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書籍紹介『見えない私の生活術』

『見えない私の生活術(新納 季温子)』という本の紹介です。

最近はnoteで視覚障がいや特別支援関係の本を紹介することも増えてきました。

初めて紹介記事を書いたのは『いまのあなたで大丈夫!全盲ママが伝える繋がる子育ての魅力(西田 梓)』という本ですが、その記事を書きながら、全盲の女性が生い立ちや家庭生活のことを描くというよく似た内容のこの本のことを思い返していました。

残念ながらその当時は盲学校を転勤した後で、転勤前に視覚障がい関係の書籍をいくつか寄贈しており、この本もその寄贈した一冊で僕の手元にはなかったので、「いつかもう一度読んでから紹介したいな」と思っていたのです。

この夏に盲学校を訪れる機会があり、無事にお借りできたので笑、この本を紹介できることになりました。ちなみに著者の新納季温子さんとはお会いしたことはないのですが、共通の知り合いが何人かいて勝手に親近感を覚えさせていただいています笑。

見えない私からあなたへ

クリエイツかもがわのホームページから、この本の紹介と目次を引用します。

視覚障害のある人が何を感じ、どう生活しているか…
仕事、家事、育児などのエピソードから、歩く、食べるといった日常生活は、見えないとどんな様子であるのかが伝わってきます。
各章の後半は、ご主人が質問をし、著者が答える対話形式。著者は、なぜ、そんなあたりまえことや、ささいなことを聞くのだろうと思ったそうですが、そんな率直な問いが、私たちに「見えない世界」を見せてくれます。
「自分の努力で何とかなることと、助けてもらうとうれしいことがある。見えない世界を知ってもらい、暗いイメージや近寄りがたい存在ではなく、普通の人であれたら」
【もくじ】
1 白杖と口で怖いものなし?
一人歩きを始める/許せないこと/恐怖の一瞬/安全に歩くには/対話その1
2 支えられて楽しむショッピング
アテンダントサービス/良いものを選ぶには/対話その2
3 子育てあの手この手
娘の誕生/育児の工夫/イギリス暮らし/大きな事件/
その子なりの成長/娘の名前/娘と遊ぶ/対話その3
4 私のおすすめクッキング
憧れのスゴ腕お姉さん/焼きナスをつくる/アバウトが料理のコツ/
ちょっとした工夫/酒レンコン/対話その4
5 エレガント?においしく食べる
見苦しくない食べ方って?/箸は奥が深い/対話 その5
6 旅の楽しみいろいろ
友との旅/私の旅の楽しみ方/対話その6
7 広がる文字環境
点字の歴史/一年遅れて学校へ/点字のカルタ/
かさばり高価な点字辞書/便利な情報機器/対話その7
8 どんな人が好き?
イケボイス/私の場合/対話その8

紹介されているように、著者の新納季温子さんの体験してきたエピソードとそれに関連した夫の泉さんとの対話という形式でいろいろな暮らしのエピソードにまつわる各章が進んでいきます。

ショッピングや子育て、クッキングから旅やイケメンならぬイケボイスまで、ひろーいエピソードから夫婦のありのままの対話を通して見えない世界へのイメージがどんどん広がっていきます。

いくつか印象に残った場面を紹介します。

唐突に突きつけられる自立に向けたお説教

冒頭にある、著者が盲学校中学部時代に社会の授業で唐突に言われた場面です。

 中学部二年生になった。私が楽しみにしていた歴史の授業が始まろうとしていたが、突然先生のお説教に変わった。「おまえらは人に頼りすぎや。甘えとる。中学生にもなって、誰も学校まで一人で来られん」と、私たちが自立できていないことを、手きびしくこんこんと指摘された。問答無用の、あまりに一方な先生に怒りが込み上げてきたが、悲しいことに言われることはすべて事実だった。先生は最後に、「おれにこんなこと言われてちょっとでも悔しいと思うんやったら、一人で学校まで来れるようになってみろ。親はいつまでも生きてないんやぞ」と、徹底したダメ押しである。これでもか、これでもかと現実を叩きつける先生と、今まで他人に頼ってばかりいた自分に腹がたったが、一言の反論も弁解もできなかった。

