エピソード1:フラッペがこぼれる前に 


「コレ飲んでみたいな」

コンビニでは滅多に買い物をしないというキミが嬉々として選んだのは、冷凍ストッカーの中に並んでいるチョコレートのフラッペだった。

ほほう、フラッペときたか。

キミとは対照的にほぼ毎日どこかしらのコンビニで何かしらを買っているコンビニ中毒者のボクだけど、フラッペを買ったことはまだない。

まして、そのキンキンに冷えて固まっているフラッペにどのような手を加えたら、吊り下げられたポップの写真みたいなツヤっとしたテカッとした良い感じのスイーツになるのか想像も出来ないのだけど、目をキラキラさせたキミの期待を裏切ることなんて出来やしない、出来やしないよ。

さっきのランチ代は出してもらったしここは私が払うねと言うキミを、ボクはさっと制する。

スマホやら定期券やら色んなところに電子マネーをチャージしているボクは、その中から定期券を選んでフラッペと自分のコーヒーの支払いを済ませた。

定期を買ってるポイントが勝手に貯まってて、使わないと期限が切れちゃいそうで。

ボクはそう言って、懐が痛む出費ではないことを殊更にアピールした。
キミから聞きたいのはごめんねじゃなくてありがとうだから。

「わーい!ありがと!たのしみー♪」

イエス!
ボクの大好きな、ちょっとはにかんで目をきゅっと細めた満面の笑みとありがとをゲット!

フラッペを嬉しそうに大事そうに両手で持ちながら、キミはたくさんのパネルが並んだコーヒーマシンをしげしげと眺める。

「あったあった!フラッペ用だって!」

お目当てのおもちゃを見つけた子供みたいに嬉しそうな声を上げたキミは、ささっとフラッペ容器のフタを開けてマシンを起動させた。このカッチカチのフラッペにどんな魔法を施して美味しそうなスイーツに変えてくれるのか。正直ワクワクが止まらない。

ゴボゴボとマシンが音を立て、そして少しの沈黙。そのあとにまず少量のお湯が注がれて、矢継ぎ早にスチームミルクも注がれた。

なるほど、フラッペにはお湯とミルクが入るのか。ほうほう。

初めてのフラッペ体験に少なからず心を躍らされたボクは、熱心にマシンを観察しながら横目でチラチラとキミの様子を伺う。

ん?
ちょっとソワソワしている?
同じく初めてのフラッペ体験にワクワクしているのかな?

ボクの気が少しそぞろになっている間に、マシンが出来上がりの音を告げた。

え?
もう完成??

キミはいそいそとフラッペを取り出して、その感触を確かめた後に一言呟いた。

「アレ?なんか‥固い」

完成したはずのそのフラッペは確かにまだかなり固そうで、ポップの写真とは似ても似つかない。ストローでうまくかきまぜることも出来ないその様子はまるで固形糊のようで、申し訳なさそうに甘い香りを漂わせてはいるものの、見るからに美味しそうという点ではそのポテンシャルを発揮するに至っていない。

かき混ぜることを一旦諦めたキミは、フラッペの容器に書いてある注意書きをじっと見つめた。

次第に綻んでくるキミの顔。笑顔。

「フタを開ける前に、先に手で揉まないとダメなんだって!」

そう言ってキミはボクにフラッペを渡してから続け様にこう言った。

「ちょっとお手洗いに行ってくるね。よろしくー♪」

あ、それでソワソワしていたのね。
合点がいった。

受け取ったフラッペを大事に両手で持って、ボクはそっと容器を揉み始めた。

ほんとはミルクを注ぐ前に揉まないといけないのよ、ミルクが入ってから揉むなんてルール違反よと言わんばかりにフラッペの中身は微妙な温度と手応えを示している。
とは言えやっと正しい状態に近づいてはいるので、フラッペ自身もホッと胸を撫で下ろしているには違いなかろう。

