エピソード11:トラブル続きのその後に

「急に電話してごめんね。ちょっとトラブルが起きちゃって‥」

寒さの緩みと引き換えに、花粉の襲来に怯えながら日々を過ごす3月の中旬。
朝の通勤電車に揺られていたら、珍しくキミからの着信が。電車の中で出られなかったので、LINEで様子を訊いてみた。

どうやら家の電気系統にトラブルが起きたみたいで、急いで電気屋さんを手配しているけど、何時に対応してもらえるのかがまだ分からなくて、今日の予定はキャンセルかも‥とのことだった。

ちょこっとの時間としか会えなかったバレンタインのお返しの日の今日は、朝に軽く仕事をしてから有給を取って、たっぷりと遊ぶ予定だった。

「出来ることなら別の日にしたいけど、急だしお仕事もあるからそうはいかないよね‥うぅー‥」

半ばパニックに陥っているキミを落ち着かせて、とりあえず電気屋さんの手配が済んだらまた連絡を下さいと伝えた。
この日は朝の電車が遅れていて、ボクも会社に遅刻することが確定していたので、想定外に色々とプランの練り直しを迫られることとなった。

無事会社に遅刻して社長に平謝りしつつ、バッサバッサと事務仕事を終えてから会社を出ると、ちょうどキミから連絡が。

「電気屋さんがもうすぐ来てくれることになったよ。今日はどうしようか?ホントにごめんね‥」

会える会えないよりも、取り敢えずトラブル対応の目処が付いたことに一安心したボクは、遊ぶ時間は取れなくてもいいから渡すものだけササッと渡したいとキミに伝えた。

「じゃあ修理が終わりそうになったら連絡するね!」

ボクの方も遅刻があってどのみち当初の予定通りには進まなかったので、今日はそういう日なんだと頭を切り替えて、連絡が来るまで1人でのんびり過ごすことに決めた。

そわそわ。そわそわ。

いつのタイミングで連絡が来るか分からないので、そわそわしてしまってのんびりどころでは無かった。時間の多寡に関わらずお返しを渡すために会いには行くつもりなので、キミの家の近くで待機してようと決めて向かった矢先、キミからLINEが。

「お昼前くらいには終わりそう!ご飯まだだったら一緒に食べよ?」

そわそわから一転イソイソとキミの家の近くまで行って軽やかに合流。
キミからの提案で駅近のテナントビルの1階に入ったお蕎麦屋さんに行くことになった。

「前からすごく来たかったの。家族で来るような雰囲気のお店でもないし。」

嬉しそうに話すキミをまじまじと見ながら、あんまり会話が頭に入ってこない。
明るい色から黒髪に変えて、すっかりと雰囲気が違うキミを正面からじっと見ていた。

見とれていたという方が近いか。

「自分ではあんまり似合ってない気がしてるけど、そう言ってもらえるなら嬉しいな♪」

ひたすら黒髪を絶賛するボクに、はにかみながらキミは応えてくれた。
服装も普段より元気控えめの上品さ盛りで、肩にボリュームが付いたニットの下で揺らめくロングのスカート。
会うたびに色んな顔を魅せてくれる。

お店の雰囲気とか、ほどなくして運ばれてきたせいろそばと海老天丼の味とか、隣りの席に座っている年齢高めの男女の深刻そうな会話の内容とか、書きたいことはいっぱいあるけど今日のメインはキミの黒髪の素敵さに決まってしまった。

帰り際にお返しのプレゼントを渡した。

お気に入りの洋菓子店で買った焼き菓子やパウンドケーキの話とか、キミとお揃いの物を持ちたくて色違いのトートバッグを2個買った話とか、どのバッグにするか悩みに悩んでいるボクに声を掛けてくれた店員さんに少しときめいた話とか、またトートバッグあげてるとか、書きたいことはまだまだいっぱいあるのだけど、結局はやっぱりキミの黒髪の素敵さが全部持っていってしまった。

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