“文化”としてとても大切にしています。
サーカスもそのうちの一つで、国立として手厚く保護されています。

日本のサーカス団も同じでしょうが、彼らは移動式住居に住んで、あちこちの街に絶えず移動してはテントを張って生活をしています。

私が参加した頃、団長の次男とヘアメイク担当だった女性が結婚する事になり、なんとヘアメイクから演じる側に転向した、初舞台に当たりました。

ロープ一本、何メートルの高さがあったのか…
登って行って、上の方で演じるんです。
数ヶ月前までは、メイクさんだった人がですよ。

国立サーカス団に生まれたらその後引き継ぎ、その配偶者も演者となる。

それが当たり前で、それ以外はありえない。
そんな世界に驚いたものです。

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