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南北戦争のきっかけをつくったストウ夫人ことハリエット・ストウ。

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グリーンビューティ®専門家の青木恵と申します。

ここでは、貴族、王族、名を残した方々の生涯、成し得たことをアップしています。
聖書にある「すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、さらに多く要求される」(『ルカによる福音書』12章48節)をベースにしています。

先人がどのような環境で生まれ、何を学び、どんなことを残したか、そんなことを書いていけたらいいなと思っています。火曜日・木曜日にまとめて投稿しています。該当する偉人がいない場合はお休みです。

長文につき、時間があるとき、興味がある方をご覧くださいね。

楽しんでいただけたら、嬉しいです。


6月14日は、アメリカの作家、ストウ夫人こと、ハリエット・エリザベス・ビーチャー・ストウ(1811年6月14日 - 1896年7月1日)が生まれた日。代表作は、『アンクル・トムの小屋 Uncle Tom's Cabin』。アメリカの奴隷制を廃止するために尽力した。

ハリエット・エリザベス・ビーチャー・ストウ(Harriet Elizabeth Beecher Stowe, 1811年6月14日 - 1896年7月1日)

コネチカット州リッチフィールド出身。

ハリエットは、父が奴隷制反対論者、兄弟は教育者、聖職者だった。

1824年、13歳の時に姉キャサリンがハートフォードに開いた女子学校に入学。男子と同等の古典、語学教育を受ける。

1836年にハリエット・ビーチャーは先妻と死別した聖職者のカルヴィン・ストウと結婚。

逃亡奴隷法が 1850 年に成立。逃亡した黒人を元の州へ返還できることとした。

この逃亡奴隷法に対する抗議して、『アンクル・トムの小屋 Uncle Tom's Cabin』を執筆。発売当日に初版5000部のうち3000部が売れ、その後、1年間で120版に達して35万部が売れるという空前の大ベストセラーとなった。

この本は、リンカーン大統領が、奴隷解放運動をするきっかけになった本と言われている。

リンカーンがハリエットと会って話をした時のこと。

リンカーン大統領はハリエットに言った。

「あなたのような小さな方が、この大きな戦争(南北戦争)を引き起こしたのですね。」

ハリエットは答えた。

「あの本は私が書いたのではありません。奴隷制度を見て憤られた神が書いたのです。私は単なる神の道具に過ぎません。あなたこそ、奴隷解放の為に勇気を持って立ち上がりました。」

すると、リンカーン大統領は答えた。

「奴隷解放は私がしたのではありません。神がなさった正義と愛の偉大な運動です。私も神に使われた一つの道具に過ぎなかったのです。」

ハリエットは1896年に85歳で逝去し、マサチューセッツ州アンドーヴァーにあるフィリップス・アカデミーのグラウンドに埋葬されている。

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