見出し画像

クリス・クリスティー  “カミカゼ式”追い落とし戦略でトランプと心中?〜米大統領選2024 立候補者ファイル②

アメリカ大統領選、候補者が乱立した野党共和党も泡沫候補が徐々に撤退し、残るはフロリダ州知事ロン・デサンティス(45)、元国連大使ニッキー・ヘイリー(51)、実業家ビベック・ラマスワミ(38)、元ニュージャージー州知事クリス・クリスティー(61)、+ぶっちぎりのドナルド・トランプ(77)の、実質5人に絞られました。

当初こそトランプとの一騎打ちかと期待されたデサンティスの勢いは停滞気味。一方で、穏健派として高評価を得たヘイリーが大統領選の鍵を握る団体有力政治家の支持を次々と取り付けるなど、勢いを増しています。ラマスワミは支持率では後れを取っているものの、討論会でアグレッシブな戦いぶりを見せつけ、存在感では負けてはいません。そんな中、いまひとつインパクトを残せないながらも独特の立ち位置で選挙戦を続ける“泡沫候補以上、大穴候補未満”とでもいうべき人物が、クリス・クリスティーです。

クリス・クリスティー氏(2020年1月)

今月6日の討論会では、ライバルへの中傷を連発するラマスワミを、悪ガキを叱る金八先生さながらに一喝。さらには、対立候補3人全員がトランプへの真っ向批判を躊躇する中、一人だけ容赦ないトランプ批判を展開し、「本当に抑え込むべきは、この壇上にいないドナルド・トランプだ」と強く訴えました。

このブレない姿勢が一定の注目を得てはいるのですが、好感度に結びつかないのがこの人の痛いところ。世論調査では支持率3%程度と低く、それでいて、CNNが11月にまとめた「この人にだけは投票しない」ランキングでは、2位のトランプを15ポイントも上回る47%で首位を獲得するという、大変不名誉な結果となりました。

それでも撤退せずに戦い続けているのは、彼の選挙戦の最優先事項が「トランプを倒す」ことだから。クリスティー氏自身がそう公言し、(指名争い2戦目の)ニューハンプシャー戦までは撤退しないとのこと。その戦い方は、一部で「カミカゼ作戦」とも評されています。

そこで今回は大統領選立候補者から、共和党のクリス・クリスティーをプロファイルしたいと思います。

クリス・クリスティーって誰?

クリスティーといえば、「Silent Is Golden」とは無縁の、とにかく黙らない男。時に一線を超えるギリギリの手を使っても、主義主張を全力でアピールする姿勢で知られます。「bully(いじめっこ、ガキ大将)っぽい政治家ランキング」などがあったら、おそらく上位に上がるでしょう。いわば“ジャイアニズムの権化”のような政治家です。

デブネタもよく話題になり、過去にはトークバラエティー番組で(演出の一環ですが)ドーナツを貪る姿も披露。先日の討論会でラマスワミから「帰って美味い飯でも食ってろ」と罵倒されましたが、これはこのデブネタを踏まえてのものです。

ではまず、ざっと経歴紹介です。

来歴

1962年9月ニュージャージー州生まれの61歳。シートン・ホール大学ロースクール出身。卒業後は地元ニュージャージー州の法律事務所に弁護士として務める傍ら、ブッシュ(父)元大統領の選挙キャンペーンや地元の郡議会など政治活動に携わる。2002年、ブッシュ(子)元大統領の指名でニュージャージー州地区連邦検事に就任し、汚職を中心に130人余りを起訴する。2008年に現職の民主党知事を破りニュージャージー州知事に当選。「ブルーステート」に共和党の勝利をもたらしたと注目される。2012年のハリケーン「サンディ」では、党派を超えた協力体制で被災地復興に尽力したことが高く評価され“時の人”となった。次期大統領選の有力候補とも言われはじめるが、2014年の「ブリッジゲート」(後述)スキャンダルで支持が急落。2016年に大統領選に立候補するが、支持が伸びず撤退する。2018年に2期務めた知事を退任し、その後は政治コメンテーターとして積極的にメディアに出演している。

トランプ支持から反トランプへ

今でこそ共和党内で最もハードコアな反トランプ派として知られていますが、かつてはトランプの腰ぎんちゃく側近の一人でした。2016年の大統領選でトランプの強烈な勢いとインパクトを前にぐうの音も出ず早期撤退を余儀なくされたクリスティー。その後は現金なほど早々にトランプ支持に回り、選挙陣営にも加わります。演説するトランプの後ろで魂を抜かれたように佇む表情が「毒牙にかかった?」「どうしたクリスティー!」と話題になったことも。

