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舞踏会

正直に言うと、そこまで舞踏会に行きたかったわけではない。
むしろ意気揚々と城へ向かう姉二人をちょっと小馬鹿にしていた。

「とっても美しいわ。シンデレラ」

「そ、そうですかね……」

きれいなドレスに身を包んだ自分の姿を見て、妙なテンションになってしまった感は否めない。「嬉しい!」ぐらいのことは言ってしまったかもしれない。

「12時を過ぎる前に帰ってくるんだよ。魔法が解けてしまうからね」

魔法使いの人にそう言われて、舞い上がっていた私は急に冷静さを取り戻した。

「12時ですか……」

城と家との移動にかかる時間を往復1時間と見積もっても、知らない場所に3時間は滞在することになる。私にとってそれはけっこうストレスのかかることだ。
朝5時には起きなければならないから、11時には寝たいし。

そこまで行きたい場所ではなかったことをつい思い出してしまった。

「今日は道が混んでそうですね……」

私が城へ向かう姉を見送りながら泣いていたのは、けっして舞踏会に行きたかったからではない。
姉が煌びやかな世界で踊り、自分は家でクタクタになるまで働かなければならないという構図が日々の不幸を体現していたからだ。

どうして舞踏会に行くことで日々の不幸が解消されようか。

「姉が先に帰ってくるといけないので、10時ぐらいには戻ります」

勘違いとは言え、いろいろ用意してくれた魔法使いの人に申し訳なくなり、私は行きたくもない舞踏会へ行くことにした。

舞踏会についての感想は「すごい」ぐらいしか思い出せない。
生まれて初めて見る世界に圧倒されつつも、もう二度と見ることのない世界だということも何となく感じていた。私には合わない世界だ。

ただ、まあ王子様と踊ったというのはよい経験になったと思う。

王子様が誘ってきたのは魔法の効果だということぐらい、私も承知している。そうでなけりゃ私と王子様とか、どういう組み合わせなんだ。

王子様は私がつまらなそうにしているのに気づいて、ダンスに誘った可能性もある。確かに舞踏会でダンスを楽しんでいない人間がいるのは主催者として体裁が悪いだろう。

王子様は踊り終わった私をエスコートしながら「また会いたい」と言ってくれた。社交辞令だったとしても、それは正直嬉しかった。

名前を聞かれたので偽名で答えたのだが、その後、王子様が従者の人に何か指示を出しているのが見えた。もしかしたら私が招待していない人間であることがバレたのかもしれない。

私はあわてて舞踏会を後にした。

家に着いたのは、多分11時ぐらいだったと思う。魔法使いの人は私を待っていてくれて、温かいお茶を淹れてくれた。私はドレスのまま、舞踏会のことを、王子様のことを、煌びやかな世界のことを取り留めとなく話した。

魔法使いの人が帰る頃にはもう12時を過ぎて、魔法がとけていた。服は元のボロになったし、メイクも落ちた。鏡に写るのはいつも通りの私だ。いつも通りの私なのだけれども、あの綺麗なドレスを纏った時の面影がある。当たり前だ。あれも私なら、これも私なのだから。

私の不幸が舞踏会に行くことで解消したとは思わない。でも、今日の一連の出来事があって、私の中で何かが変わったような気もする。一見意味のないようなことでも、とりあえずやってみるということが大切だなとあらためて感じた。

魔法使いの人には言い出せなかったけど、ガラスの靴をなくしてしまった。あわてて城を抜け出したので、途中で脱げてしまったのだ。
とてもかわいい靴だったので、あれだけでも戻ってくればいいなと思う。

(おしまい)

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