山から村へとめぐる「水」が、食と暮らしの源野沢温泉村食卓会議 レポート
2023年8月1日。めぐるめく事務局は、全国各地から多領域の食農に関わるメンバーとともに、夏真っ盛りの長野県野沢温泉村を訪れました。
長野県の北東部に位置し、日本有数の豪雪地帯として知られる人口約3,000人の野沢温泉村。冬には国内外から訪れるスキー客で村全体が賑わいます。また、温泉街に点在する13の外湯(共同浴場)は、江戸時代から続く「湯仲間」という制度によって守られてきた、村の人たちの共有財産となっています。
今回のフィールドツアーでは、野沢温泉観光協会長の河野健児さんにコーディネートいただき、野沢温泉村の豊かな自然を活かして食に取り組む方々の活動場所を巡りました。
ゴンドラに乗ってブナ林へ...…野沢温泉村が誇る「水」の源がここに
村のどこを歩いても聞こえてくる、水の音。野沢温泉村では、村中の至るところで湧き水が流れています。一行が訪れた日は日差しが強く、気温30度を超える夏日。フィールドワークに出発する前に、湧き水に寄り道をすることに。キンキンに冷えた水を、手に掬って喉を潤す。顔を洗う。水筒に補充する。炎天下のなか、身も心も潤ってから出発です。
「野沢温泉村と言えば......?と聞かれると、だいたいの人が『スキー』『温泉』とおっしゃいます。ですが、より地域の暮らしに目を向けると、何よりの資源は『水』なんですね。生活飲料水としてはもちろん、食・温泉・エネルギー(小水力発電)など、暮らしのすべてが水によって活かされている。村の人たちは、大地の恵みである水と共に生きています」
では、この綺麗な湧き水はどこから来ているのか。その源を辿るため、長坂ゴンドラリフトに乗って標高1,650mの毛無山の山腹に広がる上ノ平高原へと向かいました。
今回は、およそ2.5kmの「ブナ林コース」をトレッキングしながら、野沢温泉村に豊かな湧き水が流れる理由を見つけていきます。案内してくださったのは、門脇秋彦さん。通称、きのこ博士・森の博士です。
林を進んだ先で、ブナ林と水にまつわる自然のサイクルについて教えてくれた門脇さん。
「スポンジのように何層にも重なった腐葉土を見てください」と、語りかけます。
「ブナ林は保水力が非常に高いため、林全体が水を多く含んでいます。山に降った雨水や雪解け水は、土や葉が重なってできた自然のフィルターを通り、ろ過されることによって綺麗になる。そこから湧き水として出てくるまでに30年、温泉として出てくるまでに50年という長い年月がかかると言われています」
冬になれば、一面が雪に覆われるブナ林。雪解け水も村の資源となり、一年を通して暮らしを支えているのです。また保水力の高いブナ林のおかげで、雨が降っても水がそのまま麓に流れることはなく、土砂崩れが起こりにくいのも特徴の一つです。
大自然のサイクルによって、村に豊富な水がもたらされている。そのことを身をもって実感したトレッキングでした。
湧き水からクラフトジン造りに挑戦!野沢温泉蒸留所
続いて向かったのは、村の中心地。2022年12月15日にオープンした『野沢温泉蒸留所』です。笑顔で出迎えてくれたのは、オーストラリアから野沢温泉村に移住し、地元の素材を活かした「ジン」と「ウィスキー」を造るため『野沢温泉蒸留所』を設立した代表取締役 Phillip Richards(フィリップ・リチャーズ)さんです。
リチャーズさんと野沢温泉との出会いは20年以上前のこと。友人との旅行で冬の野沢温泉村を訪れたことがきっかけです。それから何度も村に足を運び、スキーや温泉をはじめとする自然豊かな環境に惚れ込み、移住を決意。地域の人たちとの交流も深まり、「野沢温泉村の湧き水を使えば、きっとおいしいお酒が造れる。少しでも村の魅力を発信するきっかけになれば」と蒸留所の設立に踏み切りました。
「ここは元々、野菜や食材を缶詰にして保存をしていた歴史的な工場だったんです。改装を経て、蒸留所ツアー、テイスティング、クラフトバー、マスタークラス、ギフトショップなどを総合的な楽しめる施設に生まれ変わりました」
ここで一行は、4種類のジンを味わえるテイスティングをさせてもらうことに。「香りがすごい!」「種類によって味が全然ちがう......」など、驚きと共に笑みが溢れます。
「私たちが何より大切にしているのは、野沢温泉村の『水』のおいしさを最大限に活かすこと。大自然が育む地元の植物を余すことなく使うことです。どれも野沢温泉村の素材を楽しめるクラフトジンになっています」
今後はクラフトジンの他にも、シングルモルトウイスキーの生産も拡大していきたいと言うリチャーズさん。蒸留所内には、ウイスキーが造られる大きな蒸留スチルが。蒸留後3年間は木樽で熟成させ、販売まで保管されるとのこと。ここからどんなお酒ができるのか、今から楽しみです!