トランプの大統領当選後は政権移行チームの一員となり、一時は閣僚に抜擢されるのではとの話も出ましたが、結局どのポストにも就くことなく、トランプの“公認応援団”としての役目を終えることになります。(閣僚になれなかった一説として、トランプの娘婿ジャレッド・クシュナーの讒言があったとも。クシュナーの父親は、クリスティーが連邦検事時代に刑務所送りにした一人です)

その後も引き続き、政治番組などでトランプを擁護していましたが、2021年1月6日の議会議事堂襲撃事件をきっかけにトランプ批判に転じます。それまで声高にはトランプという人物を否定してこなかったクリスティーでしたが、こればかりはさすがに元検察官として見過ごせなかったようです。

今年8月に行われた共和党第1回討論会では、「トランプが起訴された場合、彼が共和党の指名を勝ち取ったら支持するか」という質問に対し、大半が「YES」とした中、クリスティーは「NO」の姿勢を貫きました。実は討論会の参加条件には「指名を勝ち取った候補を支持すると誓う」という同意項目があるので、「支持しない」=「ルール違反」となります。そもそも質問が意地悪なのですが、クリスティーはここで「たとえルール違反であってもモラルに反することはできない」と、政治を超えた正義感を明確に示したわけです。

この点だけ見ると、故ジョン・マケイン上院議員を踏襲する「人格者枠」に紛れ込めそうな感じもしますが、過去10年ほどのクリスティーの言動を総合して見ると、やはり彼はその器ではないでしょう(※個人の見解です)。

クリスティーが今回、そして前回2016年も含め、大統領選でいまいち頭角を表せない原因は、私は結局のところトランプとの“キャラかぶり”ではないかと思っています。

ポリティカル・コレクトネスをガン無視する「トランプ以前のトランプ」

クリスティーについて、米ポリティコは「トランプ以前のトランプ、デサンティス以前のデサンティス」と言い表しています。2010年代前半、知事として歯に衣着せぬ物言いと圧倒的リーダーシップを発揮し、一気に共和党のライジングスターに躍り出た様子は、確かにその後のトランプや、“賢いトランプ”と言われたデサンティスの台頭ぶりと通じるものがあります。

ただ、「ポリティカル・コレクトネス」をガン無視する不遜な態度で言えば、類似点が顕著なのはデサンティスよりもやはりトランプでしょう。体のサイズも、より近い気がします。

そんなクリスティーの人物像を象徴的に物語る、「ブリッジゲート」と「ビーチゲート」と呼ばれる、2つのスキャンダルがあります。

①無実ではあっても人物像を象徴? ブリッジゲート

ジョージ・ワシントン・ブリッジ ©John O'Connell

2012年、ハリケーン「サンディ」の復興対応で評価を一段と上げたクリスティーでしたが、それから1年足らずで評判を一掃するほどの事件に見舞われました。通称「ブリッジゲート」です。

2013年9月、ニューヨークとニュージャージーを結ぶジョージ・ワシントン・ブリッジの一部レーンが4日間にわたって通行止めになりました。普段から1日に約30万台の車両が行き交う“世界で最もビジーな橋”と言われるだけに、レーン数の制限は片道数時間の大渋滞を招きます。橋を管理するニューヨーク・ニュージャージー港湾公社(Port Authority of New York and New Jersey)は閉鎖の理由を「交通調査のため」と説明しましたが、救急車が渋滞に巻き込まれて搬送中の90歳代の女性が死亡するなど深刻な事態も起き、当局の判断に非難が殺到しました。

ところが翌年1月になって、閉鎖の目的は交通調査ではなく、選挙活動中だったクリスティー陣営が政敵に仕掛けた「壮大な嫌がらせ」だった事実が発覚。全米を巻き込む一大スキャンダルになり、刑事事件にも発展しました。

背景はこうです。


2013年の州知事選、現職知事だったクリスティー氏とその選挙陣営は再選に向けて超党派の地元リーダーたちから広く支持を取り付けていた。しかし、ジョージ・ワシントン・ブリッジのニュージャージー側のたもとに位置するフォートリー市のソコリッチ市長(民主党)は支持を固く拒否。これにクリスティーの側近が報復を試み、考え出したのが、ただでさえ渋滞必至のジョージ・ワシントン・ブリッジのレーン閉鎖計画だった。捜査では、当時のクリスティーの側近らが閉鎖のタイミングなどをメールで打ち合わせした証拠も上がる。「政治的嫌がらせ」に延べ百万人規模の一般市民を巻き込む大迷惑をやってのけたという事実が明らかになり、ソコリッチ市長は当然ながら、「正気の沙汰ではない」とクリスティー陣営を強く非難。橋の利用者はもちろん一般市民も激怒し、クリスティー知事の人気は急落した…


