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アメジスト(短編)


あの日、私はどうしても過去に別れを決めた彼との心の傷をどうしても癒すことができずにいた。

彼と別れを決めた理由はシンプルで、
私がどうしても元々好きだった人を諦められなかったからというものだ。
もちろんその人を諦めると決めればいいだけの話かもしれないが、きっとこの歪みは後々大きな歪みになってしまうに違いない。何となく自分の直感がそう言っていた。

頭で考えるより、自分のお腹の奥底がいつも答えを分かっている。
頭はいつも私が社会で生きて行くのに困らないように、ある意味の正しい答えを私に教えてくれるが、
私の本当の気持ちと答えはお腹の底から迫り上がってきて嘘をつけないのだ。
嘘をついても、絶対にどこかで自分の本当の所に連れ戻されるか大きく崩れて歪んでいくかのどっちなのをわたしはよく分かっていた。
分かっていたのにここまで来てしまった、そんな感じだった。

わたしは一度付き合うと滅多に気持ちが冷めるみたいなことはないタイプだったので、基本的に振られたことしかなく、いつも受け身だった。そのことがこんな仇となって帰ってくることがあるなんて思ってもいなかったし、何なら毎回自分が振られる側なのに対して嫌気がさしていた。

だが、別れを告げる側になって初めて別れを告げる側の気持ちがようやくわかったのだ。
もちろん、相手に対して呪いのような気持ちをもって別れる人も多いのかもしれないが、大体はそうでない気がする。
あえて言葉にして表現するなら「ずっと一緒にいたかったけど、これ以上一緒にいても2人とも幸せになれない。このまま、自分の都合で君を不幸にするわけにいかない。幸せにできなくて本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。側にいることは出来なくなるけど、必ず君は自分を沢山愛して、そして君を心の底から愛してくれる人と出会って幸せになってね。」ということだ。

でも、別れを告げる相手に対してもう何も言えることなんかない。本心では愛情を伝えたいとしても、その場面で言葉は毒だ。
それを感覚的に分かっていたから、今までの人は別れる時も自分から別れを切り出すのに、その目には光が宿っていたんだな。わたしは全然そのことに気がつけなかったんだな、と思う。
私は昔、このことをわかる前に付き合っていた彼との別れ話の一連の流れを思い出していた。大きな駅の改札前で沢山の人目を気にせず泣く私を嫌な顔もせず少し悲しそうに困った顔で、抱きしめてくれた彼は一体どんな気持ちだったんだろう。本当に愛がなければもっと嫌そうな顔をするだろうし、人目のない所に連れて行っただろう。その愛の大きさに私は今更気がつき、自分がいかに自分本位で愚かだったかに気がついた。

とまあこれは昔の話であるが、本当にわたしはその時そんな気持ちだった。本当に心の底から冷め切ったわけでは本当にない、でもこれ以上進んだ先に今は相手を幸せにできる未来はない、道は別れてしまった。お互い他人で別の人生を歩んでいるんだから、当たり前のことなのにちょっとずつ道を逸らしていることに見て見ぬふりをしてきたんだなと思う。

こんな重苦しいことを朝から電車の中で考え、彼のことを思い出していたらふと、彼の家に置いてきたアメジストが目の前にばっとフラッシュバックしてきた。
手のひらいっぱいぐらいのゴツゴツした濃い紫色のアメジストのクラスターで、わたしが小学生くらいの頃に石好きの祖父がくれたものだった。昔、彼と一緒に住んでいた時に寝室の枕元に置いていた。
私が別れて家を出て行く時に、何となく「置いて行って」とその石が訴えている気がするので置いていったのだ。私も口には出さず、心の中で「どうか彼のことを守ってください」と祈りそして家を出ていった。

そのフラッシュバックした感じは私に何かを訴えている感じがした。場面は前に住んでいた家と同じ感じだった。あぁまだここに置かれてるんだな、守ってくれているんだな、そう思った。そして、ふと思いついた。「そうだ、何か祈りを捧げれるような場所を作ろう」と。
その後、私は仕事が終わるなり自分のとってもお気に入りのパワーストーンのショップにすぐさま足を運び、アメジストを探すとこれだ!!!と思うような石があったのでそれを買うことにした。丸っこくて、綺麗な薄い紫色をしている。
お店の人がおまけで小さなアメジストのクラスターをくれ、わたしはとっても幸せな気持ちで家に帰った。

家に帰ってその石をじっと見つめていたら、置いてきたアメジストが「ありがとう、わたしはいつも彼を守り続けるから大丈夫。あなたが今連れてきた石たちに今度は沢山守ってもらってね。」と伝えてきた気がした。
今まで、離れても守っていてくれたんだな。そう思った。わたしは感謝の気持ちと愛おしさで胸がいっぱいになり、そして今も離れたところで暮らしている彼が幸せに過ごしていることを祈った。

キラキラと心の底から湧いてくる、その光が彼に届きますように。わたしが置いてきた石が、これからもずっと彼を愛で包んでくれますように。

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