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【備忘録】反撃能力ににじむ中国への配慮と日米ガイドライン改定

 政府が安保関連3文書で保有を打ち出した「反撃能力」は、ミサイルの発射元をたたく打撃力という極めて限定的な定義になっている

 しかし、例えば北朝鮮が保有している弾道ミサイルには、輸送起立発射機(TEL=装輪の平べったいミサイル運搬車両兼発射装置ですね)を使って動き回るものも多く、巡航ミサイル「トマホーク」やスタンド・オフ・ミサイルを軸とした反撃能力によっても、発射直前で狙い撃ちするのは困難とされる。

 となると、日本政府が反撃能力に期待しているのは、自衛隊には「飛び道具」もあるのだとアピールすることで、潜在的敵対勢力に武力行使を思いとどまらせる抑止効果にとどまる。実際に起こり得る武力紛争のシナリオを綿密に研究した結果として、必要な装備として導入が決まったわけでは必ずしもないのではないか、という疑問が沸くのだ。

 それでも、反撃能力を「ミサイルによる攻撃」に「有効な反撃を加える能力」と定義したことで、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威に主に対処する戦力なんだな、ということは分かる。一方で、対中国について考えた場合、反撃能力がどれほどの意味を持つのか全く判然としない。

 中国と日本の間の戦争がどれだけ現実味を伴っているかは別として、最も可能性が高いのは、中国軍が台湾侵攻と並行して進めるであろう南西諸島進出だ。この場合最優先となるのは、中国本土からの中距離弾道ミサイル攻撃というより、中国軍の航空・海上優勢確立の阻止であり、そのためには中国本土の航空基地や、東シナ海を渡海してくる中国軍艦船を打撃する能力が必須となる。

 つまり政府は反撃能力を、移動する洋上目標はともかく、中国本土の航空基地をたたくスタンド・オフ能力と位置付けることもできたはずだ。それをせずに目的をミサイル対処に矮小化したのはなぜか。

 理由の一つとして考えられるのは、専守防衛を逸脱しないこと、という政治的縛りの存在だ。専守防衛と敵領域内の目標を攻撃する能力を巡っては、古くは1956年の鳩山一郎首相の答弁(船田防衛庁長官代読)がある。

 いわく「わが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨だというふうには、どうしても考えられない。そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能である」。反撃能力の定義は、まさにこの答弁と一致するのだ。

 もう一つ透けて見えるのは、中国を強く刺激することは避けたいという思惑である。そしてこれが、「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を再々改定するかしないかを明言しない理由を探すヒントになるのではないかと勘繰っている。

 安倍政権下の2015年に再改定されたガイドラインは、集団的自衛権の限定行使を「日本以外の国に対する武力攻撃への対処行動」として明記した点が大きな特徴の一つだ。

 ただ、「日本以外の~対処行動」には「作戦構想」が盛り込まれていない。再改定ガイドラインで例示されている集団的自衛権を行使する際の日米共同作戦は、アセット(艦船・航空機等)防護、捜索・救難、機雷掃海、船舶の臨検、弾道ミサイル対処、後方支援――などに限られている。同ガイドライン中の「日本に対する武力攻撃が発生した場合」(日本有事)の項目に「作戦構想」が明記されているのとは対照的だ。

 これでは中国軍の航空・海上優勢の確立阻止作戦など不可能である。従って、もしガイドラインを四たび改正するとなれば、台湾有事をにらんだ日米共同の「作戦構想」をその中で明示する必要が生じるだろう。

 日米同盟はいよいよ「対中国」の性格を明確にし、中国のただならぬ反発も予想される。だからこそ岸田政権はガイドライン再々改定の意向を簡単には表明できないのではなかろうか。

 バイデン米政権も、中国との軍事的緊張が高まることは望んでいまい。民主党系の国際政治学者で国際政治学会の重鎮であるジョセフ・ナイは読売新聞のコラムで、中国に対する「あからさまで挑発的な行動」を控えなければ、かえって中国による台湾侵攻計画を加速させる恐れもあると警鐘を鳴らし、抑止に徹して「時間を稼ぐ」べきだと説いた。

 こうした日米の思惑を踏まえた上で、今後の日米協議に関しては、少なくとも二つのシナリオがあると思う。

 一つは、自衛隊と米軍の役割・任務・能力(RMC)の進化に向けた実務協議の加速だ。うろ覚えだが、自衛隊が弾道ミサイル防衛のため地上配備型迎撃システム「パトリオット」の導入を決定した後に、RMC協議が活発化したのではなかったか。ただし、RMC協議は必ずしもガイドライン再々改定に直結しない。

 もう一つは、ガイドラインの再々改定の「検討を始める」という方向性だ。1月中ともされる岸田首相訪米と、1、2月にも開かれるとみられている外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)で、ガイドラインを巡りどういった議論が行われるか注目しているし、その結果、「やっぱり再々改定が必要なので正式にプロセスに入りましょう」と合意する可能性もなくはない。その場合は「防衛協力小委員会(SDC)に再々改定に関する勧告の作成を指示する」といった表現になるのだろうが、今回はそこまでいかず、「検討」止まりかもしれない。

 岸田首相はGDP比2%に達する防衛予算の確保や反撃能力の保有を柱にした安保3文書改定について、「戦後の安全保障政策を大きく転換するもの」と説明している。実際、安保政策の大転換と受け止めるかどうかは別として、反撃能力への違和感を除けば納得できる合理的な防衛力強化策を網羅している。

 しかし、中国に対する脅威認識に関する記述は控え目な印象で、なぜ防衛力の抜本的強化が必要なのかという問いに対する回答という面では、若干の歯切れの悪さがある。たばこ1本につき3円も余計に払わされることになる私のような喫煙者としては、そこんとこよろしく、という感じであります。

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