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トランプの被選挙権めぐる混迷ぶりがエグい件【アメリカ難解ニュース解説】

年の暮れから、トランプ前大統領の周囲が再び騒がしくなっています。1月15日にアイオワ州でスタートする大統領選共和党の候補者指名争いに最後の追い込みがかかった矢先、トランプの選挙参加資格を認めないとする州が出てきました。

12月19日、コロラド州の最高裁判所は、トランプの大統領選予備選参加資格を認めないと判断。28日には、メーン州でも州務長官が同様の判断を下しました。いずれも今のところは上訴の結果待ちで、その判断が出るまではトランプの参加資格が認められることになっています。なのでこのまま放置されたとしても自動的にトランプは正式候補のままですが、ここにきて参加資格云々の議論が浮上したことで、有権者に混乱が広がると、メディアは大きく伝えています。

とは言え、実際にトランプがこのような形で大統領選から締め出される可能性は限りなく低いです。最終的には連邦最高裁が出てきて「締め出しは違憲です」と言えばそれまでで、州は従うしかありません。連邦最高裁判事はリベラル派3人に対して保守派6人、保守派のうち3人はトランプの指名という構成なので、この時点ですでにトランプに有利と言えます。

落とし所はほぼ見えているので、トランプの大統領選出馬資格そのものはそれほど本気で危ぶまれてはいません。ただ、連邦最高裁があまり判断を焦らすと、有権者がトランプに投票していいのか分からず混乱し、下手をすると「トランプに資格がないって聞いてたから別の人に投票した。資格があったなら投票してた!」なんて人が出てきて揉めに揉め、選挙結果をめぐるカオス再び…という事態も考えられます。

ということで、今は連邦最高裁の一刻も早い判断が待たれているのですが、年明けすぐ判断を出すとも思えず、一方でそのうちに各州がトランプを締め出す・締め出さないの独自判断を出すなどして、メディアはしばらく荒れることが予想されます。そこで久しぶりに、複雑な割に分かったところであまり役に立たないコスパの悪いニュースをあえて深掘りする「アメリカ難解ニュース解説」のトピックとして、この問題を取り上げてみたいと思います。

合衆国憲法修正第14条とは

そもそもトランプに予備選参加資格がないと主張する原告側が根拠としているのが、1868年制定のアメリカ合衆国憲法修正第14条第3節です。

合衆国憲法修正第14条第3節:
連邦議会の議員、合衆国の職員、州議会の議員、もしくは州の執行府または司法府の職員として、合衆国憲法を支持すると宣誓していながら、合衆国への反逆ないし反乱に加わり、その敵を援助し便宜を図った者は、連邦議会の上院または下院の議員となり、大統領及び副大統領の選出人となり、合衆国または州の下で文官または武官の職につくことはできない。ただし、連邦議員は各議員の3分の2の投票でもって、そのような欠格を解除することができる。
(原文:No person shall be a Senator or Representative in Congress, or elector of President and Vice-President, or hold any office, civil or military, under the United States, or under any State, who, having previously taken an oath, as a member of Congress, or as an officer of the United States, or as a member of any State legislature, or as an executive or judicial officer of any State, to support the Constitution of the United States, shall have engaged in insurrection or rebellion against the same, or given aid or comfort to the enemies thereof. But Congress may by a vote of two-thirds of each House, remove such disability.)

アメリカ憲法入門[第8版] (松井茂記 著 株式会社有斐閣発行)より抜粋

要は、「一度宣誓した公人が反乱に関わったら、もう二度と公職には就かせない」というものです。

もともとは南北戦争終結後、敗北した南部軍が奴隷制度の復活を目的に反乱を起こす可能性を危惧して制定されたものなので、民主主義が浸透した現代のアメリカでは、ほとんどお飾り状態でした。ところが2021年1月6日、トランプの呼びかけで支持者が何百人と連邦議会議事堂に集まり暴動を起こした事件はどう見ても「反乱(insurrection)」で、トランプは公職に就かせてはいけないのではないか、ということで、世紀を超えて息を吹き返した形です。