おや?
ストローの様子が‥。

しっかりと奥まで差し込まれたストローの中には、少しずつ上へ上へと上がろうとしている溶けかけのフラッペの姿が。

このままの状態で容器を揉み続けると中身が飛び出してしまいそうなので、揉みつつ休みつつストローを抜いては刺してを繰り返し、固まっている個体を削り取るようにして少しずつほぐしていたら、ストローの中には更にフラッペが入り込んできてしまった。そして削り取るほどにその中身はストローをグングン上がっていき、今にも先っぽからこぼれそうなフラッペ。

どうしよう。

キミがまだ口を付けていないこのストローを躊躇なくパクッと出来るほどには、ボクはキミの気持ちを推し量れていない。それをしたところできっとキミは気にしないだろうし、何も言わずにそのままそのストローを口にするとは思う。でも。

これまでのあれこれや今の距離感を考えると大丈夫なはず!としきりに心の中で言い聞かせるものの、いきなり始まった試練を前に一歩を踏み出す勇気が持てない。情けない。

そんな葛藤の中でもフラッペは当然のようにストローの中を上昇していく。フラッペを削る作業は止めているのだけど、容器を持つボクの手の温もりがフラッペに伝わって圧力となり、その圧力が逃げ場を求めてストローの中のフラッペを押し上げているのだろう。

ついにストローの先からフラッペがこぼれ出した。オロオロするボク。

その様子を見て笑いながら近づいてくるキミ。
ちょっとイタズラな様子がありありと浮かんでいる。

「飲んでくれてていいのにー!」

そりゃね。
自然と出来るもんならそうしてるわい。

若干バツが悪くなったボクは、照れを隠すように目を逸らしながらフラッペをキミに渡した。

フラッペを受け取ったキミはすぐにストローを咥えてチューっとひとくち。

「んまい〜♪」

こぼれたフラッペがついたストローを持って必死にかき混ぜて、指についたフラッペをペロり。ちょっと恥ずかしそうにこっちを見て、お行儀悪い?と目で尋ねてくるキミに、ボクは笑いながらさっきレジでもらったウェットティッシュを差し出す。

あぁ‥。

こういうところを見せられると、ほんとに困ってしまう。

絶賛フラッペ堪能中のキミを車に戻るよう促して、今度のボクは手慣れた手付きでマシンにコーヒー用の紙コップをセットした。

キミがコーヒーを飲めないことは知っているので、自分用に砂糖は無しでミルクを2つ入れて、そそくさとボクも車に戻った。

運転席では相変わらずフラッペを揉みながら飲みながらのキミが、コーヒーを片手に少し大人ぶりながら助手席に滑り込んだボクを満面の笑みで迎えた。そして開口一番。

「さっきは面白かったー!」

‥何のこと?

クールな佇まいを醸し出す大人なボクは、キミの言葉にワザときょとんとしてみる。

「フラッペを手に持ってオタオタしてる大人が面白くって。わざとゆっくり近づいちゃった。」

そう言いながら、キミは飲みかけのフラッペをボクに差し出してひと口どうぞ。
その促しを受けて、ボクはやっと安心してフラッペに口を付ける。

ボクも一応キミにコーヒーを飲むか聞くけど、キミは当然のようにいらないと言う。

甘いフラッペを一口飲んでから、苦いコーヒーも一口。

ボクはその味よりも、キミの心の裡から微かに漂ってくる仄かな甘さと、自分の中にしっかりと根を張っている確かな苦さの両方を感じざるを得なかった。

そんなボクの気持ちなんぞ知らぬ存ぜぬのお構い無しに、キミはこう続けた。

「あー楽し♪なんだか幸せな時間だね。」

この気持ちをどうしたものか。
嬉しくもあるけど苦しくもあって。
どこに行き着けば満ち足りるのか。

そんなことをグルグルと考えながら、ボクはふとこの気持ちを書いておきたいと思った。


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