捜査の結果、”実行犯”として名前が上がったのは、知事副補佐官のブリジット・アン・ケリー、港湾公社副理事長のビル・バロニ、港湾公社職員のデビッド・ワイルドスタインの側近3名。大まかには、ケリーが計画実行を指示→ワイルドスタインが現場にレーン閉鎖を指示→バロニが「閉鎖は交通調査目的」と嘘の発表、という流れだったようで、3人は起訴され、2016年に有罪評決(ワイルドスタインは司法取引)を受けます。(※)

ここで気になるのが、橋のレーン閉鎖をクリスティー本人が知っていたのか?クリスティー本人の指示だったのか?というところです。

結論から言うと、本人が関わったという明白な証拠はなく、クリスティー自身はお咎めなしとなっています。全ては“仕事への曲がった情熱”を抱いた側近らがクリスティーの預かり知らぬところで起こした不幸な事件、ということで片付けられました。その後取材でクリスティーが語ったコメントは、こうです。

人は時に、説明不能なほどバカなことをしてしまう。

なんとも他人事感漂うコメント。実行犯3人はいずれもクリスティーが指名や推薦をして側近になった人たちですが、その責任を取って辞任、という方法は取りませんでした。

一方、法的には無実が証明された形でしたが、従来の「ふてぶてしい人」というイメージも手伝って、「本人が知らなかったということはないだろう」という世論の疑念は拭えず、このスキャンダルは彼に決定的なイメージダウンをもたらし、2016年の大統領選でも尾を引く形になってしまいました。

②「市民の我慢」<「自分の快楽」 ビーチゲート

良からぬスキャンダルはもう一つあります。クリスティーが知事2期目の2017年7月はじめ。ニュージャージー州議会で会期予算案が成立しなかったことを受け、クリスティーは州政府機関の大部分を閉鎖すると発表。その影響で、州政府運営の公園やビーチが軒並み利用できなくなり、多くの市民は真夏の快晴も虚しくアウトドア計画を断念せざるを得なくなりました。

そんな中、SNSである写真が話題を集めます。

地元メディアがヘリから撮影した上空写真。写っているのは、閉鎖されたはずの州所有のビーチでクリスティーとその家族だけが集まって、誰もいない砂浜を広々と占領し、優雅に日向ぼっこする姿…。「これは一体どういうこと!?」とSNSは騒然となります。

クリスティー本人の釈明としては、大体こうです。

写真に写ったビーチの一画は州知事の公邸と隣接した場所で、言わば自宅の庭のようなもの。自分の持ち物の中で家族と過ごしていただけ。
州当局にビーチの管理を頼んだわけでもない。何が悪い。

実際のところ、写真の場所はアイランドビーチ州立公園内の「Governor’s Ocean House」という、ビーチと隣接した州知事のバケーションホームで、1950年代から現職知事のベネフィットとして付与されているのだそう。ただ実際あまり使われない割に維持費ばかりかかり、それも税金から払われるので、過去何度も売却案が持ち上がったようです。

というわけで、クリスティーの言い分は理屈としては間違っていないのですが、州民がビーチから締め出されている最中、知事だけが悪びれもせずその恩恵を被るというのはいかがなものか…というのはごく自然な国民感情。何より、Tシャツ短パン姿でデッキチェアに身を沈めるリラックス然とした姿がまた「ふてぶてしさ」を象徴するような絵面です。ただでさえブリッジゲートで支持が急落した中、さらなる反感を買いました。

しかも、この写真が出回った当日、午後に記者会見を行った時点でクリスティーはSNSでの自身の大炎上を知らず、記者から「日差しを浴びたようですね」と日に焼けた肌を皮肉られたのに対し、「日差しなんて浴びてない」と返したことも、さらに火に油を注ぎました。SNSでは「嘘をついた!」とのツッコミが殺到。その上、火消しを試みた知事広報官が「知事は野球帽をかぶっていたので、日差しは浴びていなかった」とかなりイタい声明を出したことも嘲笑を買い、騒動は二重にも三重にも膨らみました。