ただ、この内容が本当にトランプに当てはまるのかというところでは、判断が分かれています。

約30州がトランプの予備選参加資格を審理

同じ案件は、実はコロラド州とメーン州以外の多くの州で争われています。lawfaremedia.orgによる「トランプ資格剥奪係争トラッカー」によると、何らかの形で同案件を審理中または審理を終えた州は実に32州。

大半は、大統領選共和党の誰にも知られていない超泡沫候補、ジョン・アンソニー・カストロという人が“数撃ちゃ当たる”方式で27州の連邦地裁などに申し立てたものです(カストロ氏と別の原告による件を同時進行で審理している州もあり)。

実はこれまでに同案件でトランプの参加資格を認めなかったのは、コロラド州とメーン州だけです(皮肉なことに、どちらもカストロ氏が原告になったケースとは別)。先週27日には、ミシガン州が州最高裁で原告の訴えを棄却。ミネソタ州最高裁も11月の時点で棄却しています。

さらにこの問題に関しては、トランプに有利な判断をしたのは必ずしもレッドステートだけでもないようで、例えばブルーステートのニューハンプシャー州やロードアイランド州も連邦地裁・控訴裁と原告(こちらはカストロ氏)の訴えをすでに棄却しています。ブルーステートの代表格、カリフォルニア州でも先週、州務長官がトランプの参加資格を認めると判断。ニューサム知事もこれに賛同しています。

また厳密に言うと、メーン州での判断は選挙管理機関トップの州務長官が行政レベルで出したのもので、司法の判断ではありません。トランプ側は改めて司法に訴える意向で、そこからまた裁判所が動いて判断が覆る可能性は残っています。

なので、州の最終判断としてトランプの大統領選締め出しを決めたのは、コロラド州だけです。

トランプを締め出しできない理由

トランプの参加資格維持を決めた各州は、概ね以下のポイントを理由に挙げて原告の主張を退けています。

① 憲法修正14条第3節の対象に、「大統領」は含まれていない
② “公職に就けない”=“公職を目指す被選挙権まで剥奪していい“というわけではない
③ トランプが「反乱を企てた」とは、現時点で断定できない

1.憲法修正14条第3節の対象に、「大統領」は含まれていない

憲法修正14条第3節では、反乱を企てたら公職に就かせないとする対象者を、「連邦議会の議員、合衆国の職員、州議会の議員、もしくは州の執行府または司法府の職員」と細かく定めているものの、ここに「大統領」の記載はありません。

コロラド州の最高裁は、「『合衆国の職員』には大統領も含まれる」と広く解釈しているのですが、この見方はあまりポピュラーではないようです。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、修正第14条制定時の草稿には「大統領」「副大統領」の明記があったにも関わらず、最終稿までに削除されているのだそう。これをどう見るかですが、大統領は意図的にこの縛りから外された可能性が高いだろう、というのが、原告の主張を退けた各州の判断のようです。

2.“公職に就けない”=“被選挙権まで剥奪していい“というわけではない

憲法では宣誓後に反乱に加わった人は「公職に就くことができない」とは言っていますが、「選挙に出馬ができない」とか、「投票で選ばれる資格を失う」という文言はありません。

公職に就く人は選挙で選ばれるのだから、そもそも選ばれても就任できないのなら選挙にも出られないだろう、という芋づる式理論がトランプを締め出すと判断した州の考え方ですが、これはこれで憲法上の問題が生まれます。

憲法では別の条項で国民の選挙権・被選挙権を基本的人権として認めているので、トランプを予備選に参加させない=憲法上の権利を侵害することになります。またトランプに投票しようとしていた人たちの投票権も奪ってしまい、これも人権侵害に当たるということで、例え最終的に職には就けないと分かっていたとしても、本人が出馬する以上は茶番でもなんでも参加させなければならない、という判断のようです。