「生き方を耕す」LIFE FARMING CAMP 循環型のキャンプ場
お昼に差し掛かり訪れたのは、「生き方を耕す」をコンセプトに掲げる循環型のサスティナブルなキャンプ場『LIFE FARMING CAMP in NOZAWA-ONSEN』です。自給自足のキャンプを通じて、自然と共に生きる術を体験できます。
今回の案内人である河野さんも、発起人の一人。「ほとんどDIYで作った自慢のツリーハウスです」と、キャンプ場を案内してくれました。
森と共生するツリーハウスの佇まいに、感動する一同。生きている木には釘を打たずに木で固定する「サンドイッチ工法」を採用し、ありのままの自然を活かした設えになっています。宿泊者は、村の湧き水にまつわる歴史を学ぶブナ林散策や、農作業と季節の野菜収穫、採れたて野菜を使って作るアウトドアディナーも体験できるとのこと。
「電気は太陽光発電で蓄電し、水は湧き水を汲んでくる。生ゴミや排泄物はコンポストとして農園の肥料となります。よかったら、畑の野菜を見てみてください」
ここでツリーハウスの大きなテーブルを囲み、地元の食材を使ったお弁当をいただきます。森に溶け込んだ緑豊かな空間で、みなさんとてもリラックスした表情。水と山が支えるサスティナブルな食と暮らしの循環を、じっくりと味わったお昼のひと時でした。
地域外のメンバー・野沢温泉で活躍するメンバーのトークセッション
午後は、訪問メンバーと野沢温泉村で食をテーマに活動する方々が集まっての交流会、通称「食卓会議」を行いました。
今回は前半に地域外の参加者メンバー、後半に野沢温泉村で活動する方々がお互いのチャレンジを共有し合いました。まずは地域外のメンバーの活動について、プレゼンテーションを引用する形でご紹介します。
地域外のメンバー・トーク
70seeds・岡山史興さん/富山県舟橋村
70seedsでは、次の70年の世の中の“新しい当たり前”をつくることを目指し、ウェブメディアでの発信や企業のPR・ブランディング支援に取り組んでいます。
子育てのために移住をした富山県舟橋村では、農業と地域をテーマに、“子ども”をキーワードにカボチャのブランド化に取り組み、イベントを企画したりふるさと納税の返礼品にしたりと、地域資源の商品開発を進めてきました。
さらに私も含めて親たちが安心して子どもを預けられる学童保育をつくりたいという想いから、みんなで運営していく“みん営”がコンセプトの保育料無料の学童保育「fork toyama」も設立。子どもたちが庭の遊具を自分たちで作ったり、大人は併設するカフェでゆったり過ごせたり、地域のみんなが関わっていける学童保育の仕組みを築き上げていきたいです。
TETOTETO・井上豪希さん/東京都
私たち「食を中心に、ひとの暮らしの感度を高めるクリエイティブプロダクション」TETOTETOが、何より大切にしているのが、“わくわく”を原動力にプロジェクトを推進することです。
売れるもの・使われるものを作るために商品づくりをするのではなく、プロジェクトに関わる全ての人が、誇れるものづくりをしたい。商品を作った人の魅力を、正直に伝えていきたい。そんな想いで食を専門とした、プロデュース、クリエイティブ制作、商品・レシピ開発、飲食店や店舗の場所・空間の演出、販促・プロモーションを手がけてきました。
現在挑戦しているのは「レベニューシェア」による作り手・生産者さんとの新しいブランドづくりのあり方です。共感ベースで構成されたチームがわくわくしながらプロジェクトに関わり、全員で収益を生み出そうとする仕組み。わくわくは、いいものを生み出す力になると信じて、本当にクリエイティブを必要としている人の力になりたいです。
haccoba・佐藤 太亮さん/福島県南相馬市
かつて日本では、各家庭で地元の素材や植物を使って酒づくりを楽しんでいた時代があります。そんな自由な酒づくりこそが発酵文化の源流である。そう考えた私たちhaccobaは、「酒造りをもっと自由に」という想いで、ジャンルの垣根を超えた自由な酒造りを行っています。
拠点とするのは、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故により一度は人口がゼロになった南相馬市。震災以降、たくさんの農家さんが影響を受けました。地元農家さんたちのお米の味や生き様を、お酒を通して最大限伝えていく。それが私たちの考える"地酒"のあり方です。
福島の浜通りというフロンティアから自由な酒造り文化を広める。その想いを胸に、今後は海外での酒造りにも挑戦していきます。クラフトビールのような自由なカルチャーで日本酒を再編集し、今までにない体験をお届けします。
Huuuu・藤原正賢さん/長野県長野市
「Huuuu」はローカルとインターネットに強いライター・編集者中心のギルド的チームです。コンテンツ制作から場づくりまで、総合的な編集力を武器に全国47都道府県を飛び回っています。
