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テスト革命

僕、けテぶれの最も偉大な功績は「テストの価値を広めた」ことにあると思ってて。どういうことかというと、多くの先生にとって「テスト」は「成績をつけるための道具」だったんですよ。だった、と書いたけど、今でもそう思ってる先生は現場にたくさんいて。

でも、テストってそうじゃないだろうと。

その子は、「何ができて、何ができないか」とか「どこまで分かっていて、どこから分からないか」など、それらを可視化するためのツールがテストだろうと

評価のためのテストは「先生のため」のもの。でも、学びの可視化のためのテストは「児童のため」のもの。

この二つの差はとても大きくて

特に僕は今年度、学びにおける子どもの主体性を存分に認める様な実践をしたくて

でも、40人の子供がそれぞれに主体的に学ぶということは、教師のコントロールから離れてしまうわけで

いや、本当は別にコントロールしなくてもいいとは思っているんだけど、保護者からすれば「うちの子ども、テストで0点だったんですけど!」って事態になれば怒り心頭になる気持ちはよくわかるので、一定の学びのコントロールは必要という立場です。

そのためにテストを活用したいなと。テストが20点だったら、「あー、ここが分かっていないのね」って教師と子どもと双方が理解できる。自ずと支援の方法も決まってくる。「可視化」って大事。

テストは何回やってもいいのよ。成績はテストだけではつけません。学びは一発勝負のテストなんかで評価できない。もっと、連続した営みなの。

テストを繰り返しやる様な「粘り強さ」は十分に評価に値します

子どもの学びを様々な側面から見てあげて評価する、そんな形成的評価が求められる時代に、さぁ、皆さんもテスト革命をしようじゃありませんか。