こんな状況下でも、クリスティー本人はあくまで強気。自身の炎上を知り、改めてクリスティーが記者たちに語った内容は、こうです。

要するに州知事はアイランドビーチに邸宅を持っていて、
他の人は持っていない、ということだ。単純に、それが現実だ。
邸宅が欲しければ、知事になればいいだろう。

USAトゥデイによると、騒動の翌週に発表された世論調査で、クリスティーの支持率は15%と史上最低を記録したそうです。(参考までに、過去最低水準と騒がれているバイデン大統領の現在の支持率は38%)

同じ“ジャイアニズムの権化”でもトランプになれない理由

「ドラえもん」のジャイアンがそうであるように、いじめっ子はいじめっ子なりにその行動力と統率力が魅力になったりもします。トランプもまさにそうです。

クリスティーも、かつてはそうでした。ブッシュ元大統領に連邦検事に抜擢された当時、それまで弁護士として刑事事件の担当経験もほとんどなかったことから「ブッシュ家のコネか」などと揶揄されましたが、結果、在任中の6年間で310の汚職を立件、135人の公職者を起訴するという、当時の連邦検事の中でもトップの数字を上げたそうです。(立件した=優秀とも限りませんが)

そして2012年、知事として取り組んだハリケーン「サンディ」の復興では、壊滅的被害を受けた州沿岸地域に民主党のオバマ大統領(当時)を視察に招いて積極的に支援をアピールし、最終的に連邦政府の協力を約束したオバマ氏に対してためらいなく賛辞を送りました。知事が対立する党の大統領と事態に取り組む場合、「連邦政府の協力は受ける。でも政権は支持しない」という姿勢を何らかの見せるのが常で、そうしなければ身内から反発を喰らう恐れがあります。そうした中で異例とも言える超党派の協力体制をやってのけ、結果を出したのは、彼のポリティカル・コレクトネスをガン無視する姿勢が功を奏した例でしょう。

このように底力は証明されているので、スキャンダルに見舞われたと言えど、トランプのようにそれを肥やしにしてしまえないものかと思うのですが、少なくとも今はそれは無理のようです。私が思う理由は2つです。

  1. トランプがレベル違いの強烈なスキャンダルを連発するので、かすんでしまう

  2. 何だかんだ言って、結局は政治家

1はもはや言わずもがなだと思うので、2について少し触れます。

異色のエピソードをまとってはいても、クリスティーは弁護士時代から政治活動にも関わっていた政治一筋の人です。2010年代前半には脱ポリティカル・コレクトネスの姿勢を前出しにし、従来の規範に縛られ透明性に欠けた政治を変えてくれるのではないかと期待する層から支持を得たわけですが、それが本物の政界アウトサイダー、トランプが出現したことで、クリスティーの立ち位置があやふやになってしまいました。

「Drain the Swamp(泥沼の水を抜く)」とワシントン政治の構造刷新をスローガンに掲げたトランプは、仮に内実はワシントンとズブズブだとしても、その立場だけで分かりやすく体裁が保てます。一方のクリスティーは、立場上所詮は"Swamp"の人間だろう、という話になってしまうので、分かりやすいメッセージが打ち出せなくなってしまったのが、浮上できない根本の原因だと思います。

そして、ごくごく偏見にまみれた私見としてもう一つ。容貌としゃべり方に「品性」がないことも要因のひとつではないでしょうか。。。(トランプも似たようなものですが、それまでセレブリティとして築いた「ブランド感」がなんとなくあります)

カミカゼ作戦は、政治家人生最後の使命となるか

そんなクリスティーが今政界で成すべきこと、自分にしかできないことは何か、と模索した先が、今の「カミカゼ作戦」だったのでしょう。二十数年来の付き合いがありトランプを公私ともによく知る自分、かつてトランプと同じような立ち位置で戦った自分が、最後に始末をつける。そんな思いが今の戦略の背景にあるのではないでしょうか。

そんな中でつい先日、コロラド州最高裁がトランプの予備選参加資格を認めない判断をしたというニュースが舞い込んできました。この動きが他州で次々と起き決定事項となれば、そもそも今までのトランプ旋風を危惧する動きはすべて杞憂に終わる可能性がなります。

仮にそうなったとき、一番の痛手を被るのは案外トランプ本人でもそれを持ち上げていた人たちでもなく、“最後の晴れ舞台”を奪われた、クリス・クリスティーかもしれません。


(※)2020年に、ケリーとバロニの有罪判決は覆されています。ただこれは起訴に適用した法律が不適切だったという類のもので、判決を覆した米最高裁も「2人が橋のレーン閉鎖を画策し、市民を危険にさらしたのは間違いない」としています。2人が無実だったということではなく、少なくとも法的には今も「クリスティーの関与はなかった」ということで変わりはありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?