盲学校からの発信「見えない子はどうやって漢字を学んでいるのか」
盲学校からの発信ということで、今回は盲学校での漢字指導の一例を紹介していきます。
盲学校の子も漢字を勉強しています
盲学校は目の見えない子が通う学校というイメージがあると思います。ですが、文字(見える僕たちが読む文字を盲学校では墨字と呼びます)を目で読むことが難しく点字を使用している子(いわゆる全盲と呼ばれる子)もいれば、文字を拡大するなどして読んでいる弱視の子もいます。
下は弱視の子が使用する拡大教科書の画像です。それ以外にも便利な筆記用具などを活用しています。興味のある方はこちらの記事をどうぞ。
(画像は東書Eネットより)
弱視の子たちはもちろん漢字を勉強します。皆さんと同じ内容の教科書(分厚くて重いのですが…)で学び、同じ内容のテストを受けるのですから当然です。
ただ視力や視野の問題(漢字の線がぼやけて見える、一部分が欠けて見える、一部分しか見えない)から、漢字には苦手意識を持っている弱視の子は多いのです。
(画像は記者撮影より)
それなのに間違えると「ちゃんと見てるの?」と言われたり、何度も繰り返し書く練習方法が合わずに漢字が嫌いになってしまうことも珍しくありません。
漢字もそうですが、ビジョントレーニング(見る力のトレーニング)が有効な場合もありますし、プリントのフォントなどの配慮が必要な場合もあります。僕の関わった弱視の子の中には、ビジョントレーニングの点つなぎを繰り返すことで棒が多い少ないなどのミスがなくなり、また一度に写書きできる容量が増えた子もいました。よければそれぞれ記事をのぞいてみてください。
なぜ全盲の子にも漢字が必要なのか
では点字を使う全盲には漢字が必要ないのでしょうか?
通常の点字には漢字はありません(漢字を表す漢点字はあるのですが、なかなか難しくあまり普及していません、盲学校の教科書でも取り扱っていません)。なので点字を打ったり読んだりするときには、同音異義語でも同じ表記になります。
(画像は記者撮影より)
じゃあ漢字は必要ないのかというとそうではありません。最近では音声を使ってパソコンやスマホを使って文書を書いたり、メールを読んだり、LINEでメッセージ送ったりできます。そんなときに漢字が必要になるのです。
キーボードを使ってローマ字で入力しても、「漢字の変換」が必要になります。見えている僕たちは変換候補の漢字を矢印キーやマウスで選択しますが、全盲の人にはそれはできません。どうするのかというと「音声でどの漢字かを選ぶ」のです。
音声ソフトによって異なりますが、例えば「安」なら「安心のあん」のように読み上げられます。逆に言えば、漢字の訓読みや熟語を知っていないと適切な漢字に変換できないのです。
口で言えれば漢字は書ける!ミチムラ式
そんな盲学校で漢字学習に取り組まれたのが、元横浜市立盲学校の道村静江先生です。
字は部品の組み合わせで構成されていることを多くの日本人が知っています。しかし、ほとんどの日本人は書く以外の方法で漢字の形をうまく説明できません。
たとえば2年生で習う「教」は「土・ノ・子・攵」と4つの部品に分解できます。「攵」には「のぶん」という部首名があり、「攵」の形と名前さえ覚えれば「教」の書き方は「つちのこのぶん」で表現できます。
部品の組み合わせ方を何度か唱えれば、漢字のカタチを頭の中でイメージできるようになり、何度も書き写す練習をしなくても書けるようになります。「ノ」はカタカナ、「土」も「子」も1年生で習う簡単な字です。「教」の一字を何度も写し書きして練習するより簡単に早く覚えられます。
漢字が苦手な子どもにとって、漢字一字の形を記憶するのは簡単ではありません。しかし、漢字をいくつかの部品に分解してあげることで、漢字はとても覚えやすくなります。このようにして小中学校の9年間で学ぶ常用漢字2,136字すべてを必要最小限の部品に分解し、すべての漢字を唱えて覚えられるようにしたのがミチムラ式漢字学習法です。
(ミチムラ式漢字学習法より)
漢字を苦手な弱視の子(繰り返しドリルをさせてもやる気がなくなるだけ)や漢字を知らない全盲の子にどうやって漢字を教えるのか。