メディア運営・記事の企画・出版事業はもちろん、長野市善光寺のすぐ近くにある店舗「シンカイ」やHuuuuの長野オフィス「窓/MADO」といった人々の交流が生まれる場の編集にも取り組んできました。
最近では、長野名物おやきの新たな発信拠点としてオープンした『OYAKI FARM(おやきファーム)』のクリエイティブ全般をプロデュースしました。多くのメディアにも取り上げていただき、運営元『いろは堂』の売り上げは1.3倍に増え、来場者数も28万人と大盛況。今後も編集のスキルを活かして、眠っている地域の魅力を言語化し、価値を再定義する事業を企てていきたいです。
クラブハウス美山・永田伊吹さん/新潟県糸魚川市
2023年2月に埼玉県から新潟県糸魚川市に移住をし、ワーキングスペース+図書室を主な目的とした多目的施設『クラブハウス美山』の運営業務に取り組んでいます。
学生時代から建築学を専攻し、都内の設計事務所で住宅の設計業務などを行ってきました。建物を作る側である私が、なぜ運営する側の業務に挑戦するのか。それは建築物を作って終わりではなく、社会に見過ごされた課題を再構築し、社会課題を解決するきっかけづくりまで行う建築家を目指しているからです。
地元の声を聞きながら運営をすることで、商店街とのコラボが実現したり、親子連れの来館者が増えたり、若者が主体となるイベントが生まれたりと、市民が交流する施設へと徐々に生まれ変わろうとしています。これからも新しい価値が生まれる糸魚川市の拠点にしていきたいです。
野沢温泉で活躍するメンバー・トーク
野沢温泉蒸留所・米田勇さん
私はイギリスで生まれ、日本に渡って8年間、茨城県でビールとウィスキー造りをしていました。野沢温泉蒸溜所とのご縁は、ある日「アドバイスが欲しいので、見に来てくれませんか?」と電話をもらったのがきっかけです。
家族で初めて野沢温泉に来たときに一番驚いたのは、村のどの場所にいても水の流れる音がすること。飲んでみるとすごく美味しく、感動しました。特にジンとウィスキーにおいて、水はとても重要です。湧き水のせせらぎを聞きながら「大地が生きている。この水でならいいお酒が造れる」と確信しました。
ジンは植物や果実など、さまざまな素材を使用できるお酒なので、地域の魅力を伝えるのにぴったりです。次は村の名物「野沢菜」を使ったジンが造れないか挑戦したいですね。
福田屋商店(ハウスサンアントン)・片桐健策さん
来年で100周年を迎える私たち福田屋商店は、ホテル ・レストラン ・ジャムファクトリー(ジャム、ジュース、野沢菜) ・カフェ ・レンタルスキーなど、多岐に渡ったサービスを野沢温泉村で運営してきました。
大切な家族や子供に自信を持って食べさせられる安心安全な食を提供したい。その想いから、無添加・手作りの食品を提供することにこだわり続けてきました。これからは生産者の顔の見える、エシカルマーケットを野沢温泉村で開催したいです。どんな人が無農薬で野菜を育てているのか、どんな想いで野菜を栽培しているのか。食を通じて地域内外の人がつながる場を目指しています。
野沢温泉村のメインストリートである大湯通りの地酒専門店『富屋酒店』と、無添加の自家製野沢菜漬けを販売する『野沢菜本舗』を経営しています。富屋酒店では地酒、地ビール、地ワイン、ウイスキーなど取り揃えており、もちろん野沢温泉蒸留所さんのジンもお取り扱いしていますよ!
無添加の自家製野沢菜漬けを販売する『野沢菜本舗』を立ち上げたきっかけは、娘のアトピーでした。毎日必ず食卓にあるものが無添加ならば、家族全員が安心して食事ができる。そんな想いから、祖母が漬けた昔ながらの野沢菜漬けをヒントに商品化することに。有機農業に精通する小祝政明先生の提唱するBLOF理論を用いて、土壌分析をしながら健康な野沢菜作りにチャレンジしたのです。
目指すのは、野沢温泉村に伝わる歴史ある食文化を100年先に継承していくこと。子ども・孫の世代が、地元で笑ってお酒を酌み交わせる未来を残せたらいいなと思っています。
一人ひとりのプレゼンを終え、交流タイムに突入!ざっくばらんな雰囲気でグラスを片手に今日の感想をシェアします。
「自分の地域でも、レベニューシェアの仕組みを取り入れたプロジェクトをやってみたい」
「みなさんの情熱や想いを聞けて、とても刺激になった。自分たちももっと頑張っていかないと」
そんな声が会場のあちこちから聞こえてきました。お互いの考えや価値観を知ることで、新しいアイディアが生まれたり、気持ちに変化が起きたりとポジティブな化学反応が起きているようです。
野沢温泉食卓会議をきっかけに、新潟県糸魚川市では地域活性化の動きが活発化しているそうです。ここで生まれたエネルギーが、全国へとまた拡がっていくのがとても楽しみです!