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「さぐらだ・ふぁみりあ」 (ゴシックオルガン迷宮なみの調和をつかさどる散文詩篇)



I ✥  「ふらんきんせんす」の古雅な香りを纏った基督きりすと教があまねくひろまる二ホンには欧羅巴の大戦乱をそっくり移植して成長させたと言うのが相応しい惨劇が蔓延はびこる。戦旗のうねりが血の海に卍紋様の婆裟羅をうかびあげる。戦乱でおおわれた森や樹がわざわいの炎に照らされて怨霊のように立っている。



Ⅱ✥
  女法王の「かたりな」はその身なりを伝奇的な贅沢で固め阿蘭陀おらんだ絹織りの法衣を「すてんど・ぐらす」のように纏うと山城造りの御殿を聖霊城と呼びその内部を祈祷十字架聖燭の光で隅々まで輝かせていた。生まれつき目が見えなかった。しかし基督きりすとの儀式のときだけは、目が見えた。



Ⅲ✥
  聖霊城に鎮座し十字軍演説を発する説教台は「ぱいぷ・おるがん」の風洞がうねくる奇想構造をつくりあげ、地中ふかくに通声穴の蜘蛛の巣を張りめぐらし、世界中を貫通穴の蜂の巣にする。二ホン全土で、穴をくぐりぬけて地下から聞こえる「かたりな」の呼びかけに悩乱する騎馬団が「かたりな」の絵姿えすがたを無尽蔵に掲げ、聖霊城のあるじに捧げる土地を強奪する。官能をそそる女法王ぱぴっさ絵姿えすがたの躍動は二ホンから遠く離れて膨張し、中国朝鮮でも、東南アジアでも、インドでも、欧羅巴でも、碧い目や縺れた金糸の髪や白い肌、はたまた黒い肌や土色の肌が沸騰する。



Ⅳ✥
  「ふらんきんせんす」の端正な香りで満たされた通路、地下教会を築いた基督教の土木技術で、世界を地下でむすびつけ二ホンにも達している地下通路をとおりぬけて、死刑具の「鐵の處女あいぜるね・ゆんぐふらう」は聖霊城へと運ばれて行った。「聖母まりあ」の顔を、鉄の棺の胴体に乗せ、棺の蓋の裏いちめんには鋭く野太い棘を敷き詰めていた。



Ⅴ✥
 聖霊騎士団長「熱いくらい暖かい血が、まるで吸ったら蜜のように甘く蕩けるような血が元気よく流るる、よい弾力に充ち溢れる締まった肌。おるがんからの呼びかけに、天使のようにうつくしい少女たちが、世界各地から二ホンにむけて、十字軍遠征のように列を組んで讃美歌をうたいながら聖霊城にまいります。地下で墓場のくちをひろげて、まりあ様がお待ちです」



Ⅵ✥
   「かたりな」は、「ろぉま・ぽんてぃふ.......(羅馬法王)」と並んで立つのに相応しい、人品を磨くことを怠らず、毎日を、羅馬法王への愛慕と、さまざまな肌の色の童女たちから搾った血を浴びて肌の潤いを保つことに捧げた。「かたりな」は血の湖から上がった四肢のまま、西洋麗装を着んだ輿丁たちがかつぐ金飾燦然たる御輿に座し、駒を進める。楽師たちが列奏する『水上の音楽』が耳を蕩かし、「かたりな」は基督に手招きされて水の上を歩く「ぺとろ」と自分を重ね合わせる。深紅のまなこで、むさぼり見る。儀式の、一部始終を。



Ⅶ✥
  羅馬法王庁へと巨大な船団が出帆した。「かたりな」の求愛がこもった贈り物が満載されていた。世界を羅馬法王と半分ずつに分けて神権統治する<夫婦教皇>になる夢を躍進させるのだ。「かたりな」はじぶんの裸体彫刻を贈った。かつて「べとなむ」の大司教との交渉に際して同じことをやったら効いたので、羅馬法王の心を動かすにはそれが一番だろうと考えた。法王への贈り物は他にも、ニホン語の辞書と、基督が日本で死んだ時にその臨終のことばを書き留めたという文書を『かたりな福音書』の名でまとめあげると十巻からなる格式高い巻子本かんすぼんにして共箱に納めた。潮の香りを纏ったサイレン像とその従属天使である贈り物の群に正体なく狂喜する羅馬法王の顔を幻視し悩乱した。  





Ⅷ ✥ 羅馬法王庁から届いた、手漉き紙は「かたりな」が贈ったニホン語の辞書の、人外に話しかける類の、行間に水死体の浮沈の群がみえるような言葉の満艦飾をひもといて書かれた言葉で、梵蒂岡ばちかんの異端審問宦官による「かたりな」の破門を告げた。送り返された巻子本かんすぼんの箱の群には「かたりな」異端衆の碧い目や白い肌の死塊がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。「かたりな」は絶望した。そして、ミサをおこなっているのに、いつまで経っても、目が見えなかった。



Ⅸ ✥ 「目が見えない!あたし目が見えない!」走れば走るほど彼女の両目のくらやみは体じゅうに、タンカーが座礁し漆黒の原油が珊瑚礁に流出する様にひろがっていく。







Ⅹ✥ フランキンセンス.......通路にたちこめる乳香の薄粘膜をとおり抜けて......少女たちの死塊と一緒に、カタリナの死を告げる報が、聖霊城から遠く離れた城郭都市の怪老窟に建つ、暗黒街の猛者たちが常連の露西亜レストランの奥座敷にもたらされた。
姉者人あねじゃびと、もう私たちは、女子をんなごの死体を姉者人に送り届けることができなくなりました」
「説教台の通声穴はぜんぶ塞いで、聖霊城も廃殿にしました.......」カタリナの弟の、聖霊騎士団長は告げた。顔がカタリナと瓜二つの、しかし目がカタリナよりも澄んだ、エルサレムのお琴とよばれるレストランの女将は、壁掛けのX型の聖アンドレイ十字のまんなかに、蔦絡みがおびただしく凝らされたその中心で妖蠱な花弁をうちひろげた人食い花の愛戯具に呑み込まれる、仮想の噛まれ死にに、半身を澱ませて、半透膜なステンドグラス質の、色彩の光彩陸離を纏いながら舌打ちする。
「ビーフストロガノフに混ぜる、女子をんなごの脳味噌を、これからはどうやって手に入れたものかしら。もう牛や熊の脳味噌なんかじゃ、地獄の美味をひきだせない」
 弟は、双子の姉のかたわれの、天と地のあらゆる男性を惹きつけるトロイのヘレネェのような美貌が、女でもひとでもない怪奇ばなしの獣に溶けて変わりはてるその前に、人食い花の奥深くへ、無我の極みの快感へと捻じこんでやった。愛戯具は、たとえ全身が埋没しても、窒息しない仕掛けが施されていた。弟の、黒曜石のやすりで磨き上げた隕石で造った左の眼球に、極上織の紗幕が、つめたい虹色に変色して幾重もの襞をつけ、襞が浮かび上がるのが目にやきついてきた。
 愛戯具をしばりつける、聖アンドレイ十字の壁掛けに蔓延る古怪なふちかざりの婆裟羅ばさらなうねりが、血の海いろのなかに逆卍紋様の燔祭はんさい  Holocaust  קורבן עולה をうかびあげる。


















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