道村先生が考えた結果が、漢字を構成する部首などの部品を覚えて、その組み合わせで漢字の形を覚える方法でした。
これは視覚障がいの子だけでなく読み書き障がいの子や漢字を書いて覚えるのが苦手な子にも有効な方法でした。
また音訓読みだけでなく、パソコンなどの音声読み上げで使われる読み方をタイトルにする、熟語などを教科書を先取りして確認し、漢字のイメージを広げるなど工夫されました。
僕は先生の研修を受けたことがあるのですが、先生の授業動画では、全盲の子も「その漢字がどんな形をしているのか」を聞かれると、口々に部品の組み合わせや使われている熟語を言っているのです。はっきり言って衝撃でした。
そうして完成したのが『視覚障害者の漢字学習』(小学校1〜6年、中学校編、常用漢字 総索引集)です。漢字の形な成り立ち、読みや熟語が点字や点図でわかるようになっています(弱視の子用のものもあります)。
(画像は点字学習を支援する会より)
道村先生の取り組みは、一般小学校でも成果を上げ、その内容は『口で言えれば漢字で書ける!』という書籍になっています。またミチムラ式漢字学習法のサイトを立ち上げられ、ミチムラ式漢字カードを販売されています。
(画像はミチムラ式漢字学習法より)
いくつかの書籍も出版されています。
他にもあるよ漢字学習法
ミチムラ式以外にも、見えない、見えにくい子に有効な漢字学習法はあります。
一つは『唱えて覚える下村式』です。本も販売されています。
(画像はAmazon.co.jpより)
(画像は絵本ナビより)
こちらは漢字の書き順を唱えて覚えるというものです。例えば牛なら、「(カタカナの)ノに、よこにほん、たてながく」と言った感じです。
また弱視の子などが漢字を繰り返して書くのが苦手になっている場合は、書く以外の方法で漢字の形を覚えることも有効です。
例えば手芸用のモール(細い針金などでも可)、ジオボードと言われる棒付きの台に輪ゴムを使う、ペグボードという棒を挿すものなどで漢字の形を再現するなどです。
(画像はAmazon.co.jpより)
(画像は図書文化より)
このように漢字を覚えるにしてもいくつかの方法があり、僕たちが通ってきたひたすら漢字ドリルを繰り返すことだけが正解ではないのです。
いろんな方法を試してみよう
盲学校での漢字学習方法の紹介どうでしたか。僕自身が漢字や英単語を覚えたり、進学塾で講師のアルバイトをしていたときには、①書いて覚える(筋運動感覚を使う)、②見て覚える(視覚情報を使う)、③聞いたり読んだりして覚える(聴覚情報を使う)、④成り立ちや例文を使って覚える(エピソードや理屈を使う)など自分の得意な方法を使ったり、複数の方法を組み合わせていました。
この記事でいくつかの方法を紹介しました。
部品の組み合わせで覚える方法(ミチムラ式)、書き方を唱える方法(下村式式)、モールやジオボード、ペグボードを使って形を覚える方法などのどれか1つが誰にでも有効という訳ではありません。
みんなそれぞれに得意な方法や苦手な方法があり、自分に合った方法を知り、選択することが大切なのだと思います。
漢字が苦手な子が、漢字ドリルの繰り返しで覚えられないのは、その子の努力不足ではなく、トレーニングの方法が合っていないことが原因なのかもしれません。
まとめ
子どもに教える立場の僕は、いつもできない子、苦手な子に出会ったときに「何が原因なのかな」と考えるようにしています。漢字が苦手なのは、見えないからか、線の重なりや本数を認識するのが苦手なのか、不器用なのか、耳で順番に聞く方が得意なのか、などなど。いろいろ原因を考えると具体的な手立てが浮かんできます。
そうしていろいろと試して行く中で、その子がチャレンジできる方法を探っていくのです。
子どもができないのは努力不足ではなく、方法があっていないだけかもしれません。
今回紹介した盲学校での漢字学習が、もしかしたら、ひたすら書いて覚える方法につまずいている子有効かもしれません。よければいろいろと試してみてください。もしそんな子たちの役に立てれば幸いです。
参考にしたサイト•書籍
⑤「読み書きが苦手な子もイキイキ唱えて覚える漢字指導法(道村静江)」
表紙の画像はミチムラ式漢字学習法オンラインショップより引用しました。