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きみのすきなうた


「聞きにいくことができないならこっちから届けに行く」
と活動しているバンドのライブが何度も何度も中止になっていたこの2年、長かった最後の緊急事態宣言が明けてようやく少しずつ動き出せるようになった先日、療育園のこども達のところに音楽を届けに行ってきた。

マイク、ピアノ、アンプ、必要な機材を山盛り担いで娘を学校に送り届けたあと、その足で演奏に向かう時間はワクワクする。少しの間「母親」を手放す、私の大切な時間。
医療的ケアの必要な重症心身障害を抱えるこどもの親二組で結成したバンドである私達、我が子達はそれぞれ15歳と19歳でもう随分と大きくなっていて、小さい子ども達のところへお邪魔するたびに
「ちっちゃい…かわいい…!車椅子もちっちゃい…ああかわいいいい…!」
我が子達が過ぎ去ったその時期のかわいさに何度も触れるたびにテンションが変な方向に振り切れ多分なにか幸せホルモン的なものがドバドバ出ていると思われる。

療育園などでの私達のライブは禁止事項を設けない。ステージとお客さんの境目はなし、立ち歩いても騒いでも泣いても寝ても出たくなったら部屋から出てもいいし楽器を触りにきてもいい、というスタイル。園の先生方とも相談連携して、こども達に怪我などだけはないように見守りながら自由に音楽を楽しんでもらうようにしている。

とはいえ対策なしではやんちゃなこども達のパワーの前ではどうにもならないので、床を這うシールド類はつまづかないように養生テープで貼り付けたり、アンプの各調整つまみ等の部分はええ感じにこども達が触れないようにケースの蓋を加工して隠せるようにしたり、目隠し用のカバーを作ったり、視線を散らす様に動物のシールを貼っていたり、あれこれ回を重ねるごとに対策を強化して本番を迎える。
演奏しながら膝の上にガンガン乗ってくるこどもの相手をしつつ88鍵の半分をこどもに奪われ使える音域の随分狭くなったピアノを臨機応変に使える範囲を使って演奏するのはもうお手のものだし、ピアノの横に置いてあるマイクスタンドが倒れかけたら足で押さえる。抱っこで両手が塞がりがちな肢体不自由児の親をやっていると足はもはや第三の手なので、これもまたお手のもの。

楽器の設置やサウンドチェック、ボーカルのゆきちゃんの声と、私のピアノと、声を合わせて、リハーサルを済ませて待っていると、先生や親御さんと一緒にこども達が入ってくる。
この瞬間がとても好きだ。
いつもと違う場所や状況にドキドキしている子、何か楽しいことがあるであろう空気を感じ取ってもうテンションが上がり始めている子、一体何が始まるのかともう泣きそうな子など、こども達の表情は様々でその様子をじっとみつめて感じ取る。

この日は後ろの方におかあさんに抱っこされて不安そうにしている子がふたりいて、一人の子は耳を塞いでいて、始まる前に先生のはじまるよ、の挨拶のときについに泣き出してしまった。
そのまま先生からバトンパスを受けて、ゆきちゃんと目配せをしながらいつもより少し優しめの声でマイクは離し気味で、ピアノは音量も音数も控えめに、こども達が療育園でいつも聞いているおなじみの曲から、演奏をはじめた。だいじょうぶ、やさしくうたうよ、たのしいことをはじめるよ、と話しかけるみたいに。
ピタッと泣き止んで、耳から手を離して聞き始めてくれた瞬間は心の中でガッツポーズなのだけど、ただ、耳を塞いでいる子たちがみんな「嫌」とか「うるさい」とかいうきもちかと言うとそういうわけでもなく、耳を塞ぎながら自ら演奏中の部屋に入ってきてごきげんに過ごし絶対離れない子もいたりする。

笑顔で前にどんどん出てくる子や走り回っている子もいれば、お母さんの膝から絶対に離れず表情もかたいんだけどよく見るとずっとリズムに合わせて手が動いている子や、真顔で体をゆらゆら音楽を感じてくれている子もいる。部屋の外でじっと耳を澄ませてくれている子もいる。
車椅子に乗った重度の障害のある子の表情がふとゆるむ瞬間や、笑顔がこぼれた時、心拍数が変動したり、呼吸をつけた子の呼吸回数が変わったり。
こども達は全身で音楽を感じて、私達にそれをかえしてくれる。

「普段聴覚過敏で音楽を聴くこともできなかった子が、初めて耳も塞がずに演奏を最初から最後まで聴けたんです!」
という嬉しい報告をいただいたことが何度かある。

音楽を好きになるはじめの一歩になれただろうか、私達の演奏で、その子の手を引くことができているだろうか?
見えているものや見えていないもの、こども達のサインをできるだけ見逃さないように会場中にいる子達全員に目を凝らし耳を澄ませて、それは音楽を通した私達演奏する側とこども達とのコミュニケーション。

こどもたちの好きなうたが、好きなことが、ひとつずつ増えて世界が広がっていくように、そのお手伝いができるように、楽器を担いでまた私達はどこへでも飛んでいく。

いただいたサポートは娘の今に、未来に、同じように病気や障害を抱えて生きる子達の為に、大切に使わせていただきます。 そして娘の専属運転手の私の眠気覚ましのコンビニコーヒーを、稀にカフェラテにさせてください…