【創作SF】人間②

遺伝子適応センターの中には、実は初めて入った。これまで検査に引っかかったことなんてなかったから。

ミミと会話を交わした翌朝、白い防護服を着たセンターの職員がやってきた。私は職員の指示に従い、用意された乗り物に乗り込んだ。外の様子は全く見えなかったが、乗り心地はそこまで悪くなかった。

センターウェイという、どこからでもセンターへつながる専用の道があるから、移動に時間はかからない。私が連れてこられた第4遺伝子適応センターは、一階と二階が検査室で、そこから上は適応のための治療施設になっている。

真っ白で分厚いセンターの扉を通ると、長い廊下に遺伝子検査室がいくつも並んでいた。中には検査官がいて、私に腕を差し出すよう求めてきた。これは毎年やっているから慣れている。血管からアームチップを抜き出して、不適応な…つまり、暴力的であったり利己的な遺伝子がないかを調べるのだ。

検査を終えて、アームチップを腕に戻された後、ロビーで待つように言われた。そこにはミミもいた。駆け寄ろうとしたが、ミミは別の職員に連れられ、すぐにどこかへ行ってしまった。

私の検査結果は、問題なし。
軽微な異常があったが、その場で修正できる程度だったらしい。それからセンターの職員に、今年はこの星の地質について論文を書くこと、二度と人間についての文献を集めようとしないことを約束させられた。
大規模な調査だから、私の手には負えないらしい。政府は私たちの幸せを1番に考えてくれているから、従った方がいいと思った。

それから今後6500日間、ミミとの脳内メモリー共有、つまり会話を禁止された。ミミの遺伝子には損傷があり、入所治療が必要らしい。その妨げになってはいけないからと、ミミのメモリーへのアクセス権を剥奪された。こういうことはまれにある。6500日が経てばまた会話できるのだから、少しの辛抱だ。

私は全ての誓約書をメモリーで認証したあと、帰宅を許された。

家に帰ると、少し疲れたような気がした。でも疲労軽減カプセルを飲めば大丈夫。これも政府から支給されている。私たちがより多くの時間を生産的に過ごせるよう、定期的に送られてくる。これがあれば、私たちは1日に15分間の睡眠で活動できる。

カプセルを飲むとたちまち疲れが消えた。
私はすっきりとした頭で、ミミのことを考えた。

ミミは今頃、施設で眠っている。
その間に遺伝子を再プログラムされて、目覚めた時には、この社会に完全に適応した状態になっているだろう。
きっと「人間」のことも忘れている。ミミがどこで人間のことを知ったかは分からないけれど、人間について調べることは良くないことだと再三言われた。ミミが悪事に手を染めたのだとしたら、修正されて当然だ。

私は生まれてから、この仕組みに疑問を持ったことはない。
遺伝子のプログラム技術があるから、この星の住民はみんな優しくて思いやりがある。大昔には「ビョウキ」や「センソウ」があったと習ったけれど、今では根絶された。政府の言うことを聞いていれば、私たちは争いのない世界でずっと平和に暮らせる。

人間とは違って。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?