この後に新納さんは、親に内緒で自宅から学校への自力登下校にチャレンジしていくのです。そのために、いままでのおしゃべりしながらのんきに楽しく手引きされていたのから、無口になり、飲食店の匂いやそこから聞こえてくる音楽、工場の音、ちょっとした空気の動きなどを目印に、道順を覚えるための手がかりにして探しながら歩くようになります。

そのエネルギーには驚かされますし、そんな新納さんの在り方についても後で考えたいと思います。

ただ、その先生の言葉に同じ社会科教員の自分はいろいろと考えてしまいます。

もちろん今と当時で障がいに対する考え方は違いますし、昔のように障がいの克服をすべて個人に求めるのは間違っていると思うのですが、一方で自分でできることを増やしていきたいという想いを子どもたちに持ってほしいとも思うのです。

もちろん全てを子ども一人がするというのではなく、周りの関わりや適切な環境調整も含めた上での話だと思いますし、子ども一人ひとりによってゴールは異なるのですが。

失敗エピソードの数々

本の中では赤裸々な失敗エピソードも紹介されています。

●夫のいる岡山で買い物に出かけた帰り道、荷物の重さと暑さでふらふらになり、曲がり角に気づかず通り過ぎたときに用水路の中に落ちてしまった。

●小学生だった娘の遠足のお弁当に使おうと、ある店の店長に案内きてもらって購入した好物のブロッコリーだったけど、帰ってきた娘から「今日のお弁当のブロッコリー、黄色かったよ。おいしくなくて食べられへんかった」と悲しそうに言われた。

●イギリス生活中に娘を寝室のベビーベッドに置いたまま、鍵や財布や白杖を持たないまま外に出てオートロックの扉が閉まってしまい、パニックになりながらも周りの人に助けを求めて、最終的に金槌でガラスを割って入った話(通報があってきた警察官も納得してし、修理代は海外旅行保険で戻ったそう)。

●お酒とお酢を間違えて酢れんこんのつもりがしゅれんこんを作ってしまったり、ほうれん草のおひたしに間違えて浅漬けの素をかけたり。

●ヨーロッパで飛行機に乗るときに荷物検査でブレイルメモが4回も引っかかって、別の部屋まで連れて行かれて調べられた。

でもそんな失敗エピソードが、見えない世界ってどんなものなのかを気づかせるきっかけみたいなものになっているんですよね。

夫婦の対話

各章末にある、季温子さんと泉さんのありのままの対話は読んでいる僕たちの理解を深めてくれます。

その内容は多岐にわたります。

折りたたみ白杖は奇数に折れるのがいいことや、触地図、点字ブロック、トイレ、アイルランドのスーパーや育児、イギリスの救急車、子どもの服選び、理想の台所や簡単レシピ紹介、苦手な(食べにくい)食べ物や生徒たちのデート練習、全盲旅行ツアー、読書環境や日常の点字などなど。

気になる内容が盛り沢山ですよね。

そんな二人の掛け合いを通してリアルな視覚障がいの方の生活や声、「もっとこんな風になったらいいのにな」がよくわかるのです。

「なんとかなるし、楽しいよ」

いろんな失敗談や悲しくなる話もあるのですが、季温子さんの気の強さと「なんとかなる!」というモットーがあるから読んでいて前向きになります。

1度目に読んだときに見つけた「なんとかなるし、楽しいよ」という言葉がとても印象に残っています。この言葉があるから、季温子さんは学校も旅行も、家事も、育児も、海外の生活も乗り越えられてきたのでしょうね。

季温子さんに育児の相談をした盲学校の教え子や、この本を読んだ見えない・見えにくい方は、その「なんとかなるし、楽しいよ」という言葉に背中を押されるんじゃないでしょうか。

もちろん季温子さんはその際に役立ついろんな工夫や方法、助けてもらって嬉しかったことを教えてくれます。それが、そのままダイレクトに伝わるからこそ、読んでいる僕たちは見えない世界に想いをはせるのです。


そんな見えない世界を教えてくれる本の紹介でした。

はじめにで書かれているように、見えない世界への理解が進むために、即効ではないけれど、じわじわと効いてくる穏やかなサプリのような役割を果たしてくれる本です。

気になった方はぜひ読んでみてください。



表紙の画像はAmazon.co.jpより引用しました。