エピソード9:ちょこっとの時間に

「明日の夕方に、ちょこっと会えたりする?」

冬の寒さがピークを迎える2月の中頃。キミからの連絡がないままにこの時期を迎えたボクは、期待してはダメなのかなとだいぶ諦めていた。

でも約束してくれたしなぁ‥。

悩んだ末に思い切って連絡してみたら、予想外にキミからの明日のお誘いだった。

全然大丈夫。
ちょこっと会える。

「今週ずっと忙しくて、でもせっかくなら当日に渡したいなぁと思ってて。ちなみに今まさに作ってるところなんだけど、もしかして見てた?」

見れるもんなら見たいし、ずっと見てたい。

返事に困る時のキミからの反応は、大抵笑ってる絵のスタンプ。笑わせるつもりは無いんだけどな。

待ち合わせの場所はキミの実家のそばのコンビニ。ここで待ち合わせるのはいつ振りだろうと遠い過去に思いを馳せていたら、相変わらず目立つ装いの車を駆ってキミがやってきた。運転のワイルドさもいつもの通り。

一つ別の車を挟んだ駐車スペースにキミは車を停めた。そそくさとその助手席に乗り込むボク。

普段キミと会う時の第一声はいつも同じで、元気?とボクが訊ねる。キミは決まって「元気!」と応えて、晴れて良かったねとか暑っついねとかの何でもない会話をそのまま始めるのだけど、この時に限っては何故かその言葉が出てこなかった。

ちょこっとの時間のちょこっとの沈黙。
その後に、キミがチョコを渡してくれた。

「美味しくなかったら捨てていいからね!」

ボクがそんなこと絶対にしないのは分かってるだろうけど、キミなりの気恥ずかしさもあるのかなぁとか勝手に想像してみたり。

キミがくれたのは2種類のお菓子で、しっとりとした生地に少し甘みを抑えた大人味のフォンダンショコラと、メレンゲやチョコやプレーンの味がコップいっぱいにたくさん入ったクッキーだった。

嬉しさを噛み締めるのに精一杯で、ありがとうというだけで精一杯で、いつもみたいな軽口が続かずについついそっぽを向いてしまうボク。

それを察したキミが、イタズラにボクに言う。

「ハグでもしておく?」

そうしたいのは山々だけど、時間もちょこっとしかないし気恥ずかしいし、隣りに停まってる車には人が乗っている。

じ、時間も無いし今日はやめておく。

ふふっとキミは笑って、少しだけ手を握ってからその日はお別れした。



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