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老婆

 
 目の前に現れた男が突然、怒鳴りだしたら大体の人は警察を呼ぼうと考えるだろう。今がまさにその状況である。
 「いい歳して年寄りを騙すなんて恥を知れ!恥を!」
 後からじわじわくるタイプの腹立たしさ。そんな感じの言い方だった。
 男はずっと喋っている。それを聞いてるうちに記憶が呼び戻される。そして、話の辻褄に納得することになる。

 
 その人と会ったのは数年前。バイト先で知り合った。私より歳が三十歳も上の女性だ。彼女には離れて暮らす娘がいた。訳あって会うことはできないらしく、私と娘を重ねて思うことがあるのかとても親切にしてもらった経験がいくつかある。

 マンションの七階に一人で住んでいた彼女は二度ほど、私を家に招待してくれたことがあった。
 一度目に家に行った時、玄関の棚の上に写真が飾られてあるのを見た。多分、娘の写真だと思う。
 「肩が凝る」
 と言うと彼女は家にあったマッサージ機を使うようにと勧めてきた。ベッドのようなそのマッサージ機は表面に凹凸があり、スイッチを入れると波打ってボコボコと動き出す。
 私は乗り気ではなかったが彼女は耳も少し遠くなっていたので会話するのもしんどく、仕方なく横になった。
(いてえぇぇっ!!!)
 飛び起きようとする私に彼女は真剣な顔をしてマッサージ機についての説明をする。泣きたいくらい痛かった。その説明を聞きながら痛みを我慢した私は優しい人間ではないだろうか。

 二度目の招待は晩御飯を御馳走になった。金目鯛の煮付けを作ってくれて、それが本当に美味しく彼女にそれを伝えるととても喜んで笑っていた。
 そのあと、テレビを見ながらウトウトとしていたら彼女はプラスチックケースを私の手に握らせてコツコツと指でケースを突いてはにかんだ顔をして、こちらを見ている。
 中を開けるとそこにはゴールドのアクセサリーがじゃらじゃらと沢山詰め込まれていた。
 「これあげるわ」
 「え?いいよ、貰えない。大切にしてるものでしょ?」
 「引き継いでくれる人がいないから、あなたにあげるわ」
 私はその日、彼女の家に泊まった。そして翌日そのままバイト先に行くと服装が昨日と全く一緒なのを仲間に冷やかされながら、リュックの中に入ったプラスチックのケースを思い、妙な気持ちになったわけである。


 数カ月後、バイトを辞め引っ越しをした私は彼女とは疎遠になる。そして最初に戻るが今、目の前にいる男は彼女の娘の旦那だという。
 探偵でも雇ったのか?よく分からなかったが、話を聞くと彼女は最近亡くなったらしく日記に私のことを書いていたようだ。

 私は引き出しにしまっていたプラスチックケースを持ち出し、男に手渡した。すると男はいきなり静かになって足早に帰っていった。


 妙な体験だと改めて思うが、それと同時に彼女の作った金目鯛の味を思い出し、私は一晩中泣いた。




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