3、トランプが「反乱に加わった」とは、現時点で断定できない

2021年1月6日の米連邦議会議事堂襲撃事件はトランプが支持者を扇動したことで起きたというのは、もはや周知の事実。メディアはこの出来事をまことしやかに「insurrection(反乱)」と言い切り、米議会下院の特別委員会は2021年夏から約1年半かけてまとめた814ページの調査報告書でトランプがいかにして“反乱”を企てたかを詳細に述べています。

ただ、この件でトランプはまだ有罪になったわけではありません。

日本と同様アメリカも(というか欧米が本家)「innocent until proven guilty(推定無罪)」が原則。司法で判断されるまでは「トランプが反乱に加わった」と言い切れず、これを無視して「反乱を起こした人」とするのは、これまたトランプの人権を無視したことになってしまいます。

しかもトランプはこの件で有罪どころか、実は起訴もされていません。議事堂襲撃事件を捜査したスミス特別検察官は確かにトランプの起訴に至り、起訴状には長々と事件の描写があります。しかし肝心の起訴内容は、選挙結果をめぐる不当な介入に関するものだけで、反乱そのものを罪に問うものではありませんでした。

そういうわけで、トランプが反乱に加わったと断定できない以上は憲法修正第14条も適用できない、と結論付けられたのですが、これについては反論もあります。

コロラド州の最高裁もメーン州の州務長官も、憲法修正第14条第3項は他の司法プロセスを踏むことを必要としない「Self-Executing(自動執行的)」だと主張。トランプが反乱を起こした根拠として必ずしも有罪になっている必要はない、という解釈で“トランプ締め出し”判断に至っています。

政府監視目的の非営利団体「CREW」によると、憲法修正第14条第3項は民主主義のセーフガードを担う目的で制定されたものなので、司法の判断を待たずに優先して適用できるとのこと。例えば、奴隷は憲法違反なので「奴隷扱いされている」人がいたら保護されなければいけませんが、その前にその人が本当に「奴隷」かを司法で証明しないと…なんて呑気なプロセスを踏んでいるうちに事態が悪化するので、とにかく保護するのが先決、というのと同じ理屈です。

仕事が山積みの連邦最高裁… 決断の時はいつ?

上記のポイントはこれから、連邦最高裁が決断を下すことになりますが、それがいつになるのか。トランプの締め出しを暫定的に決めているコロラド州は、期日前投票の用紙の郵送が始まる2月11日より前に決めてくれと連邦最高裁に要請しているようです。ワシントン・ポストによると、このスピードで判断を下すのは非常に稀ではあるものの、2000年の大統領選、ブッシュ対ゴア戦が揉めたときには3日で判決を出した例もあるので、不可能ではないとのことです。

ちなみに、連邦最高裁にはこれとは別に、先日一度判断要請を拒否したトランプの免責特権に関する事案が近々上がってくることが予想され、こちらも大統領選への影響が大きい問題なので、早い段階での判断が求められます。この選挙イヤーの間中、連邦最高裁はトランプをめぐる案件に振り回されそうな気配です。


補足(ボヤキ):
一般的に「米大統領選の予備選」といえば、全米50州で行われる、民主共和各党が指名候補を決める手続きを指す、というイメージだと思いますが、これには党員集会(caucus)と予備選挙(primary)と形式が2種類あり、どちらを採用するかは州ごとに違います。党員集会は文字どおり会合による話し合いで勝者を決め、予備選挙は投票で決めます。通信が発達した現代では9割方予備選挙なのですが、アイオワ州などは伝統を重んじているのか党員集会を採用しています。なので、「予備選」と言ってしまうと厳密には党員集会を除外してしまうので、「党の候補者指名争い」「候補者選び」などと言わないといけないというメディア泣かせの事情があります。

見ていると、NHKなどは厳密に「候補者選び」で統一しているようですが、メディアによっては「予備選」「予備選挙」で党員集会を含んだ意味合いで括ってしまっているところもあるようです。

私のブログでは、できるだけ正確にしようと思いますが、指名争いとか言うとかえってスムーズに伝わりにくい場合にはあえて「予備選」で括ることもあるかもしれません。その辺は、なんとなく前後の文脈で察していただけると幸いです。。。

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